第2話 成立したくない条件で成立してしまう会話
「おはようございます」
「あ、おはよう。愛羽ちゃん。目玉焼き食べるよね?」
優しい叔父、美味しい朝ごはん、清潔な家、三拍子揃った理想的な朝の光景。
ああ…叔父さんがバニーちゃんでさえなければな。
愛羽はいつも通りの恰好の叔父をまじまじと見つめる。
頭にはウサギ耳のカチューシャ。
お尻にはかわいいしっぽ。
網タイツに、黒光りするハイレグ。
朝からなんてものを見せられているのだろう。
……いや、違った。この人は朝も昼も夜も、バニーちゃんだ。
「今日から、新しい子を預かるから。」
「え?そうなんですか?」
愛羽は美味しそうな目玉焼きを一口、口に含んだ。
半熟の卵に、塩コショウが効いていて、美味しい。
あれ?私なんでバニーちゃんと普通に会話してるんだろう
「友達の子なんだけど。確か愛羽ちゃんと同い年で、鈴村陽って…」
「…っと、いけない!会社から電話だ」と、馨は愛羽に謝り電話に出る。
電話口の馨はさすが社会人という感じがする。あの後ろ姿以外は。
(ハルちゃん、どんな子だろう。仲良く出来るといいな。
あっ!じゃあ、叔父さんも今日から普通の恰好をするってこと!?助かる~)
そう思うと、朝ごはんも倍くらい美味しく感じる。
人ってゲンキンなものだ。
結局、叔父はそのまま会社に行ってしまい、
新しく来る子の話はそれ以上出来なかった。
学校へ到着すると、にわかに隣の教室が騒がしい。
「おはよう。何の騒ぎ?」
「転校生だって!結構かっこいいの!」
カッコいい、と女子が騒いでいる、
ということは本当にカッコいい男子もしくは王子様系女子かな。
ちらりと隣の教室を覗くと、韓国アイドルみたいな男の子が、不機嫌そうに座っていた。なのに、姿勢だけは完璧だった。
(あれか…まあ、私にはカンケーないし)
と、通り過ぎようとした時、友人から信じられない言葉が発せられる。
「鈴村 陽くんって言うんだって」
「は?すずむら…はる…」
まだ見ぬハルちゃん、あなたはもしかして陽くんだったのですか。
友人への返事もままならず、愛羽は席に着く。
なんだか地面がグラグラする。ちょっと気分が悪い。そういえばあの家に来て一か月、まともに寝れていない。
「愛羽、顔真っ青だよ?大丈夫?」
「保健室…行ってくる」
「そうしなー」と少し心配そうに見送ってくれる友達を背に、来た道を逆戻りする。隣のクラスのざわめきはすっかり落ち着いていた。
ガラガラと少し立て付けの悪い引き戸を開ける。
そこには先ほどの転校生が立っていた。
(げ。最悪)
踵を返そうとした時、声を掛けられる。
「先生なら居ないよ。怪我?薬?」
「あ、いや…先生居ないならいいや」
「顔色悪いよ。ベッド空いてるから、寝てけば?」
ここはお前の部屋か。
転校初日でこんなにリラックスして保健室を我が物顔で使えるなんて大物かもしれない。
そういえば、馨さんの友人の子、って言ってたな。
愛羽は退場する気を挫かれ、そろそろと保健室へ入った。
とはいえ、同い年の男子とどう話せばいいのか分からない。
小学生とは違って、中学で、男女が話していると何かと勘繰られる。
一部のヒエラルキー上位の男女以外は、気軽に話す雰囲気ではない。
気まずい沈黙に耐え兼ね、愛羽はベッドのカーテンを閉めた。
いいや、寝ちゃえ
すると、引き戸が勢いよく開けられ、明るい声が室内に響いた。
「あら?どうしたの」
「気分悪いって、一人寝てます。」
「あなたは?付き添い?」
「そうです。」
「じゃ、授業に戻りなさい。もうHR始まってるわよ」
何を勝手に付き添いにしているのだろう。
勝手にサボっていた理由にされ、愛羽は眉を顰める。
しかし、抗議はしない。だって男子と話すなんて怖い。
カーテンが控えめに開けられ、保険医が愛羽のベッドを覗きこむ。
「あら、ホントに気分が悪そう。熱測って。おうちの人に連絡する?」
「大丈夫です。少し寝たらよくなると思うんで」
愛羽は体温計を受け取り、脇に挟み込む。
なんだか本当に熱が上がってきた気がした。
人ってキャパを超えると、ショートするシステムでも搭載されているのだろうか。
愛羽はそのまま眠った。久しぶりに夢も見ずに深く。
ただ、次に目を覚ました時、すべてが少しだけズレていた。




