第二夜 再び、夜の中で
あれから数日が経った。
学校とバイトと、たまに自炊。それまで通りの、何も変わらない日々。
あの夜のことはなんとなく頭の片隅に残ってはいたけど、特に気にしてはいなかった。
……そう、気にしてるつもりはなかった。
「……不審者だった、よな」
口をついて出た言葉に、少しだけ苦笑いが漏れた。
いや、もう忘れようとしてたのに。なんで今さら。
変な出来事ではあったけど、誰かに話すほどでもない。
そもそも、なんて言えばいいのかもわからなかった。
美味しそうって言われて、動けなくなって、去っていかれて──
話しても、変な空気になるだけだ。
「……まあ、どうでもいいか」
そう思って、その日はちゃんとご飯を作って、風呂に入って、寝た。
*
この日も、バイトが長引いた。
時間は夜の十時。夕飯を作る気力は、とうにどこかへ消えていた。
財布とスマホだけポケットに突っ込んで、俺はコンビニへと向かう。
疲れていたはずなのに、気づけば足は前と同じ道を選んでいた。
あの夜と同じ、いや、いつもの帰り道だった。
あの路地を通りかかって、自然と横目で見た。
……いない。少しだけ、安堵する。
なのに。
「こんばんは」
後ろから声をかけられた。
一瞬ビクッとする。振り返ると、そこにいた。
暗がりに白く浮かぶような輪郭。間違いない、あのときの女の子だ。
「……また会うなんて、偶然だね」
前よりも穏やかな声だった。
でも俺は思わず一歩、距離を取る。
「……ほんと、あんた……何者なんだよ」
彼女は困ったように笑って、ほんの少しだけ視線を落とした。
どこか、寂しそうにも見えた。
「それ、夕飯?」
「……ああ、一応。」
俺がコンビニの袋を持ち上げると、彼女はちらっと中身に目をやった。
そして、静かに笑った。
「……やっぱり、今日も美味しそうだね」
「……は?」
また、それかよ。
思わず後ずさろうとする俺を見て、彼女は小さく笑った。
「あ、でも安心して。今日は我慢するって決めてたから」
その言葉は冗談に聞こえたけど、冗談にしていいのかもわからなかった。
俺はしばらく黙っていたけど、やがて少しだけ身体を引いて言った。
「……じゃあ、俺、そろそろ帰るから」
「うん。またね」
その言い方が、妙に自然だった。
あの夜の出来事は、やっぱり夢じゃなかった。
それは確かになったけど──
なぜか、胸の奥の違和感は、少しだけ薄れていた。