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悪魔の流儀  作者: 晴なつちくわ
第1章 宿命の悪魔

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ep.1−6 協会




 退魔師は特例を除き、世界退魔協会に属するのが基本である。

 依頼を協会に通すことにより、退魔師同士の不要な争いや対立を避け、無駄な相打ちを減らす為である。

 退魔師の力は、正しい方向に使わなければ、世界を破滅に導く可能性も否めない。その最悪な事態を避けるため、適切な場所に適切な力を使いながら世界の秩序を守るという目的により、協会は作られた。

 故に、退魔師という称号を得られるのは、協会が認めた特例の人物を除き、協会に属し、世界の為に尽くす者のみである。退魔師はその性質上、界理(カイリ)から恨みを買う事が多い。そのケアも協会は担っている。協会の職員を希望の者は、別冊『協会職員の心得』も併せて読む事を推奨する。

 協会と退魔師。

 どちらも在ることで世界の均衡が保たれているのを忘れてはならない。


 協会に属する者に課されるのは以下の四つである。

 ⅰ)協会に属していない退魔師を見つけた際は、速やかに協会に報告をしなければならない。

 ⅱ)(ことわり)と契約を結んだ際は、必ず協会に申し出なければならない。

 ⅲ)協会からの招集要請、協力要請には必ず応じなければならない。

 ⅳ)個人で依頼を受ける場合、協会に報告しなければならない。なお、事前か事後かは問わない。


 退魔師は協会とより良い関係を築き、双方の力を合わせ、世界の秩序と均衡を守っていく使命がある。


―――『退魔師の心得 Ⅲ.退魔師と協会』



***



 薄暗さを払拭するための人工的な光で満ちた街中を、リュゼは歩いている。

 後ろを振り返ると、ちょうど後頭部の高さに、サラがうつ伏せに寝転がった状態で浮いているのが見えた。外界に出るのが久しいからだろうか。あちこちに目をやって感心したように、ほぅ、だとか、すごいな、だとか独り言をいちいち言っているのを聞きながら、リュゼは歩いているのだった。


「そんなに物珍しいのか?」

「まあな。前に喚び出された時とは全く違うものばかりだ」


 その時代にあった知識や智慧は、現界する時に頭に入ってくる、もサラは言っていた。

 しかしやはり知識として知っているのと、実際に見るのは全然違うのだろう。

 上機嫌になっているサラから目を離して、前を向いた。


「サラが前に喚び出されたのはどれくらい前なんだ?」

「確か……、今から約700年くらい前だったかそれくらいだ」

「随分前なんだな。その時と今と全然違うのか?」

「全く違うな! まず街にこういうギラギラした人工物はなかった!」


 サラが指差した物を横目で見る。

 バーチャル映像で作られた巨大なツリーだ。実際に触る事は出来ない。500年ほど前までは、実際にこの大きさの木があったらしい。しかし現代では木自体が珍しいものに分類される。

 樹木だけではない。


「じゃあサラは動物を見たことがある?」

「もちろん。オレのお気に入りはネコ科の動物だな! 彼らは本当に賢い上にオレたちと波長が合うからな」

「猫って、家で飼われてたってやつ?」

「それらもネコ科だが、オレが言ってるのは、虎とか豹の方だ。雪豹なんかもカッコいいぞ」

「へぇ? 見たこと無いや。今度調べてみる」


 人間以外の生き物、例えば昔は身近だった犬や猫を始めとする動物は、今の時代には珍しいものに分類される。何故なら、500年ほど前に世界中で同時多発的に起きた大災害――後に『終末審判』と呼ばれるようになる災害である――によって、この地球上にいた動植物は、一度絶滅の危機に瀕したからである。


 無論、人間も例外ではなかった。

 だが、人間たちは別用途で用意されていたシェルターに逃げ込んだため、九死に一生を得たのだ。対する動植物たちは、そういった身を守る術は無かった。人間を含めた何十億という生物が死にゆく中、どうにか生き残ったのは、最盛期の四分の一程度だった。

 そんな中、生き延びた者たちの手で絶滅を免れた一部の動植物たちの子孫は、今現在、特別な施設でのみ見る事が出来る。犬や猫、鳥、そして昆虫は、特別な資格を持っていれば飼うことも可能ではあるが、よほどの上流の人間でない限り、その機会は滅多にない。

 実際、リュゼもバーチャルでは見たことはあっても、実物を見たことはなかった。

 そのことに思い至ったのかサラは、嗚呼、と合点がいったように頷いた。


「そうか。あの天変地異のせいで見たことがないのか」

「まあね。今生きてる殆どの人間は見たこと無いと思う」

「嗚呼、勿体ない! 絶対に見たほうが良い。あれらは生命の美しさを存分に教えてくれるからな」


 今でこそこんなふうに気軽に口に出せるが、大災害当時は口を閉ざす者が多かった。らしい。あくまで聞いた話だ。宗教家の間では、ノアの方舟の再来だ、などと噂されたとも聞く。それ故、悪魔崇拝や新興宗教を通して『(ことわり)』達に縋ろうとする者が最も多い時期でもあり、協会は大忙しだったらしい。協会内ではこれを俗に『終末審判事変』と呼んでいたという。

