思い出の三十分
三人への応援メッセージや質問、ファンになりました!と言うものまで
ラジオ局には多くのメールやファクス、問い合わせの電話が殺到し、
パンク寸前の大騒ぎになってしまった。
プロデューサーはもちろんのこと当の本人たちも、あまりにも大きな
反響に驚いている。
「いやぁ、凄い数のメールやファクスを頂いてるんですけど、俺たちが
喋りすぎたお陰で時間が無くなっちゃった!どうしようか?健人。」
当麻はもうそろそろ、雪見の歌がラジオに乗って全国に届いてしまった
と言うことを、伝えなければと考えていた。
「このメールをひとつ紹介して今日は締めるとしようか。
どうせまた来月も俺、呼んでもらえるんだよね?ね!
あ、どうせならまたゆき姉も一緒に連れて来ちゃう?まだまだ面白ネタ
たっぷりあるんだけど。」
「なによ!面白ネタって!何の話をバラそうとしてるわけ?
そっちがそう来るんなら、私だって健人くんの子供時代の笑える話、
山ほど握ってるんですけど!」
雪見も負けちゃいない。
「おぉ、いいねぇ!ネタばらし合戦!次回をお楽しみにね、みんな!
ってことで、健人、このメール読んでくれる?」
「OK!えーと、ラジオネーム ジュピターさんです。
『今日発売のヴィーナス、買いました!』どうもありがとねー!
『健人くんと写ってたゆき姉がとても素敵で、どんな人なのかもっと
知りたいと思ってたところに、この突然のラジオ出演!感激しながら
聞いてました。ヴィーナスの健人くんとの対談に書いてあったのですが
ゆき姉は歌も上手いとか。ひょっとして、さっき流れた歌声は、もしや
ゆき姉の歌声ではありませんか?だとしたら、CDを買いたいのですが
どこから発売になってるのか教えて下さい。お願いします!』
だって!いかがですか?当麻くん。」
それを聞いていた雪見は、一体何の話をみんながしているのか、まるで
わからなかった。
なに?さっき流れた歌声って?CDって、何の話?
「こーんなメールやファクスをたくさんもらってるんだけど、全部紹介
出来なくてごめんね!でも、凄いね!このジュピターさん。
よくぞわかりました!正解です!さっきの『涙そうそう』、途中から
歌ってたのは何を隠そう、この浅香雪見さんでした!」
「えっ?何が?えっ?まさか、さっき口ずさんでたやつ、ラジオに流れ
ちゃったのぉ?なんで?ねぇ、当麻くん!」
雪見が当麻を犯人とにらんで、詰め寄った。
「ちょっと待って、ちょっと待って!俺は指示されただけ!
本当の黒幕はプロデューサーの三上さんだから!
文句があるなら番組終わってから本人に言って!なんか考えがありそうだよ。
あらら、もうこんな時間!終了まで残り一分になっちゃった。
なんかバタバタしたまま終わりそうだけど、楽しかったね!
どう?健人は。」
「うん、すっげー楽しかった!またこれに懲りずに呼んで下さい!
ラジオの前のみんなも、またねっ!斎藤健人でした!」
「ゆき姉も最後に一言!」
「え?あぁ、あの、勝手に歌っちゃってごめんなさい!
来月号の『ヴィーナス』はこの三人の沖縄特集があります。良かったら
今日の話を思い出しながら、読んでくれたら嬉しいです。
あと、クリスマスの健人くんの写真集も楽しみにしてて下さいね!
当麻くんもたくさん載せる予定です。浅香雪見でした!バイバイ!」
「『当麻的幸せの時間』この番組は、三ツ橋当麻がお送りしました。
ではまた来週の金曜日にお会いしましょう。良い週末を。バイバイ!」
「はい!OKです!お疲れ様でしたー!」
モニタールームからディレクターの声と、拍手が聞こえた。
ふぅーっ…とため息をつく三人。たったの三十分が何時間にも思えた。
ドアを開け、プロデューサーの三上が入って来る。
「お疲れ!いやぁ実に充実した三十分だった。楽しませてもらったよ。
リスナーからの反響も、番組始まって以来の凄さだったね!
今日だけで終わっちゃうのはもったいないよな、このトリオ。
どうだい。リスナーからのリクエストもあったことだし、この番組に
二週間に一度、健人と雪見さんとで出てもらえないだろうか?」
三上の言葉に、健人と雪見は顔を見合わせた。
「ありがとうございます!そう言って頂けると、ゆき姉と一緒に出た
甲斐がありました!けど、スケジュール的な事はマネージャーでないと
わからないので…。あとで交渉してみてもらえますか?
俺はこの番組大好きだから、たくさん出れたら嬉しいな!」
「私はどうかなぁ。十月に入ったらいよいよ写真集の編集作業に入るし
発売日はクリスマスだから、ちょっと凝った創りにしたいし…。
あ!そうだ!それはそうと、さっきの『涙そうそう』全国に流れたって
どういうことですか!私はマイクが切れてると思って口ずさんだのに!
なんで流しちゃったんですか?恥ずかしくて冷や汗かきましたよ。」
雪見が少し強めの口調で抗議した。
「いやぁ、断りもなく済みませんでした!けど、聞いてからだと断ったでしょ?
直感です、長年の。俺は音楽のプロデュースの方が長いし、今まで勘が
外れたためしは無いんですよ、こう見えても。
あなたの声はちょっと独特なキーをしている。そのせいか、凄く耳に
届くんです。心にも入り込んでくる。どこかで歌を歌ってたことは?」
「ありません。子供の頃合唱団にいたくらいで、その後は何も。」
「じゃあ、少し歌のレッスンをしてみませんか?多分ほんのちょっとの
レッスンでデビューできると思う。」
三上の言葉に、当麻も健人もひどく驚いた!
だが、当の雪見はいたって冷静で、淡々と三上に返事する。
「お言葉はとても有り難いです。そう言って頂けるだけで充分嬉しい。
でも、私は歌手になる気はまったくありません。
この写真集の仕事がすべて終了したら、健人くんの事務所との契約も
解除してもらって、元の猫カメラマンに戻るつもりですから。
本当に今だけなんです。こうやって色々なことをやらせて頂くのは。」
雪見の決意は、いつでも揺らぐことはなかった。
健人はそれを聞かされるたび、心がぎゅんと痛くなる。
楽しい時間というものは、あっという間に終わるもので、
終わった瞬間から、寂しい気持ちへとフィードバックし始める。
またひとつ、雪見との大切な時間を終らせてしまった…。
そう思うのは健人も当麻も同じであった。
どうにかして雪見を引き留めておきたい。
それぞれが左手首の青いブレスレットに、祈りをこめた。