第10章 招かれざる同盟
放課後の生徒会室。
普段は生徒会の役員たちが忙しく行き交う場所だが、今は玲華の指示で人払いがされており、静寂に包まれていた。
響と美月は、長机を挟んでパイプ椅子に座らされていた。
対面には、革張りの椅子に優雅に足を組んで座る玲華。
その背後には、「質実剛健」と書かれた額縁が威圧的に飾られている。
「……で?」
玲華が紅茶のカップをソーサーにことり、と置いた。
「神崎くんが『鬼女紅葉』の末裔で、天宮さんがその力を中和する『鈴の巫女』。
そして、最近頻発している怪奇現象の裏には、『酒呑童子』の影がある……と」
「ああ、そうだ。信じるか?」
響がふてぶてしく答える。
玲華は眼鏡の奥で目を細めた。
「信じるも何も、さっきの化け物を見れば否定できないわよ。
それに……」
彼女は机の引き出しから、一冊の古びた手帳を取り出した。
「西園寺家にも、古い予言が伝わっているの。
『大江山の鬼王が目覚める時、紅葉の赤き血と、清浄なる鈴の音が響き合う』ってね」
「予言……?」
美月が目を丸くする。
「ええ。西園寺家は代々、京都の裏鬼門を守護してきた一族よ。
酒呑童子の封印監視も、私たちの役目だった」
玲華の表情が曇る。
「でも、数ヶ月前……封印の一部が何者かに破られたの。
本家の結界が内側から壊された。つまり、裏切り者がいた可能性がある」
「裏切り者……」
響は眉をひそめた。
事態は思ったよりきな臭い。単なる妖怪退治ではなく、人間側の陰謀も絡んでいるようだ。
「私はその調査のために、わざわざ京都からこの街に転校してきたのよ。
この街は霊脈の要所。復活した鬼たちが力を蓄えるなら、ここしかないと踏んでね」
「なるほどな。だから生徒会長なんて面倒なことやって、学校全体を監視してたのか」
「生徒会長は趣味よ。人の上に立つのは性に合ってるから」
玲華はさらりと言ってのけた。
響は(こいつ、根っからの女王様気質だ……)と内心呆れた。
「とにかく」
玲華が立ち上がり、二人の前まで歩いてくる。
「状況は理解したわ。
目的は同じ。酒呑童子の完全復活を阻止し、この街を守ること。
……不本意だけど、協力してあげるわ」
上から目線の提案に、響は苦笑した。
「協力『してあげる』かよ。
ま、こっちとしても戦力が増えるのはありがたい。
さっきの数珠の技、助かったぜ」
「当然よ。私の『縛道』と、あなたの『破壊力』、そして天宮さんの『浄化』。
理論上、バランスは悪くないわ」
玲華は美月の方を向き、ふっと表情を緩めた。
「天宮さん。あなた、霊力の使い方が雑よ」
「えっ? ざ、雑ですか?」
「ええ。ただ闇雲に鈴を鳴らしているだけ。
あれじゃあすぐにガス欠になるわ。
私が効率的な霊力の練り方を教えてあげる。放課後、生徒会室に通いなさい」
「は、はいっ! よろしくお願いします、師匠!」
「師匠はやめて。会長でいいわ」
美月は目を輝かせている。
どうやら、頼れるお姉さんができて嬉しいらしい。
「おいおい、俺には指導なしかよ」
響が茶化すと、玲華は冷ややかな視線を送った。
「あなたは野性的な勘で戦うタイプでしょう?
下手に型にはめると弱くなるわ。そのまま暴れてなさい。
……ただし」
玲華が響の顔にぐっと近づく。
整った顔立ちが至近距離に迫り、響は思わずのけぞった。
「校則違反のピアスと、そのだらしない制服の着こなしだけは、私が徹底的に矯正してあげるから覚悟しなさい」
「げっ……それは勘弁してくれ」
「問答無用よ。風紀の乱れは心の乱れ。
鬼と戦う前に、まずは学生としての品位を正すことね」
玲華は満足そうに微笑み、自分の席に戻った。
「さて、同盟成立ね。
これからは『生徒会特別風紀委員会』として活動してもらうわ」
「特別風紀委員会……?」
「表向きの名称よ。
放課後の校内パトロール、及び怪奇現象の調査。
これなら、堂々と二人で行動しても怪しまれないでしょう?」
「なるほど……」
確かに、これまでは「なぜあの二人が一緒に?」と噂されることもあった。
生徒会の公認活動となれば、動きやすくなる。
「さすが会長。手が早いな」
「褒め言葉として受け取っておくわ。
……それと、もう一つ」
玲華の表情が、急に真剣なものに変わった。
「今日、美術室に現れた『付喪神』型の禍鬼。
あれは、ただの野良じゃないわ。
誰かが意図的に『道具』に霊を宿らせた……高度な呪術の痕跡があった」
「術者……つまり、黒幕か」
「ええ。茨木童子だけじゃない。
もっと人間に近い、術を使う協力者が学校内にいるかもしれない。
教師か、生徒か……」
玲華は窓の外、暗くなった校庭を見下ろした。
「敵は、私たちのすぐ隣にいるかもしれないわ。
心してかかりなさい」
響と美月もまた、玲華の視線を追う。
夜の帳が下りた校舎。
無数にある窓の一つ一つが、まるで監視する目のように見えた。
「上等だ。誰だろうと、俺たちの日常を壊す奴は許さねえ」
響が拳を鳴らす。
美月も、胸元の鈴をぎゅっと握りしめた。
「私も……頑張ります!」
こうして、響、美月、そして玲華。
三人の奇妙な共同戦線が結成された。
それは、やがて来る「大江山」との決戦に向けた、小さな、しかし確かな第一歩だった。
だが、彼らはまだ気づいていない。
この生徒会室のドアの向こうで、微かな足音が遠ざかっていったことに。
そして、その人物が──響たちがよく知る、あの「お調子者の友人」の姿をしていたことに。




