彼の正体
だが、いくら待っても健人からの連絡はこなかった。
どうしたんだろ…
何かあったのかな…
待ってる時間が永遠にさえ感じた。
そこに突然、どこからかケータイのバイブ音が聞こえてきた。
が、肝心のケータイが見当たらない。
え? 私のケータイは?
し、しまった!!
ケータイの行方に、なんとなく心当たりがあった。
犯人はたぶん、めめ!
めめはよく、私が寝てる間に悪さする。
本人的にはただの一人遊びなのだが、起きて物が無くなってるとかなり焦る。
その手口はこうだ。
ベッドやソファー横のサイドテーブルに手を伸ばし、その日の遊び道具を物色する。
コンタクトレンズのケースであったり、眼鏡であったり。
ケータイをやられた時も、何度かあった。
めめは、それら程よい大きさの物を、まずはテーブルから床に落とす。
そして右へ左へ猫パンチを繰り広げながら、アイスホッケーさながら部屋中を駆け回るのだ。
フローリングの床は、まぁ物がよく滑る。
で、最後は大体冷蔵庫かソファーの下にシュート!手が届かなくなり試合終了とあいなる。
これをドタバタやるのだから目を覚ましそうなもんだが、なんせ私は超熟睡タイプ。
それごときのうるささでは、目覚めないのだ。
どこどこ? 私のケータイ!
音の在りかを探って、やっとソファーの後ろから無事救出!
急いで開くと、それは待ちに待った健人からのメールであった。
ゆき姉へ、第二の指令
7時からの番組に注目!
次に第三の指令を待て
by KENTO
ええーっ!たったこれだけ?
ご飯の時間は?待ち合わせの場所は?
これって名探偵コナンの見過ぎじゃない?
やっときたメールがわからんちんで、どうすれば良いのか思案した。
取りあえず、指令通りにしてみよう。
七時まであと十分。小腹が空いた。
昼間羽田で調達した美味しそうなフルーツタルトを皿に乗せ、紅茶を入れてテレビ前でその時を待つ。
約束の七時。
順番にチャンネルを替えていき、それらしい番組を急いで探した。
と、その時。
「本日の生ゲストは、今大人気のイケメン若手俳優、斎藤健人さんです!どうぞ〜!」
と言うアナウンサーの声が耳に飛び込んできた。
あっ! 斎藤健人だ!
私はテレビ画面に釘付けになった。
なんて大きくて綺麗な瞳なんだろ。
笑うとまるでいたずらっ子の猫みたい。
スラッと通った鼻筋。
キュッと上がった口角が、やけに色っぽい唇。
目元と口元のほくろが、私的にはかなりポイント高いな。
あれだけ真由子が興奮してた訳が、やっとわかった。
初めてじっくり観察したけど、本当に綺麗な顔立ちしてる。
いや、綺麗なんてもんじゃない。完璧だ。
こりゃ、あの羽田の騒ぎももっともだわ。
でも、待って。
健人くんも同じような顔立ちなら、きっと大学でモテモテなんだろうな。
こんな人が同じ大学にいたら、みんながほっとく訳がない。
と言うことは、彼女もいて当然か…。
もしかして、台湾も彼女との旅行だったりして…。
どうして私、そんなこと思いつかなかったんだろ。
空港だって、ちゃんと彼女が迎えに来てたよね。
それなのに私って…。
とんだ一人芝居だ。笑っちゃう…。
もうそれ以上、「俳優の斎藤健人」を見ているのは辛かった。
好きになりかけてた「親戚の健人くん」を思い出し、辛かった。
テレビを消してしまおうかと思った時、画面いっぱいに真っ青な石垣島の海が映し出された。
どうやら、明日から公開される健人主演映画の予告映像らしい。
そこで泳ぐ健人の身体はしなやかに鍛え上げられ、まるでギリシャの彫刻かと見まがう美しさであった。
すごいな。完璧すぎる。なんか近寄りがたい感じ…。
そう思いながら、ただなんとなく画面の向こうを眺めてた時、アナウンサーの一言が耳に入った。
「これからのご予定は?」
「えっと、今日台湾の撮影から戻ったばかりで、まだ日本食を食べてないんです。
なのでこれから、親戚のお姉さんとご飯に行きます。
ゆき姉!待っててねー。」
と「俳優の斎藤健人」が、こっちに向かって手を振った。
えええ? 今のなに??
私のこと、呼んだ?
私に向かって手を振った???
『俳優の斎藤健人』 あなたはやっぱり…。
「今日の予定じゃなく、俳優としての予定は?って聞いたつもりなんですけど…。」
アナウンサーの言葉に会場は大爆笑だったけど、私の耳にはもう何も聞こえてはいなかった。
あと少しでたどり着く、謎解きの答え…
私はその答えを前にして、ただ震えながらケータイを見つめてる。