第11章 仮面の下の笑顔
「よぉ、響! お前、なんか最近、生徒会長と仲良くね?」
翌日の昼休み。
響が弁当を広げていると、クラスメイトの安藤健太がニヤニヤしながら話しかけてきた。
茶髪にピアス(校則ギリギリ)、軽薄そうな笑顔。
響にとっては、入学当初からの数少ない「普通の」悪友だ。
「仲良いわけあるか。こき使われてるだけだ」
響は卵焼きを口に放り込みながら、ぶっきらぼうに答えた。
「へぇ〜? でもさ、放課後も美月ちゃんと一緒に生徒会室行ってるじゃん?
『特別風紀委員会』だっけ? お前が風紀委員とか、何の冗談だよ」
「うるせえな。……って、なんでその名前知ってんだ?」
響の手が止まる。
『特別風紀委員会』という名称は、昨日の放課後、生徒会室で玲華が決めたばかりだ。
まだ一般生徒には公表されていないはず。
「え? あ、いや……噂だよ、噂!
女子の間で話題になってんだよ。『あの神崎くんが生徒会入り!?』ってさ」
健太は一瞬だけ視線を泳がせたが、すぐにいつものヘラヘラした笑みに戻った。
「お前も隅に置けねえなぁ。美月ちゃんに会長に、両手に花じゃんかよー」
バン、と背中を叩かれる。
いつも通りの軽口。いつも通りの健太。
だが、響の胸の奥で、小さな棘のような違和感がチクリと刺さった。
(……噂になるのが早すぎねえか?)
響は努めて平静を装い、健太の顔を見た。
その瞳の奥に、何か暗い色が混じっていないか探るように。
「ま、俺は忙しいんだよ。お前みたいに暇じゃねえんだ」
「つれねーなぁ。あ、そうだ響。
今日の放課後、ちょっと付き合えよ。ゲーセン行こうぜ」
「今日は無理だ。委員会がある」
「そっかー。残念。
……ま、頑張れよ。『お仕事』」
健太はひらひらと手を振り、自分の席に戻っていった。
その去り際。
響の耳元の怨叉が、ジジッ……と微かなノイズを拾った。
それは、禍鬼の気配ではない。
もっと異質で、それでいてひどく人間臭い、粘着質な感情の波長。
(今の音は……なんだ?)
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放課後。生徒会室。
「──安藤健太、ね」
玲華はパソコンのキーボードを叩きながら、響の報告を聞いていた。
画面には全校生徒のデータが表示されている。
「ああ。俺のダチだ。
ただの軽薄な奴だと思ってたが……今日、妙なことを口走った」
「未発表の委員会名を知っていた、ということね」
玲華の手が止まる。
「可能性は二つ。
一つは、本当に噂好きの情報通で、どこからか漏れた情報を耳にしただけ。
もう一つは──」
「昨日の会話を、ドアの外で聞いていたか」
「ええ。そして、もし後者なら……彼は『ただの盗み聞き』以上のことをしている可能性があるわ」
玲華がエンターキーを叩くと、健太の個人データが表示された。
成績は中の下。部活は帰宅部。遅刻常習犯。
どこにでもいる普通の生徒だ。
「天宮さん、彼はどういう生徒?」
玲華に振られ、美月が少し考え込む。
「えっと……明るくて、クラスのムードメーカーです。
神崎くんともよくふざけ合ってて……悪い人には見えませんけど」
「悪人は『私は悪人です』なんて顔をしてないものよ」
玲華は冷たく言い放つ。
「神崎くん。今日の放課後パトロールは、予定を変更しましょう。
重点監視対象は、安藤健太よ」
「……あいつを尾行するのか?」
「ええ。彼が放課後、どこで何をしているのか。
もし彼が『あちら側』と繋がっているなら、必ず尻尾を出すわ」
響は少し迷ったが、頷いた。
疑いたくはない。だが、もし健太が危険な目に遭っているなら、あるいは操られているなら、助けなければならない。
「分かった。行こう」
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三人は、校門を出た健太を距離を取って尾行した。
健太はコンビニで買い食いをし、本屋で漫画を立ち読みし、ごく普通の放課後を過ごしているように見えた。
「……シロじゃないのか?」
電柱の陰で、響がぼやく。
「待って。動きが変わったわ」
玲華が鋭く指摘する。
健太は繁華街を抜け、人気の少ない路地裏へと入っていった。
そこは、再開発工事で立ち入り禁止になっている廃ビルのエリアだ。
「あんなところに、何の用が……」
美月が不安そうに呟く。
三人は気配を殺し、廃ビルの入り口まで近づいた。
中から、話し声が聞こえる。
「……へい、持ってきましたよ」
健太の声だ。いつものおちゃらけた口調ではない。低く、卑屈な響きがある。
「約束のブツです。……これで、もっと『力』をくれるんですよね?」
『ククク……ああ、上出来だ』
答えたのは、しわがれた不気味な声だった。
人間ではない。間違いなく、禍鬼の声だ。
響たちは壊れた窓の隙間から中を覗き込んだ。
薄暗い廃ビルの一室。
健太が、全身を黒いローブで覆った小柄な怪人物に、何かを手渡していた。
それは──学校のジャージや体操服だった。
「生徒の持ち物……?」
玲華が小声で呟く。
『うむ。若者の汗と垢が染み付いた衣服……。
これを媒体にすれば、より強力な呪いを学校中に拡散できる』
怪人物が、不潔な手つきでジャージを撫で回す。
「へへっ。あいつら、俺のことなんて空気みたいに思ってやがる。
俺が荷物を漁ってることにも気づかねえ馬鹿どもだ」
健太が歪んだ笑みを浮かべる。
「もっとだ……もっと俺に力をくれよ。
俺を見下してる連中を、全員ひれ伏させてやるんだ!」
「健太……」
響は拳を握りしめた。
あいつは操られているんじゃない。
自らの意志で、劣等感と功名心から、鬼に魂を売ろうとしている。
「……突入するわよ」
玲華が数珠を構える。
「待て」
響がそれを手で制した。
「あいつは……俺が行く。
俺のダチだ。俺が殴って目を覚まさせる」
響の目には、怒りと、それ以上の悲しみが宿っていた。
玲華は一瞬目を見開いたが、ふっと息を吐いて数珠を下ろした。
「……好きになさい。ただし、甘さは捨ててね」
「分かってる」
響は廃ビルの入り口を蹴破った。
ドォォン!!
「うわっ!?」
健太が飛び上がる。
怪人物も驚いて振り返った。
「よぉ、健太。
ゲーセン行くって嘘ついて、こんな汚ねえ場所で何してんだ?」
「ひ、響……!?」
健太の顔が青ざめる。
だが、すぐにその表情は開き直ったような醜悪なものへと変わった。
「……バレちまったか。
ま、いいさ。ちょうどいい実験台が来たってことだ!」
健太が懐から、黒い石のようなものを取り出し、飲み込んだ。
瞬間、彼の体がボコボコと膨れ上がり、異形の姿へと変貌していく。
「見ろよ響ィ! これが俺の力だァァッ!」
「馬鹿野郎が……!」
響は怨叉を起動させる。
かつての友との、悲しい戦いが始まろうとしていた。




