10.尻尾は切られた
使用人達の願いが通じたのか、王妃付きの侍女は程なくして戻ってきた。
ハァハァと息を切らしながら、侍女が片腕をバッと掲げる。
彼女の手には、なくなったはずのルマーサのブローチがしっかりと握られていた。
「お部屋の隅に落ちていました! 丸い形ですので、恐らく机から落下した際に遠くへ転がってしまったんだと思われます。幸いにも傷ひとつ付いておりません!」
それを聞き、思わずといった感じで使用人達の間から安堵の息と歓声が漏れた。
「そ、そんな……。嘘よ……そんなこと……そんなことあるはずがないわ……」
ミモザの顔色が死人のように真っ青になり、ガタガタと震えている。
そして彼女は救いを求めるように、ルマーサの方をバッと振り向いた。
「……っ!」
ルマーサは、害虫を見るような冷淡な目つきでミモザを見下ろしていた。
「……はぁ……。心底失望したわ、ミモザ。使用人の私物を盗んでいたなんて。そんな屑はワタクシの視界に入れたくないわ。罪人としてアナタを処刑します」
ルマーサの冷酷無比な言葉に、ミモザの全身から一気に血の気が引く。
「そ……そんなっ! 元はと言えばルマーサ様が――」
「お前達、何をグズグズしてるの! さっさとこの罪人を牢に連れていきなさいっ!」
「は――はいっ!」
ミモザの言葉を遮るようにルマーサが叫ぶと、廊下で待機していた騎士二人が慌てて中に入ってきた。
そして、愕然としているミモザを取り押さえる。
突如、彼女が身をよじり暴れはじめた。
「いやっ、嫌よっ! 離して――離しなさいっ! 美しいものを私のものにして何が悪いのよ! 美しいものは、それが一番よく似合う私が身に着けるのが道理ってもんでしょ!? 私はまだまだ美しいものを手に入れたいのよ! これだけじゃ全然足りないわ! だから処刑なんてされたくない! ルマーサ様、どうか御慈悲を……御慈悲をっ!!」
「こらっ! 暴れるな、王妃陛下の御前だぞ! 静かにしないかっ!」
涙を流しながら喚くミモザを、騎士二人が引きずりながら部屋から連れ出していく。
静かになった部屋で、ルマーサの大きな溜め息が響いた。
「はぁ、まったく……気分が悪いわ。部屋に戻ります。すぐにアタクシの好きなお茶を用意してちょうだい」
「は……はいっ、かしこまりました!」
ルマーサは不快に眉をしかめ、扇子で口元を隠しながら、侍女と共に部屋を出ていった。
それを合図に、集まっていた使用人達も気まずそうにその場を離れていく。
やがてアーベリアとイグニスの二人だけになると、彼は部屋の扉を静かに閉めた。
「……侍女長のあの様子だと、今回の事件は王妃が元凶だろう。ブローチを盗んだ罪人として、姉上を処刑しようとした。それが違う結果になり、王妃もさぞ悔しい思いをだろう。侍女長は自業自得だ。同情も憐れみもまったく感じない」
イグニスの言葉に、アーベリアはただ微笑んだだけだった。
イグニスは息を吐くと、彼女をソファに座らせ、自分もその隣に腰を下ろす。
「なぜ黙っていた」
「ごめんなさい、イグニス。あなたに説明する時間がありませんでした」
「では、今説明してもらおうか。先日、俺が暗証番号を解読して金庫を開けた時、中には何も入っていなかった。だが今日、侍女長が盗んだ装飾品が入っていた」
イグニスはアーベリアに頼まれ、金庫の暗証番号の解読をしていた。
そんなに古くない金庫だったので、最近この部屋に置かれたと推測したイグニスは、ダイヤル錠の数字の傷や劣化具合を見て、よく使われているであろう数字を予測した。
その数字をひとつずつ当てはめていけば、そんなに時間がかからず番号がわかったのだ。
「金庫が開けられることを怪しまれないように、ホルトノ侯爵令嬢に暗証番号をお伺いしましょう」
アーベリアがホルトノ侯爵令嬢に手紙を書き、その返事が届いたことは知っていた。
彼女からの手紙を開封せずそのままにしていたのは、「手紙を開けるまで暗証番号はわからなかった」という証明を、侍女長や王妃の前でするためだということも。




