第三章──共闘
それから数日が経った。
響と美月の関係は、以前とは少し変わっていた。
表面上は普通のクラスメイト。だが、二人の間には秘密の絆があった。
「神崎くん、お昼一緒に食べよう」
「ああ」
昼休み、二人は屋上に向かった。
「ねえ、神崎くん」
美月が弁当を開きながら言う。
「あれから、また鬼と戦った?」
「……ああ、何度か」
響が頷く。
「でも、全部邪鬼だった。禍鬼は現れてない」
「そっか……」
美月が安堵の表情を浮かべる。
「でも、油断はできないな。あの時の禍鬼は、邪鬼とは比べ物にならないくらい強かった」
響が空を見上げる。
「もし、また禍鬼が現れたら……」
「その時は、私も一緒に戦うから」
美月が真剣な表情で言う。
「美月……でも、お前は普通の人間だ。危険すぎる」
「だからって、神崎くんを一人にはできないよ」
美月が響の手を握る。
「私、神崎くんの力になりたいの」
「……ありがとう」
響が小さく笑う。
「でも、無理はするなよ」
「うん!」
二人が弁当を食べ始めた時──
カァン……
響の耳飾りが鳴った。
「!」
響が立ち上がる。
「神崎くん?」
「……邪鬼だ。近くにいる」
響が周囲を見回す。
「どこだ……」
カァン、カァン……
耳飾りの音が強くなる。
「この方向……学校の外か」
響が屋上の柵に近づく。
そこから見えるのは──商店街の方向。
「あそこに、邪鬼が……」
「じゃあ、行こう!」
美月が立ち上がる。
「美月、お前は……」
「ダメ! 一緒に行く!」
美月が響の腕を掴む。
「……分かった。でも、絶対に俺から離れるな」
「うん!」
二人が屋上から下りようとした時──
「おい、神崎!」
後ろから声がかかった。
振り返ると、クラスメイトの田中が立っていた。
「田中……もう大丈夫なのか?」
「ああ、おかげさまでな」
田中が笑顔を見せる。
「あの時は、お前が助けてくれたんだろ?」
「え……」
「覚えてるんだ。ぼんやりとだけど……お前の姿が見えた気がする」
田中が響の肩を叩く。
「ありがとうな、神崎」
「……いや、俺は何も」
「いいんだ。お前が何者であろうと、俺を助けてくれたことに変わりはない」
田中が真剣な表情で言う。
「もし、また何かあったら言ってくれ。俺も手伝うから」
「田中……」
「じゃあな」
田中が手を振って去っていく。
「……」
響は、田中の背中を見つめる。
「神崎くん、行こう」
美月が響の手を引く。
「ああ」
商店街。
響と美月が到着すると、そこは騒然としていた。
「何があったんだ……」
「あそこ!」
美月が指差す。
商店街の奥で、人々が逃げ惑っている。
「くそ、間に合わなかったか!」
響が駆け出す。
美月も後に続く。
二人が現場に到着すると──
そこには、巨大な影があった。
「これは……」
響が息を呑む。
それは、人の形をした黒い影。だが、その大きさは人間の倍以上。
全身から黒い煙のようなものが立ち上っている。
「邪鬼……いや、違う」
響が身構える。
「この気配……まさか」
黒い影が、ゆっくりと振り返る。
その顔には──目も鼻も口もない。
ただ、真っ黒な空洞があるだけ。
「禍鬼……!」
響が叫ぶ。
「また、禍鬼が現れたのか!」
「ヒヒヒヒ……」
禍鬼が不気味な笑い声を上げる。
「見つけた……美味しそうな魂……」
禍鬼が響に向かって手を伸ばす。
「させるか!」
響が耳飾りに触れる。
カァン──
鈴の音とともに、響の体が変化する。
瞳が金色に輝き、角が生え、鬼の姿へ。
「美月、下がってろ!」
「うん!」
美月が後ろに下がる。
響が禍鬼に向かって駆け出す。
ドガァッ!
