第4話 バニーと親戚
「愛羽、帰るぞ」
その瞬間、クラスの空気が“停止”した。
誰かがペンを落とした音が、やけに響いた。
放課後、教室に残っている生徒はまばらだ。部活動に勤しむ爽やかスポーツ少年少女は一目散に校庭に飛び出し、文化系、もしくは帰宅部が残っているのみである。
そんなところに話題の転校生が出没したら、どうなるかお分かり頂けるだろうか。
クラスは蜂の巣をついたように騒然となった。
しかしいかんせん、大人しめの生徒で構成されている教室では愛羽の友達以外、直接聞いてくる者はいなかった。
「愛羽、鈴村くんとどういう関係!?」
「う、うん…ちょっと、明日話す…」
愛羽は歯切れわるく、友人・染谷舞香に答えた。
そして、そそくさと教室を出る。
いやだなぁ、この分だと明日には噂になってそう…
隣を歩くこの男を睨む。文句の一つも言ってやらないと気が済まない。
「陽、学校では関わらないでって言ったよね。」
「お前こそ、その後のおじさんの言葉、覚えてる?」
そう――この話、一通り自宅(バニーのいる方)で済んでいる。
バニーのいる方って何だ、と自分でツッコんでしまう。
食卓は3人で囲むことになった。
おしゃれな楕円が欠けたような不思議な形のテーブルに、
3人が均等の距離を保って座る。
愛羽は一目散に隅を取った。
何故なら、少しでもバニーから離れたかった。
しかし、バニー、こと叔父は真ん中を陣取った。
愛羽は陽と対面する形で毎食座る羽目になる。
そのせいで、陽に話しかけると、自然と叔父が混じるようになった。
「あのさ、学校ではなるべく私に構わないでね」
「なんでそんな冷たいこと言うの?」
これ、叔父の馨である。
関係ないのに始終こうやって口を挟んでくる。
「陽、目立つんだもん。私は平和に普通に生きたいの」
「平和で普通ね」
陽が、皮肉気に反芻する。
「そうだよ!私は平和と普通を愛しているの!(せめて学校では)平和でいたいの!」
「(せめて学校では、って思ったな?)」
学校では陽と仲良くしたくない。
この過酷?な状況を分かち合える大切な仲間だけど。
たった一週間で、お互い視線で会話できるようになった仲だけど。
「陽を狙ってる女子に目を付けられるのだけは、ごめんだわ」
「え?陽ってそんなにモテるの?」
「モテたくてモテてるんじゃない。」
「はいはい。そうなんでしょうね」
「ねえ、さっきから僕、無視されてる?」
真顔で言うな、怖いから。
「「してないよ。」」
そこだけ見事にハモった。
「良かった。」
馨はにこにこして、おかずを摘まむ。
「せっかくこうして一緒に暮らしてるんだからさ。仲良くしようね」
この人、本当にいい人なんだよね、と愛羽は諦観した目で馨を見た。
うん…バニーでさえなければ。
せめて食事中は耳、外してくんないかな。
「あんなの!仲良くしてるフリでいいじゃん!私の平和な学校生活を返して!」
「やだよ。徹底的に巻き込むって決めたから」
愛羽は鞄で思い切り、陽の背中を叩いた。
「いってぇ!何すんだよ!」
「ははーん!やり返せるもんなら、やり返してみな!」
それがはた目から、余計仲良しに見えるとも知らずに。
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次の日、噂は、天馬のごとく駆け巡った。
愛羽のクラスの廊下には、彼女を一目見ようと女子の人だかりが出来ている。
「アレが?」「ほんとに?」
「全然大したことないじゃん」
ひそひそと聞こえる声は肯定とは程遠い。
あー…いやだなぁ。
これで誰か堂々と聞いてくれたら、否定も出来るのに。
そこへ、友人・染谷舞香が来る。
「まいかぁ!」
愛羽には、針の筵に降り立った女神に見えた。
「すごいね、鈴村人気。ところでどういう関係なの?」
ありがとう!聞いてくれてありがとう!
愛羽は昨日から考えていた答えを口にする。
「親戚なの!たまたま昨日は用事があって、一緒に帰っただけ!」
親戚の用事で!たまたま!本当にたまたまなの!と、強調する。
すると、波が引くように人が消えた。
廊下はなぁんだ、と毒気を抜かれた野次馬が少し残っているくらいだ。
愛羽はホッと息を吐く。舞香はまだじぃっと愛羽を見つめていた。
「で、ホントのところは?」
鋭い。さっきの答えが嘘だと見抜いている。
「…一緒に住んでる他人です。」
小声で、舞香にだけ聞こえるように答える。
「へえ…?」
ちょっと笑顔が怖い。
「話す、ちゃんと話すから、見捨てないで。舞香さま~」
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校舎裏の人気のないベンチは寒々しい風が吹いていた。
人がめったに通らず、内緒話には向いている。
自販機のあったか~い紅茶で手を温めながら、愛羽が説明した。
「ウチの親がさ、アレなのは知ってるでしょ?」
「うん、まあ。警察にはお世話にならないけど、ギリギリレベルだよね」
舞香とは小学校から一緒だ。二人の住む地域は治安も悪い。
二人とも、今の中学校には越境して通っている。
少し前まで愛羽は自転車で一時間以上の距離を爆走していた。
今はさすがに電車通学させてもらっている。
「それで、ちょっと前から母方の叔父の家にお世話になってる」
あの家が安全地帯だなんて、思ってもみなかったけど。
「今度は何したの?」
「たぶん、ちょっと悪い人たちに借金?」
「そんで、避難のために?」
舞香は心配そうに眉を下げる。
「あ、でも大丈夫なの。叔父さんはいい人だし」
バニー、だけど。
「食事も学校用品も買ってもらえるし、電車通学もさせてもらってる」
家にはバニーがいるけど。
「鈴村も?」
いや、陽はバニーじゃないよ、と言いそうになった。
「いや…じゃない。そ、そう!陽も緊急避難で叔父の家に来てて」
「へぇ!漫画みたい!ねぇ、叔父さんイケメン?」
「えっと、そういう次元にいないっていうか…(バニーだし)」
「そんなにカッコいいの!?」
「いや、カッコいいとかいう言葉に出来ないっていうか…(バニーだから)」
「えー!!会ってみたい!」
「いやぁ、会えるかなぁ?(バニーだから)」
舞香の期待を交わしつつ、家に帰ると、もう一つの問題が待っていた。
「ねぇ、俺たちいつから親戚になったの?」




