拾われた命 -1-
微睡む意識の中。
遠くで誰かが名前を呼んでいる。聞こえてくるのは、*の名前だった。
誰だろうと目を細めると、大きく手を振っている拓也がそこにいた。
「おーい! 早くこっちこいよ!」
拓也は日に焼けた褐色の肌に太陽みたいな笑顔を浮かべて、*を呼んでいる。*は顔を明るくして、すぐに近寄ろうと駆け出した。
けれども、どれだけ走っても一向に拓也のそばには行けなかった。
「待って、拓也!」
必死に走っている間にも拓也は先に進んでしまう。後ろで走る*のことを振り返ることもしない。
いつもの拓也なら、*が隣に来るまでちゃんと待っていてくれるのに。
いつから拓也は変わってしまったんだろう。
目尻に涙が浮かぶ。
その時、拓也がようやく足を止めた。
*はやっと追いつけると思って嬉しくなったが、そのそばにいる人物を見て足を止め、顔を青ざめる。
「役立たずはここで置いていきましょう、勇者様」
拓也の肩に馴れ馴れしく手を置いて囁いたのはイェルマーだった。拓也はまるで洗脳されたように表情を消すと、同意するように小さく頷いた。
そして、恐怖で怯える*に向かって言った。
「もう、*はいらない」
*
ハッと目を覚ます。
心臓がドクドクと波打っている。呼吸は荒く、まるで全力疾走した後のようだった。
夢で聞いた言葉が耳にこびりついて離れない。
――ここはどこだ。今はいつだ。あれは……あの夢は?
「目を覚しましたか」
「!」
突然横から声がして少年は驚いた。顔を横に向けると、高身長でスーツ姿の男が立っていた。男はボブカットの髪型に、髪の間から二本のツノが生えていた。人ではないその身なりに、少年は込み上げる悲鳴を必死で呑み込む。
「あぁ、怖がらないでください。何も悪いことはしませんから」
にこやかに笑ったが、胡散臭く、言葉の信憑性も薄かった。
少年は転がるようにベッドの上を移動して男から少しでも遠ざかる。その間、男からは目を離さずに近くに身を守るものがないか探す。
「混乱するのも無理ないですね……」
仕方なさそうにため息を吐いた男に、少年は肩を大きく震わせた。
『なんの力も持たない、役立たずめ』
どこからかそんな声が聞こえるようだった。
あの塔に幽閉されてから、みんなに囁かれた言葉。それらの言葉は鋭い刃になって少年の心を引き裂いていた。
癒えていない傷口を抉られたような感覚に、少年は過呼吸を起こす。酸素不足に陥った彼の瞳は虚になり、ゆっくりと閉じていく。
「……っはぁ、はぁ!」
「勇者様!」
その時、男の後ろから一人の女性が走り寄ってきた。
薄目を開けて見ると、見覚えのある銀髪の女性だった。
「……っは、はぁ……え、エレイン、さん?」
「はい、エレインです。よくここまで頑張りましたね、勇者様」
エレインは目に涙を溜めながら少年の背中を摩った。その手から感じる温かさに少年の心にも少しだけ余裕が生まれた。
「……どうして、ここに?」
「勇者様を逃した後、私もすぐに追いかけたのです。そこで……」
「そこで、我らが王――魔王様がお二人を助けたのですよ」
エレインの言葉を奪うように二本のツノを持つ男が言った。恩着せがましい言い方にエレインは不快そうに眉を顰めた。
「助けてくださったことには感謝していますが、あなた方のことは信用していませんから」
少年を守るように前に出ながらエレインはキッパリと言い放つ。男は「おやおや、嫌われてますねぇ」と何がおかしいのかにこやかに笑うだけだった。
「……逃げて?」
二人の会話を聞きながら、少年はここに来るまでのことを思い出す。