響の拳が、禍鬼の体に叩き込まれる。
だが──
「!?」
響の拳が、禍鬼の体を通り抜けた。
「なんだと……!?」
「ヒヒヒ、無駄だよ」
禍鬼が笑う。
「僕の体は、影でできている。物理攻撃は効かない」
「くそ……!」
響が再び拳を繰り出すが、やはり通り抜ける。
「どうすれば……」
その時、禍鬼の手が響の胸を貫いた。
「がっ……!」
響が膝をつく。
「神崎くん!」
美月が叫ぶ。
「大丈夫だ……まだ、やれる……」
響が立ち上がろうとするが──
体が動かない。
「なんだ……これ……」
「ヒヒヒ、君の精気を吸い取っているんだ」
禍鬼が響の首に手を伸ばす。
「さあ、君の魂、頂くよ」
「くそ……このままじゃ……」
響が抵抗しようとした時──
パァン!
突然、大きな音が響いた。
「!?」
禍鬼が怯む。
響が顔を上げると──
美月が、手に何かを持って立っていた。
「美月……それは……」
「お守り……お母さんがくれた、魔除けのお守り」
美月が震える手でお守りを握りしめる。
「これで……神崎くんを助けられるかな……」
「美月、危ない! 下がれ!」
だが、美月は動かない。
「ヒヒヒ、小娘が……」
禍鬼が美月に向かって手を伸ばす。
「やめろ!」
響が叫ぶが、体が動かない。
禍鬼の手が、美月に迫る。
その時──
パァァァッ!
美月のお守りから、眩い光が放たれた。
「ギャアアアッ!」
禍鬼が悲鳴を上げる。
「これは……浄化の力!?」
響が驚く。
光が禍鬼の体を包み込む。
「ギャアアア! やめろ、やめろおおお!」
禍鬼が苦しみながら叫ぶ。
そして──
ズバァァァンッ!
禍鬼の体が砕け散った。
「……」
響と美月は、呆然とその光景を見つめる。
「終わった……のか?」
響が呟く。
「うん……」
美月が膝をつく。
「よく、やった……美月……」
響が美月に駆け寄る。
「大丈夫か?」
「うん……ちょっと、疲れただけ……」
美月が小さく笑う。
「神崎くん、無事で良かった……」
「ああ……お前のおかげだ」
響が美月の頭を撫でる。
「ありがとう、美月」
「うん……」
二人が安堵の息をついた時──
カァン、カァン、カァン……
響の耳飾りが激しく鳴り始めた。
「!?」
響が顔を上げる。
「まだ、終わってない……?」
その時、砕け散った禍鬼の破片が集まり始めた。
「嘘だろ……」
破片が一つに集まり──
再び、禍鬼の姿を形成する。
「ヒヒヒヒ……甘いよ……」
禍鬼が笑う。
「僕を倒すには……もっと強い力が必要だ……」
「くそ……!」
響が立ち上がる。
「美月、もう一度お守りを!」
「ダメ……もう、力が残ってない……」
美月が首を振る。
「じゃあ、どうすれば……」
響が焦る。
その時、禍鬼が響に向かって突進してきた。
「うおおおっ!」
響が拳を繰り出すが、やはり通り抜ける。
「無駄だと言ったろう!」
禍鬼の手が、響の胸を再び貫く。
「がっ……!」
響が吹き飛ばされる。
「神崎くん!」
美月が響に駆け寄る。
「大丈夫……まだ、やれる……」
響が立ち上がろうとするが──
体が言うことを聞かない。
「くそ……力が……出ない……」
「ヒヒヒ、もう終わりだね」
禍鬼が響に近づく。
「さあ、君の魂、頂くよ」
禍鬼の手が、響の首に伸びる。
「やめて!」
美月が禍鬼の前に立ちはだかる。
「美月、危ない!」
「嫌だ! 神崎くんを、渡さない!」
美月が両手を広げる。
「ヒヒヒ、邪魔だよ」
禍鬼が美月を払いのけようとする。
その時──
「そこまでじゃ」
低い声が響いた。
「!?」
響、美月、禍鬼が同時に振り返る。
そこには──
老人が立っていた。
「じいちゃん……!」
響が驚く。
「響、よく頑張った。後は、わしに任せなさい」
祖父が前に出る。
「ヒヒヒ、爺さんが何をする気だ?」
禍鬼が笑う。
「これをな」
祖父が懐から、小さな札を取り出す。
「これは……」
響が目を見開く。
「退魔の札……」
「そうじゃ。響、おぬしはまだ若い。退魔の力を使いこなせておらん」
祖父が札を禍鬼に向ける。
「じゃが、わしは違う。長年、鬼と戦ってきた」
「じいちゃん……」
「響、よく見ておけ。これが、鬼の力を正しく使う方法じゃ」
祖父が札を投げる。
札が空中で光り──
禍鬼の体に張り付く。
「ギャアアア!」
禍鬼が悲鳴を上げる。
「退魔の札は、鬼の力を封じる。そして──」
祖父が手を振る。
「浄化する」
パァァァッ!
