第三夜 夜に滲む匂い
あれから、また数日が過ぎた。
日々は変わらず、学校とバイトと、たまの自炊。その繰り返し。
だけど──ほんの少しだけ、変わったことがあるとすれば。
夜道を歩くたび、ほんの少し、気にしてしまうようになった。
あの路地を通るとき、無意識に横目で確かめてしまう。
……今夜も、いない。
それだけで、どこかほっとするような、少し残念なような──
いやいや、俺はなにを考えてるんだ。
そんなふうに思っていた、そのときだった。
「……またコンビニ帰り?」
背後から声がした。
思わず振り向くと、あの女の子がいた。
相変わらず、暗がりの中で白く浮かぶような姿。
「……ああ、一応」
俺がそう返すと、彼女は静かに微笑んだ。
「今日は、匂いが濃いね」
「……は? まじか。え、俺そんなに汗臭い……?」
思わずそう言ってしまった。
風呂、ちゃんと入ってるはずなんだけどな。
すると彼女は、少しだけ目を丸くして、それからふっと笑った。
「ふふ、そういう意味じゃないよ」
「……いや、どういう意味なんだよ」
突っ込みたくても、どこまでが冗談なのかがわからない。
こっちはただの高校生で、相手は謎だらけの女の子。
この距離感に慣れる日は、来るんだろうか。
俺は彼女から目を逸らして、袋を持ち直した。
「……じゃあ、俺、そろそろ帰るから」
「うん。またね」
別れ際のその声は、やっぱりどこか馴染みすぎていて。
まるで、それが毎晩のことみたいに自然だった。
……いや、慣れるとか、そういうのじゃない。
何かがおかしいんだ。何かが。
でもその“何か”が、言葉にできないまま、
俺はまた、夜の中を歩き出した。