1話 夢の中の城下街
ここはどこなんだ?
辺りを見渡しながら少年は心の中で呟いた。
いつの頃からか彼は、毎晩同じ夢を見るようになっていた。夢の中でいる場所は彼が暮らしている日本ではなく、西洋寄りな雰囲気の漂うどこかの別の国のようだった。
キョロキョロと周りを見続ける少年の前を馬車が颯爽と通り過ぎて行く。
馬車が通る煉瓦で補強された道の向こうには石畳の広場があり、広場の真ん中では大きな噴水が水柱を高く上げている。
更に少し先には色々な露店が並ぶ商店街、いくつもある石造りや煉瓦の住宅。そして奥の丘の上には城のような建物が見える。
さしずめ、どこかの城下街と言ったところだろう。
あまりにも自分の普段の日常とは違いすぎる。
と、少年…上村恵斗は思った。
*
この街並みもだが、道や広場を行き交う人々も恵斗とは全然違う。
まず、恵斗は日本で暮らしている中学生である。
髪は黒、成長期なのもあり身長が伸び始め現在は165cmくらいある。
今着ている服は部屋着のジャージ。寝る時はいつもこれを着ている。しかし目の前にいる人たちの中に恵斗と同じ風貌の人は誰一人としていなかった。
髪の色は皆明るい。赤、ピンク、黄色、茶髪、金髪…逆に黒い髪の人が一人もいない。
露店で果物を売っている若い男性に至っては銀髪である。
服はどこかの民族衣装や踊り子みたいなものを着ている人ばかりだし、ついさっき恵斗の目の前を鎧姿の男性が通り過ぎて行った。
何なら肌の色も違う人だってたくさんいる。
目の前に広がる光景はどこか現実離れしているように感じた。
と言うか…あれだ。
教科書か何かで見た古い西洋画に描かれていた風景。
あれに似ているような気がする、と恵斗は考えた。
そしてもう一つ。
ここの人たちは誰も恵斗に気が付いていない。
至近距離ですれ違う人もいると言うのに、一切誰とも目が合わないのである。
気が付いていないと言うか、恵斗そのものが見えていないらしい。
所詮夢の中だから、と言う事なのだろうか。
…ならば。
「心ゆくまで過ごさせてもらうとするか。どうせ夢だし」
そんな事を考えながら恵斗は広場の真ん中の噴水まで歩き、縁へと座った。
「それにしてもここは一体どこなんだ?ヨーロッパっぽいけど…」
ボーっと人々を眺めながらそんな事を考えていた恵斗の前を、キャスケット帽を被った同年代くらいの少年が駆けて行った。
斜め掛けのカバンの中には筒のように丸められた紙がたくさん入っている。
「皆おはよう!新聞だよ!」
その少年はよく通る声で広場にいる人々に呼びかけ、カバンから丸めた紙を取り出した。
「おはようカトル」
「カトルちゃん、おはよう。1部ちょうだいな」
カトルと呼ばれたその少年のところに少しずつ人が集まり始めた。
「精が出るなカトル坊!1部買うよ!」
「いつもありがとうおっちゃん!まだまだあるよ!刷りたての火曜日の新聞だよ!」
カトルが次から次へと新聞を売り捌いていく様子を恵斗は縁に座ったまま眺めていたが、ある事に気が付いた。
「…あいつ、どこかで見た事がある」
恵斗はあのカトルと言う少年に以前会った事があるような気がした。彼を初めて見たように思えなかったのだ。
しかし、いつ会ったのか。
どこだ?どこであいつに会ったんだ?
腕を組んで考える恵斗の頭の中に、先程のカトルの言葉が響いた。
『刷りたての火曜日の新聞だよ!』
「…、火曜日?」
初めて会った気がしない新聞売りの少年の事を恵斗はみるみると思い出していった。