第3話 せめてズボンを履いてくれ
「愛羽ちゃん…愛羽ちゃん、大丈夫?」
「あれ?おかしいな。叔父さんが普通の恰好してる。」
愛羽は思った通りのことを口に出した。
一緒に覗き込んでいた保険医がきょとんとする。
あ、しまった!
愛羽は飛び起きた。
馨は、何を言っているのか分かりませんという顔で愛羽を見返している。
この野郎…
こぶしを振り上げたくなるのをぐっとこらえ、叔父と姪の演技を引き出しから出す。
「叔父さん、どうしてここに?」
「先生から愛羽ちゃんが熱を出したって連絡をもらってね。心配で迎えに来たんだ。」
ああ、性質が悪い。
この人、外では本当に常識人なのだ。
宅急便もウーバーもバニーのままで受け取るけど。
それ以外は家の中でも常識的なのだ。バニーって事以外は。
何かを諦めた顔で、愛羽は「ありがとうございます」と礼を言った。
ふと、その後ろに人影が見えた。
愛羽は不思議そうにそちらに目線をやった。
「ああ」と馨が気づく。
「そうそう。朝言っていた友人の子。鈴村 陽だよ。陽、挨拶しなさい」
やっぱり…と愛羽は肩を落とす。
私の想像上のハルちゃん、さようなら。
「よろしく」
「よ、よろしく」
馨は姪の私は未だに愛羽ちゃんと呼ぶ。しかし、目の前の男子を陽と呼び捨てにした。
それだけ深い関係なのかもしれない。
愛羽はじっと陽を見た。
韓国アイドルみたいなマッシュの茶髪に、切れ長の目、白い肌。
女の子たちがキャーキャーいうのもうなずける。
けれど、どこか険のある様子が今はない。あれは教室限定なのだろうか?
「タクシー呼んであるから、帰ろう。病院寄った方がいいかな?」
「もう大丈夫。寝たらすっきりした」
本当に?と馨は額を合わせてきた。
額で熱を測られるなんて、いつぶりだろう。
体調を心配されるのも。
「熱はなさそう」と笑うこの叔父が、バニーでさえなければなぁ…
きっと熱も出なかったはず。
熱の原因と心配されるくすぐったさが反比例している。
タクシーには馨が助手席、後部座席に愛羽と陽が乗り込む。
愛羽は一つ確かめねばならないことがあった。
それは、陽の前で馨がバニーになるかどうか、ということだ。
「あの…叔父さんのこと、どう思います?」
なぜか敬語で聞いてしまう。
「え?いい人だと思うよ。」
「ちなみに家に行ったことは?」
「ないけど?」
そっか、知らないのか。
でも大丈夫だよね。
常識的な大人なら、友人の子にまさかバニー姿を見せるわけない。
愛羽は甘かった。
クリスピークリームドーナツより甘かった。
家に入った途端、馨は一瞬でバニーになった。
……どうやって?さっきまでスーツだったのに?
愛羽は、あの日の再現かな?と一瞬目を疑った。
そして、ああ、やっぱりバニーにはなるんだ、と妙に納得した。
隣で、陽が言葉を失っている。
震えていたと思うと、キッと愛羽を睨んだ。
「っ…!お前知ってたな!?」
「知ってた。知ってたけど、まさか、あんたの前でもやると思わないじゃん!」
理不尽な怒りに、思わず敬語も抜ける。
こっちだって被害者だよ!と必死に訴える。
陽は玄関で項垂れた。
「まじかー…ウチよりましだと思ったけど。まじか…」
「あ、でも恰好に我慢すれば後は快適だヨ。」
その“ウチ”に何があるのか、聞く勇気はなかった。
「ご飯も美味しいし、学用品も買ってもらえるし、部屋も綺麗。」
曇りなき眼で、現状を訴える。
陽は「お前も苦労してんだな」と同情してくれた。
そんな、優しくするなよ。涙が出ちゃうじゃないか。
……私たちは、今日もバニーの家に帰る。




