第一夜 夜の路地で
「今日は...無理だな」
バイト先から帰宅してきたのは、夜の十時。
カバンを椅子に放り、冷蔵庫を開ける。中身は、昨日の残り物と、期限が切れた牛乳。
炊飯器の保温は止まっている。さすがに、今からご飯を炊く気力はない。
最近は節約のために自炊しているけど、こういう日は例外だ。
最寄りのコンビニまで、徒歩五分。
財布とスマホだけポケットに入れて、俺は夜の外へ出た。
高校二年生。両親は数年前に亡くなって、今はアパートで一人暮らしをしている。
学校、バイト、たまに自炊。そんな生活に、特別なことは何もない。
…...今日までは、そう思ってた。
*
コンビニを出て、袋をぶら下げたまま歩く。
細い路地を抜けようとして、ふと立ち止まった。
――誰か、いる。
街灯の光が届かないところに、女の子が立っていた。
まっすぐに、俺の方を見ている気がした。
思わず目を逸らす。
髪が少し長くて、肩にかかってた。
顔はよく見えないけど、じっとしていて、なんか……怖い。
「……不審者?」
声には出さずに、そう思っただけ。
歩き出そうとした、そのときだった。
「ちょっと、いい?」
女の子の声が、後ろからかかった。
一瞬ビクッとした。
振り返ると、そこにいたさっきの子。
白い肌。細い手足。妙に整った顔。
……すごく綺麗、って思った。でも同時に、どこかおかしい。
目の奥に何もない感じがして、少しぞわっとした。
「美味しそうだね」
「……は?」
思考が止まった。
美味しそう……って、なに?
俺、コンビニ帰りのただの高校生だよ?怖すぎるだろ。
「えっと、すみません、俺、そーゆーの無理なんで! じゃ!」
反射的にくるっと背を向けて走り出そうとする。
でも……進まない。
え、なにこれ?
足は動いてる。けど、前に進んでない。
後ろを見たら、女の子が、俺の服を指でつまんでいた。
「え、ちょ、は!?」
「……あっ、ごめん。……」
彼女はそのまま手を離した。
ふわっと、身体が前に傾いて、バランスを崩しそうになる。
「今日は、我慢するつもりだったんだけどな……」
ぽつりと、独り言みたいにそう言って、
彼女はくるっと背を向けて歩き出した。
「……え? なに、あの人」
コンビニの袋を握り直す。
温めたパスタの熱が、まだ少し残ってる。
その夜、アパートの天井を見ながら、俺は何度も思った。
「なんだったんだ?」