2話 火曜日の新聞売り
恵斗はしばらく前から夢の中で日本とは違う国の様子を見続けている。
目の前に現れた現地の少年・カトルは広場で元気に新聞を周りの人々に売っている。
初めて会った気がしないあの新聞売りの事を恵斗は少しずつ思い出していった。
数日前にも恵斗は今と同じこの広場に立っていた。
その時もあのカトルと言う少年はここで新聞を売っていたのである。
「アルセナール市の放火魔が遂に捕まったぞ!土曜日の新聞だよ!早いもの勝ちだよ!」
カトルは今と同じようにどんどんと売り捌いていた。
そこまで思い出した恵斗は、ふと疑問を抱いた。
アルセナールの放火魔の新聞を売っていたのは「土曜日」で、今目の前にいる彼は今日が「火曜日」だと言っている。
「…夢の中で時間が過ぎてる?」
現実の世界と同じように、この夢でも時が流れていると言うのだろうか?
*
朝。
恵斗は夢から目を覚ました後、そのまま支度をして学校へ登校した。
しかし、授業の内容はいかなる事も一切耳に入って来なかった。机に座りながらあの夢の世界の事ばかり考えていたのである。
「絶対に日本ではない。それは確定だ」
街並みと人々の雰囲気からして、あれはやはりどこかの国の城下街だろう。
そして文明も大きな違いがあった。
自動車や公共の交通機関がなく、主な移動手段が馬車か馬そのものに乗る事。もしくは徒歩な点から見ると恐らく時代は中世、そして西洋色が濃い。
「過去の世界の話なのか?あんな国あったのかな」
恵斗は何かの足しになるかと思い、机の中から世界史の教科書と資料集を引っ張り出して読み始めた。
しかし、その時の授業は世界史ではなく英語だった。
その結果、外国人の教師から早口な英語で嗜められてしまった。
残念ながら恵斗にはその教師が何を言っているのかが全く分からなかった。
(※怒っていると言う点には気がついてはいた)
もっと英語力があったら心にも響いていたかも知れない。
結局世界史の内容からは得になりそうな情報は得られないまま放課後を迎え、帰路に着いたのだった。
仕方がない。続きはまた夢を見ながら考えよう。
そもそもこれだけ考えておいて、もし今日の夢が全く違う内容だったら間違いなく自分自身を呪うだろう。
恵斗はいつの間にかあの夢を見るのが少し楽しみになっていた。
帰宅をしていそいそと夕食を食べ、風呂に入り速やかに自分の部屋へと戻り就寝をする。
そして次に恵斗が目を覚ました時。
「…やった!」
目を開けた先にはあの城下街の広場が広がっていた。
昨日と同様、周りを行き交う人々は恵斗に気が付いている様子はない。
上に広がる空を見上げると、昇って間もない陽の光が恵斗の目に入って来た。
「もし俺の見立てが正しければ、今は水曜日の朝だ」
そしてあのカトルと言う新聞売り。
そろそろこの広場に新聞を売りにやって来る頃だろう。
もし彼が今日「水曜日の新聞」だと言ったら。
この夢の中でも、現実と同じように時間が過ぎていると証明をする事が出来るのである。
この謎な夢を俺は解明してみせるぞ。
意思を固めた恵斗は、広場の噴水の縁に座りカトルが来るのを待った。
そして。
「皆おはよー!」
住宅街の奥の方から大きな声が近付いて来る。
しかし、昨日のカトルの声ではない。
恵斗が声のした方を見ると、キャスケット帽を被った女の子が広場に向かって走って来るのが見えた。
「皆おはよう!水曜日の新聞だよ!」
カトルとは別の子だが、やはり新聞売りのようである。
「おはようニキータ!」
「ニキータちゃん、おはよう」
ニキータと呼ばれたその女の子はカトルと同じように新聞を売り始めた。
カトルではなかったがまあいい。きっと新聞売りにも当番があるのだろう。
それよりもだ。
「…さっきあの子水曜日って言ったな」
やはりこの世界も現実と同じように時間が流れていると証明された。大きな前進である。
恵斗は「よし!」とガッツポーズをした。
さて、次だ。
次は何をすればいいのだろうか。誰かに話しかけてみるか?
そもそも夢の中で誰かに話しかけてもいいのか?いや、まず俺に気付いてもらえるのだろうか。
恵斗が唸っていると、横から女の子の声で挨拶をする声が聞こえて来た。
「こんにちは」
「えっ?」
恵斗は驚き顔を上げ、声がした方を見た。
一瞬先程のニキータかと思ったが違った。横にいつの間にか1人の女の子が立っていたのである。
しかもしっかりと恵斗と目が合っていた。
今の挨拶は間違いなく自分に向けられたものだ、と気が付いた恵斗は思わず立ち上がった。
肩まで伸びた夏の空のように澄んだ水色の髪に細やかな金の刺繍が入ったワンピースを着たその人は、恵斗よりも少し歳上に見えた。
「こ、こんにちは」
初めて夢の中の人に話しかけられた…!
恵斗はおずおずと挨拶を返す。
突然現れたその少女は、ニコッと笑って駆け寄って来たかと思うと両手で恵斗の右手を握った。
そして嬉しそうにこう言ったのだ。
「初めまして、上村恵斗くん。会えて嬉しいわ」