5話 髪の色
恵斗には家族がいない。
厳密に言うと、「血が繋がっている」家族はいない。
本当の両親は交通事故で亡くなったと以前安曇から聞いた事がある。2人の写真も残っていない。
なので恵斗は両親の顔も知らないのだ。
この「上村」と言う名字は施設の名前から取ったものである。ここで一緒に暮らしている子どもたちは皆「上村」と名乗っている。
だから恵斗は自分の本当の名字も知らなかった。
夢から覚めた恵斗はゆっくりと起き上がった。
もしあの夢の中の少女…ベルナデットの言う通りだとすると、恵斗は4歳より前はあの世界にいたと言う事になる。
本当にそんな事があり得るのだろうか?
恵斗は目を擦りながら部屋を出て階段を降りた。
洗面所で顔を洗い、まだあまり覚醒しないまま歯ブラシを手に取り歯磨き粉を付ける。
しゃこしゃこと歯を磨きながらふと目の前の鏡を見た時、恵斗は完全に目が覚めて手を止めた。
「…は?」
泡立った歯磨き粉を口から出し、目を丸くしている姿と言ったら何と間抜けな事か。
しかし仕方がない。
今この瞬間、大変な事が起こっているのだ。
本来の恵斗の髪は真っ黒な黒髪である。
しかし、今鏡に映っている恵斗の髪の色は黒い色に混ざってインナーカラーを入れたかのように緑がかった青い色がところどころに混ざっていた。
「なっ…」
試しにもう一度顔を洗って見直した。
しかし、やはり何度見ても色は変わらなかった。
「何で…っ、何だこれ!!」
角度を変えてもやはり同じだった。
もしかしてこれもあの夢の世界に関係があるのか?
あれはやっぱりただの夢じゃないって事なのか?
恵斗が鏡を見ながら髪を触っていると、突然後ろから「うわああっ」と言う声が聞こえて来た。
「恵斗にいちゃんが!」
「かみのけそめてるー!」
声がした方を見ると、施設で暮らしている子どもたちが何人か洗面所の入り口に立っていた。
「たいへんだ!にいちゃんが不良になっちゃった!」
「かみがあおいよ!」
まずい。あまり騒がれても困る。
「いや、あの…おいお前ら。ちょっと待て。あのな…」
「せんせー!安曇せんせー!たいへん!!」
「恵斗にいちゃんがグレたー!!」
子どもたちは恵斗の止める声も聞かずに施設の園長である安曇を呼びに行ってしまった。
「おい!ちょっ…待てって!!」
安曇は前の園長の娘にあたる女性である。
元々は近くの中学校で教師をしていた。
怪我をしてしまい園長の仕事を続ける事が困難になった先代である母の跡を継ぐために教職を辞め、現在は園長としてここの運営をしている。
教師だった頃から施設によく来てくれていたので、恵斗や子どもたちは皆今でも「安曇先生」と呼んでいる。
そもそもな話をすると、恵斗は品行方正なのである。
成績は学年で大体10番以内には入る。
周りの生徒ともトラブルになった事はない。
ちなみに運動に関してはからきしダメなので論外とさせてもらう。
とにかく、不可抗力とは言え突然こんな髪になってしまった恵斗を見たら安曇は恵斗が非行に走ったのかとショックを受けるかも知れない。
「せんせい、こっちこっち!」
どうしようかと恵斗があわあわとしている間に、子どもたちは安曇を連れて洗面所に戻って来てしまった。
「もう皆、どうしたの?…え?恵斗!?」
朝食を作っている最中だったらしく、エプロンをした安曇は恵斗の髪を見て予想通り驚きの表情を浮かべていた。