札から眩い光が放たれる。
禍鬼の体が、光に包まれる。
「ギャアアアアア!」
禍鬼の悲鳴が、徐々に小さくなっていく。
そして──
完全に消滅した。
「……終わった」
祖父が息をつく。
「じいちゃん……」
響が立ち上がる。
「大丈夫か、響」
「ああ……ありがとう、じいちゃん」
「礼には及ばん。おぬしを守るのは、わしの役目じゃ」
祖父が響の肩を叩く。
「それに、おぬしには大切な人がおるからのう」
祖父が美月を見る。
「美月ちゃん、じゃったかな?」
「は、はい……」
美月が緊張した様子で答える。
「響を支えてくれて、ありがとう」
祖父が優しく微笑む。
「これからも、響を頼むぞ」
「はい!」
美月が元気よく答える。
「さあ、帰ろう。人が集まってくる前にな」
祖父が歩き出す。
響と美月も、後に続く。
その夜、響の家。
「じいちゃん、さっきの札って……」
響が尋ねる。
「ああ、退魔の札じゃ」
祖父が答える。
「鬼の力を封じ、浄化する力がある」
「そんなものがあったのか……」
「ああ。じゃが、使うには修行が必要じゃ」
祖父が響を見る。
「響、おぬしもいずれは使えるようになる」
「俺が……?」
「そうじゃ。おぬしは鬼の血を引いておるが、同時に人間の血も引いておる」
祖父が続ける。
「その両方の力を使いこなせれば、おぬしは最強の退魔師になれる」
「退魔師……」
「そうじゃ。鬼を倒すだけでなく、浄化する。それが、本当の退魔師じゃ」
祖父が響の肩を叩く。
「響、おぬしにはその素質がある。これから、わしが教えてやろう」
「じいちゃん……」
「じゃが、焦るでない。一歩ずつ、確実に進むんじゃ」
「……ああ」
響が頷く。
「ありがとう、じいちゃん」
「うむ」
祖父が微笑む。
「さあ、今日はもう休め。明日から、修行を始めよう」
「ああ!」
響が元気よく答える。
翌日、学校。
「神崎くん、おはよう」
「おう、おはよう」
美月が笑顔で挨拶する。
「昨日は、大変だったね」
「ああ……でも、じいちゃんのおかげで助かった」
響が答える。
「そっか……良かった」
美月が安堵の表情を浮かべる。
「ねえ、神崎くん」
「ん?」
「私も、もっと強くなりたい」
美月が真剣な表情で言う。
「昨日、お守りで禍鬼を倒せたけど……それだけじゃ足りない」
「美月……」
「神崎くんと一緒に戦うために、私ももっと強くなりたいの」
美月が響の手を握る。
「だから、教えて。どうすれば、強くなれるか」
「……分かった」
響が頷く。
「じゃあ、じいちゃんに相談してみよう」
「うん!」
美月が笑顔を見せる。
「ありがとう、神崎くん」
「いや、俺の方こそ。美月がいてくれて、心強いよ」
響が笑う。
「これから、一緒に頑張ろう」
「うん!」
二人が笑い合う。
教室に、朝の光が差し込んでいた。
放課後、響の家。
「じいちゃん、美月も修行したいって」
響が祖父に相談する。
「ほう、美月ちゃんがか」
祖父が興味深そうに言う。
「はい……私、神崎くんの力になりたいんです」
美月が真剣な表情で言う。
「ふむ……」
祖父が美月を見つめる。
「美月ちゃん、おぬしには素質がある」
「え……?」
「昨日、お守りで禍鬼を倒したのは、おぬしの霊力が高いからじゃ」
祖父が説明する。
「普通の人間では、あそこまでの力は出せん」
「私に、霊力が……?」
「そうじゃ。おそらく、おぬしの先祖に霊能力者がおったのじゃろう」
祖父が続ける。
「その力を磨けば、おぬしも立派な退魔師になれる」
「本当ですか!」
美月が目を輝かせる。
「ああ。じゃが、修行は厳しいぞ」
祖父が真剣な表情で言う。
「それでも、やる気はあるか?」
「はい!」
美月が力強く答える。
「よし、では今日から修行を始めよう」
祖父が立ち上がる。
「響、おぬしも一緒じゃ」
「ああ!」
