千歳、回転寿司に行く。
「千歳。これを見るがよい」
朝の社長室。テレビの前で腕を組む女神リィナが、画面を指さしていた。
「……回転寿司特集?」
「うむ。我もあれに行ってみたいのじゃ」
「別にいいけど……リィナ、お金あるの?」
「昨日が給料日だったのじゃ!」
「……女神が給料もらってるって話、やっぱ一話使うべきだったかな……まあいっか」
そこに──
「どこか出かけるのか?」
漆黒のローブをまとった魔王が、当然のようにドアを開けて入ってきた。完全に企業生活に馴染みすぎている。
「ちょうどよかった。今から回転寿司に行くとこ。一緒に行く?」
「寿司……飲食店か。では、店舗の衛生管理と清掃技術を確認したい。同行しよう」
こうして、人間・女神・魔王という、現代日本の飲食店がもっとも対応に困る三人で、回転寿司に向かうことになった。
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やはり人気店らしく、三人は三十分ほど待ってテーブル席に案内された。
「千歳、これは一体……? 皿が……皿が流れておるぞ!」
「テレビで見てたでしょ。好きな皿を自分で取るの」
「この紙のようなもの……“ポップ”というやつか? 神に紙を食せと申すか」
「違うからね!? それ宣伝用の紙だから! 食べたいのはこっちのタッチパネルで頼むの!」
「ふむ……ところで魔王はどこじゃ?」
「トイレ研究してる」
「……あやつ、ブレぬな」
「私はマグロとサーモンにしよっと」
千歳はタッチパネルを操作しながら、真剣な顔で価格をチェックしていた。
「……一番安いやつ、これか……」
「我は特上ウナギを所望する」
「ちょっ、それマグロ五皿分の値段だけど!?」
「いかんのか?」
「いかなくはないけども!」
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ほどなくして、注文の品が次々と届く。
千歳の前にはマグロとサーモン、リィナの前には金の皿に乗った特上ウナギ。
「この緑の山はなんじゃ?」
「わさびだよ。鼻にツーンってくるやつ。私は苦手で、よく子供扱いされる」
「我は数千年生きておる。五百個は余裕じゃな」
「死ぬからやめて!? てか、店にも迷惑だから! 一個にしなさい!」
「致し方あるまい。では、このウナギに──」
「ちょっと待った! ウナギにわさびは普通つけないの! こっちのマグロで試してみて!」
千歳が一貫差し出すと、リィナはおごそかに受け取り、一口。
「うおっ……これは……神の涙を誘うほどの芳醇な味……まさに、悪魔の所業!!」
「どっちなのよ!」
「だが、うまい。よし、次を頼む!」
「待って! 給料日だからって、暴走はダメ!」
「これだから貧乏性は困るのう。千歳、見よ。寿司屋なのにラーメンがあるぞ?」
「最近はそういうのもあるのよ。でも私は“ラーメン食べたきゃラーメン屋行け”派だけど」
「さっきから文句ばかりじゃな。回転寿司に親でも殺されたか?」
「殺されてないよ!!」
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しばらくして、テーブルにはラーメン、大学芋、チーズケーキ、プリン。
「……ちょっと待って。寿司がどっかいったんだけど」
「気にするでない」
「気にしろや!! ここ回転寿司だよね!? お寿司がいないんだけど!?」
「これが現代という時代のかたちなのじゃ」
「断言しないで!」
ちょうどそのとき、トイレから魔王が戻ってきた。
「随分かかったね」
「ああ。少々魔改造してきたのでな。水の流れに神秘を宿らせておいた」
「すんな!! 営業妨害になるでしょ!!」
「さて、余も何か注文するとしよう。大食漢だが、よいか?」
「好きにして」
「では──お子様セットを、二十食分注文する」
「するなよ!!」
「さっき好きにしろと」
「いや、マナー違反じゃないかもしれないけど、厨房がざわついてるから!!」
「大丈夫だ。彼らは余を“変わった外国人観光客”と思っているだろう」
「それもどうかと思うけど!?」
リィナが、皿に残ったわさびをつまみ、魔王に差し出す。
「魔王よ。これを塗るが良い。わさびというらしい神品じゃ」
「神が、食べ物で遊ぶな!!」
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そのとき──
「……あなたたち、随分目立ってるんだけど」
背後から声がかかる。広報部のクロエだった。何やら、ちょっと怒っている。
「たまたま来てたら、厨房がざわついてて、来てみたらこれよ」
「クロエも回転寿司来るんだ?」
「最近ハマってるのよ。……はぁ、しょうがない。リィナ、魔王さま。常連のワタシが通の食べ方を伝授させていただきます」
「まず、お茶。そしてガリ。ここでこの店のレベルがわかります」
「……そして。帰ります」
「帰んないで!!それダメなやつだから!」
千歳は決めた。二度とこいつらと来ないと。