第10話 変態バニーはもういない2
中学校は意外と早く終わる。
冬だがまだ暗くない時間、校門で誰かがタバコをふかしている。
こんなところで素行が悪いと愛羽が顔を顰めると
それは母だった。
「お母さん…」
「あ、愛羽。ねぇ…お金貸してくんない?」
「いち、に、さん…結構持ってんじゃん」と母は満足そうにお札を数える。
「ちゃんと返してよ。叔父さんに貰ったお小遣いなんだから」
「へぇ…ちゃんと叔父してんのね、あの子」
ちゃんと叔父してる、とは不穏な言葉だ。
「どういう意味?」
嫌な予感がする。
聞いてはいけないと頭の中で警鐘が鳴る。
口に出した言葉はもう戻せないのに、愛羽は手で口を塞いだ。
「気づいてるでしょ?馨は他人よ。親の再婚相手の連れ子だったんだから」
「それに、もう別れちゃってるから、戸籍的にも何の繋がりもないわ」と母が面白そうに言う。
「じゃあ、なんで…」
フラペチーノを持つ手が震える。
色々な疑問が頭の中をよぎっては消える。
「そんなの私が分かるわけないじゃない」
母は言い捨てると、そのままコーヒーを持って出て行ってしまう。
一人残された愛羽は、フラペチーノの氷が溶けるまで一歩も動けなかった。
「どうした?」
優しい声が上から降ってくる。
陽が心配そうに、愛羽を覗き込んでいる。
助けて、一言送ったメッセージですぐに来てくれた。
愛羽の目からぼとり、と涙が落ちた。
「叔父さんじゃなかった」
「え?」
「他人だった」
「どうしよう」「もう一緒に居られない」「迷惑かけちゃった」と
愛羽の口から弱音がぽろぽろと零れ落ちる。
「愛羽、よく考えて。オレとおじさんも他人だから。」
「あの人が他人だからって、いまさら愛羽をほっぽり出したりするわけないじゃん」
そうか、愛羽の涙が止まる。
そうだった、あの人は私たちを同等に扱ってくれた。
一度も虐げなかった。
帰ると、心配そうな馨が玄関で迎えた。
当然だが、服は着ている。
「大丈夫?涼子さんに会ったって聞いたけど」
「うん、大丈夫。叔父さん…ううん、馨くん。今まで私とお母さんが迷惑かけて、ごめんね」
その一言で馨は悟った。
叔父と姪の関係が終わってしまったことを。
胸の奥で、何かが静かに落ちた音がした。
「いいんだ。そんなこと気にしなくて」
こうして、馨と愛羽の蜜月は終わった。
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ある日曜日、ソファでリラックスしている馨に愛羽は聞いた。
「馨くん、もうバニー着ないの?」
愛羽がそのことに触れるのは、あれ以来、初めてのことだった。
バニーについて、いままで一度も本人に突っ込んだことはない。
だって、怖いじゃないか。
親より、まともな成人男性に「なんでバニーを着てるの?」なんて聞くの。
馨は少し驚いたように、目を見開く。
「アレは馨くんのアイデンティティなんでしょ?」
中学生が精いっぱいの知っている言葉で馨を気遣う。
その様子に馨は嬉しそうに微笑んだ。
「大丈夫!家で普通の服を着ているプレイと思えば悪くないかなって」
心配して損した。
変態は健在だった。
「それに」と馨が続ける。
「バニーじゃなければ、君をいつでも抱きしめてあげられる」
あれ?
叔父と姪ごっこはもう終わったはず。
今度は何モードに入ったんだろう?
愛羽は混乱しながらも、広げられた腕の吸引力に逆らえなかった。
空の色が一層寒々しくなったころ、
二人の間にあった線が、ほんの少しだけ揺らいだ。