 しかしこれのお陰で――というのは些か不謹慎ではあるが――世界退魔協会は、社会的地位を与えられ、その存在が人々に知れ渡ることになったのだから、協会にとっては悪いことばかりではなかった。と、リュゼは師匠から聞いている。ただし師匠は適当なところがあるため、真偽は定かではないのだが。

 

「まあ機会があればね」


 実際問題、そう簡単ではない。退魔師不足は今でも深刻で、ろくに休みが取れない者もいる。リュゼは身体を壊さない程度にセーブしているから、その辺りはクリア出来ているが、問題はその施設に行けるだけの地位に立てるか、ということだ。出世欲のないリュゼにとって、最大の難関と言える。


「それも十分な欲になり得るというのに、お前と言うやつは」

「高い地位の席に実力もないのにふんぞり返ってる奴等を見て、同じこと言える?」

「ふはっ! お前のそういう歯に衣着せぬ物言い、最高だ! さてはお前、お飾りの老いぼれ共に相当嫌われてるだろ」


 ゲラゲラ笑い転げているサラに図星を突かれて、口を曲げるしかなかった。

 まさにその通りだったからである。思ったことをすぐに口から出してしまう癖は、昔から直らないのだ。言わなければいいのに、と思う前に、口から出てしまう。ただ事実を言ってしまうだけで、相手を傷付ける意図は断じて無い。無いが、本人が気にしているところを指摘されていい気分の人間は居ないだろう。それにプラスして、世辞を全く言うことが出来ない。凄いと思えば口に出すことは出来るが、取り繕う能力が皆無だった。

 そういう性格が災いして、協会では親しい友人なんてものは皆無だし、どちらかと言えば敬遠されている。協会への足が遠いている理由の一端でもある。

 師匠には『そこがリュゼの良いところだ』と言われる反面『程々にしておかないと余計な敵を作ることになるぞ』とも言われている。だがはっきり言って、そんなに簡単に治るのならリュゼだって治している。つまり、一生かけないと直らない性分と言えた。

 口をへの字に曲げているリュゼに気付いたらしいサラが、目の前にやってきてニンマリと笑う。


「オレは好きだぞ。そのままのお前でいろ」

「……、そんなことしたら一生一人だろ」

「そうとも限らん。それに、事実を指摘されて怒ったり離れていくような奴らはクソだろ。構うだけ時間の無駄だ。ほっとけ。群れる必要などない」


 的を得ている。得ているが、現実はそう簡単に割り切れるものではない。口に出さないほうが良かったかもな、とか、言い方を変えるべきだった、と曲がりなりにも反省することだってある。一度仲良くなった人間が離れていく瞬間の、あの絶妙な苦々しさはあまり気分の良いものではない。

 最近の出来事を思い出して顔をしかめかけたリュゼを、サラが覗き込んでくる。そして、声高らかに言った。


「仮にお前に一人も友達が出来なかったところで、オレがいるだろ! 万事解決だ!」


 わはは! と大口を開けて笑っているサラを見ていると、自分が考えていることはあまりにもちっぽけな気がしてくる。なんだか、あれこれ考えているのが馬鹿らしくなってきた。サラが世界の理に属す者だから余計に説得力があるのかもしれない。サラが見ている世界の中では、リュゼの悩み事なんてあまりにも小さすぎる。

 人生はまだ長いのだし、先のことは分からない。

 そう思わされて、リュゼも釣られるようにして笑う。


「アンタの言う通りかもね」

「そうだろう? だいたいな、まあ例外はあるが、群れを作るヤツは大抵個々の力が弱い。力を合わせなければ、強力な個体に太刀打ち出来ないからだ」

「言えてる」

「もしそういう輩に絡まれた時は、必ずオレに言えよ? 目にもの見せてやるからな」

「……頼むから面倒事だけは起こすなよ。絶対に」


 契理が起こした問題は、その理と契約を結んでいる者の問題として取り扱われるのだ。つまりサラが起こした問題は、リュゼが解決しなければならなくなる。その逆もまた然り。正当だと認められる理由がない限りは、相手に手を出すことはご法度。それを、協会を知っているサラが知らないわけがないだろうが、念の為釘を刺しておいた。

 でもこう言ってくれるのは、正直リュゼとしては心強かった。

 今までは師匠しか味方という味方が居なかったから、協会で行われる会議に行くのも億劫だった。しかし、これからはサラがいる。サラという存在が明らかになれば、また陰口やら根も葉もない噂話をされたり、陰湿なことをされるだろう。それでも、胸の内がネガティブなものに押し潰されることはない。どちらかと言えば晴れやかだ。

 鈍色が覆う空の下、協会へと向かうリュゼの足取りは軽かった。

  

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