響が頷く。
「さあ、庭に出なさい」
庭。
「まずは、基本から教えよう」
祖父が二人の前に立つ。
「退魔の力は、心の力じゃ」
「心の力……?」
響が首を傾げる。
「そうじゃ。強い意志、揺るがない信念。それが、退魔の力の源じゃ」
祖父が説明する。
「鬼を倒すだけなら、力任せでもいい。じゃが、浄化するには心の力が必要じゃ」
「なるほど……」
響が納得する。
「では、まず瞑想から始めよう」
祖父が座る。
「座って、目を閉じなさい」
響と美月も座り、目を閉じる。
「深呼吸をして、心を落ち着けなさい」
二人が深呼吸をする。
「自分の内側に意識を向けなさい。そこに、力の源がある」
祖父の声が、静かに響く。
「感じるんじゃ。自分の中に流れる、力を」
響が集中する。
すると──
体の中に、温かい何かが流れているのを感じた。
「これが……俺の力……」
「そうじゃ、響。それが、おぬしの鬼の力じゃ」
祖父が言う。
「その力を、コントロールするんじゃ」
響が力に意識を集中する。
すると、力が徐々に大きくなっていく。
「いいぞ、響。その調子じゃ」
一方、美月も──
「私の中にも、何かある……」
美月が呟く。
「これが、私の霊力……?」
「そうじゃ、美月ちゃん。それが、おぬしの力じゃ」
祖父が言う。
「その力を、大切に育てなさい」
「はい……」
美月が集中する。
すると、体の中から光が溢れ出す。
「わあ……」
美月が目を開ける。
「これ、私の力なんですか?」
「そうじゃ。美しい光じゃのう」
祖父が微笑む。
「その光が、鬼を浄化する力になる」
「すごい……」
美月が自分の手を見つめる。
「よし、今日はここまでじゃ」
祖父が立ち上がる。
「これから毎日、この修行を続けなさい」
「はい!」
響と美月が元気よく答える。
それから、二人の修行の日々が始まった。
毎日放課後、響の家で修行をする。
瞑想、体術、退魔の札の使い方──
祖父は、二人に様々なことを教えた。
そして、一ヶ月が経った頃──
「響、美月ちゃん。そろそろ、実戦で試してみるか」
祖父が言う。
「実戦……ですか?」
美月が緊張した様子で尋ねる。
「ああ。修行だけでは、本当の力は身につかん」
祖父が続ける。
「実際に鬼と戦って、初めて力は磨かれる」
「分かりました」
響が頷く。
「じゃあ、今夜、鬼退治に行こう」
「ああ!」
その夜。
響と美月は、街を巡回していた。
「神崎くん、鬼の気配は?」
「まだ、感じない……」
響が周囲を警戒する。
その時──
カァン……
耳飾りが鳴った。
「来た……!」
響が立ち止まる。
「どこ?」
「あっちだ!」
響が駆け出す。
美月も後に続く。
二人が到着したのは、公園。
そこには──
「邪鬼……」
小さな邪鬼が、ベンチに座っていた。
「ヒヒヒ……」
邪鬼が二人に気づく。
「お、美味しそうな獲物……」
「させるか!」
響が鬼化する。
「美月、準備はいいか?」
「うん!」
美月が退魔の札を取り出す。
「行くぞ!」
響が邪鬼に突進する。
ドガァッ!
響の拳が、邪鬼の体に叩き込まれる。
「ギャッ!」
邪鬼が怯む。
「今だ、美月!」
「えい!」
美月が札を投げる。
札が邪鬼の体に張り付く。
「ギャアアア!」
邪鬼が悲鳴を上げる。
「浄化!」
美月が叫ぶ。
パァァァッ!
札から光が放たれる。
邪鬼の体が、光に包まれる。
「ギャ……ギャ……」
邪鬼の声が途切れ──
完全に消滅した。
「やった……!」
美月が喜ぶ。
「ああ、完璧だ!」
響が笑顔を見せる。
「美月、すごいよ!」
「えへへ、ありがとう」
美月が照れる。
「でも、神崎くんのおかげだよ」
「いや、二人の力だ」
響が美月の頭を撫でる。
「これから、一緒に頑張ろう」
「うん!」
二人が笑い合う。
夜空に、月が輝いていた。




