6話 先生の話
こんにちは。恵斗です。
この回から「羽白さん」と言う人物が出て来ます。
名前の読み方は「パジェロ」と同じイントネーションで読んでください。よろしくお願いします(ペコリ)
「あ…、おっ、おはよう、安曇先生」
恵斗はひくっと作り笑いを浮かべた。
鏡を見なくても分かる。不自然の塊だ。
「おはよう恵斗…。その髪の色…、」
安曇は挨拶を返しては来たが、まだ驚いた様子で恵斗の髪を見ている。
「あ、あの、その…これには深い訳が…」
困った。これについてどう説明したらいいのか分からない。
そもそも自分でもまだ理解し切れていないのにどう説明しろと言うのだ。
「恵斗にーちゃんいけないんだー」
「14さいにしてヤンキーのなかま入りだー!」
面白そうにそんな事を言っている子どもたちに恵斗は反論した。
「だから違うって言ってるだろ!静かにしろよお前ら!先生!これは…、」
「大丈夫よ恵斗、朝ご飯の後にまた話しましょう」
「あっ…はい…」
安曇は驚いてはいたが、その時は特にそれ以上は追及はして来なかった。
狼狽えながらも何とか返事を返した恵斗は未だにニヤニヤしている子どもたちに小声で毒ついた。
「後で覚えてろよ…」
*
朝食の後、恵斗はたくさんの本が立ち並ぶ安曇の部屋へと足を踏み入れた。
「座って。ちょうど土曜日でよかったわ。学校に行く前だったらゆっくり話が出来ないもの」
そう言った安曇はお茶を汲みに部屋を出て行った。
「………」
椅子に腰掛けた恵斗は部屋をゆっくりと見渡した。
何を言っても言い訳にしかならないと思ったが、この髪が染髪ではないと言う事だけは安曇に伝えておきたかった。
お茶を淹れた安曇が部屋に戻って来た時、恵斗は意を決して口を開いた。
「先生!これは本当に染めた訳じゃないんだ!」
「ええ。大丈夫よ恵斗。分かっているから」
恵斗の言葉を聞いた安曇はニッコリと笑って答えた。
「え…」
予想外の答えに恵斗はそれしか声が出なかった。
「あんまりにも雰囲気が似ていたからさっきはびっくりしちゃった」
そう言った安曇はお茶を飲んでひと息ついた。
「似ているって…、誰に?」
「羽白によ」
羽白。
恵斗はその名前を久しぶりに聞いた。10年前にこの施設に少しの間だけいた男性である。
確か安曇と同じくらいの年齢だったと記憶しているがあやふやだった。
「羽白さんに?」
短い間だったけど一緒に過ごした歳上のお兄さん。
声も顔もあまり覚えていないし、ここにいた理由も知らない。けど、自分や子どもたちとよく遊んでくれた事は覚えていた。
「そう言えば、ちゃんと見せた事はなかったわね」
安曇は本棚から古いアルバムを取り出して1枚の写真を見せてくれた。
写真の右下部分に印字されている日付は10年前のものだった。
写真には小さい頃の恵斗や他の子どもたち、まだ教員だったであろう頃の安曇も写っている。
「これが羽白よ」
安曇は恵斗の後ろに立つ短髪の男性を指差した。
「………」
恵斗は黙ったままその人物を見つめる。
そうだ、この人が羽白さんだ。
恵斗はうっすらと羽白について思い出し始めた。
『あんまりにも雰囲気が似ていたから…』
先程安曇が言った通り、確かにどことなく自分と顔付きが似ていると恵斗は感じた。
しかし問題はそこではなく、写真に写る羽白の髪の色だった。
羽白の髪の色は、緑がかった碧髪だったのだ。
「…この色、染めてるの?」
「信じられないかも知れないけど、生まれつきなんですって。羽白の村の人たちは全員この髪の色なんだって教えてくれたわ」
「村?」
そんな謎の突然変異を起こした村がこの世に存在するのか?
そう考えていた恵斗は、ふとベルナデットの言葉を思い出した。
『安曇先生に聞いてみなさい。あなたが子ども園に来た時の事を』
ベルナデットの声が頭の中で木霊する。
「羽白がここからいなくなる時に私に言ったの」
恵斗はハッとして安曇を見た。
「『もし恵斗が全てを思い出したら、自分と同じ色の髪になるだろう』って」
「…何で、何で羽白さんがそんな…」
なぜ羽白がそんな事を言うのか。
そもそも、なぜ羽白と恵斗の顔付きが似ていて髪の色まで同じになりかけているのか。
「先生…羽白さんは俺にとって何なの?」
「それを話すと長くなるわ。…まずね、ここにあなたを連れて来たのは羽白なのよ」
「!」
羽白の村の人間の髪は全員緑がかった碧髪。
だとしたら、恵斗もその村の人間だと言う事なのだろうか?
「………」
恵斗はまだ何も思い出せていない。
けれど、顔付きが似ていると言う事は。
まさか…羽白さんが俺の父親?
恵斗は写真に写る羽白をもう一度見た。
「恵斗ももう14だものね。そろそろ話さないといけないわね…あなたがいた世界と、ここに来た日の事を」
安曇の言葉を聞いた恵斗は息を呑んだ。
『今はまだ夢だけど、いずれ現実になる』
頭の中では再びベルナデットの言葉が木霊していた。