ep.1-5 由縁
きらびやかな装飾がされた大広間で、召喚の儀を終えた一人の人間が、色んな感情を持った協会の人間たちに言葉の祝福を受けている光景。
眠っている間に繰り返し見た、保存された記憶の中に存在している、時代は違えど幾度となく見たシーンだ。
「素晴らしい!」
「君こそ、我々の救世主だ!」
「でかした! これで我々の勝利は確実だ!」
そう言って、人間たちが声を掛けながら肩を叩いているのを、召喚された悪魔が他人事のように見ている。何の感情も抱かないまま、色んな人間が纏う感情の波を感じながら、ひとり、蚊帳の外。
悪魔に対する態度は人によって様々で、存在をまるきり無視する者もいれば、視線を逸らすような者もいた。
しかしそれ以上に、悪魔を召喚した人間へ向ける態度の方が印象に残っている。羨望の眼差しを向ける人間もいれば、嫌悪を向ける人間も、安堵を向ける人間も、はたまた召喚した人間に嫉妬の念を向けている人間もいた。
腹の中で渦巻く感情を顔に出すことはなく、皆が皆同じ様な貼り付けた笑みを浮かべて、一人の人間を取り囲む。
滑稽だな。
その光景を見ている当時の悪魔は、そう思っていた。似たような光景をサラも見たことがあるし、同じ様なことを思った。馬鹿だとは思わない。だが、とても滑稽だった。感情を全て出して相手に放ってしまえばいいのに、それをしないで心にも無い言葉を並べて、褒め称える。
茶番以外の何物でもない。
どうでもいい称賛を投げかけて、面倒事は全て、その召喚した人間に押し付ける。
その代償を受けるのは、勿論召喚した人間である。
悪魔が眠りにつく前に、己が犠牲に成らずに済んだ者たちが腹の中でほくそ笑む中、契約主がひどく青褪めた表情をしているのも毎度のことだ。
「そんなの聞いてない!」
悲痛な表情を浮かべて、いつだって人間はそう言った。
悪魔はいつだって同じ答えを与える。
「聞かれなかったからな。しかし契約した時点で発生することだ」
悪魔を万能だと勘違いしている輩は多い。
しかし物事には大抵の場合、対価が発生するものだ。料理を食べるのに、飲食店に金を払うのと同じ。料理を作るのに、材料を金で買うのと同じ。
馬鹿でも分かることだ。
相応の対価をもらわなければ、身を滅ぼすことになりかねないのに、もらわない馬鹿はいない。欲深い人間が、その欲によって行われた行動に見合うだけの対価を求められるのは、当然のことだった。
召喚した者よりも、遥かに力も欲もある地位の高い者たちが『悪魔をも殺す悪魔』を召喚しないのには、そこに理由がある。
自分の命を犠牲にしてまで世界をどうにかしたい、なんて高尚なことを考える人間は、滅多にいない。それはそうだ。他人よりも自分の身のほうが可愛い。その他人の中に、自分の全てを擲ってでも守りたい存在が無い限り。
もしも次に喚ばれる事があっても、それだけは変わらないのだろう。
そう思っていた。
しかし、違った。
リュゼは誰一人として取り巻きを用意せず、たった一人、明かりも蝋燭しかないような埃臭い場所で、サラを出迎えた。
小生意気であるが、馬鹿ではない。称賛に溺れて、自分の要求を伝える以外悪魔と話さないような、協会にとっての捨て駒でもない。しかも、喚び出した時点で力の強さは知っているはずなのに、怖気付くこともなく口答えが出来る豪胆さを持ち合わせている。それに加えて、召喚したことに糠喜びせず思考を使いつつ、確認事項もきちんと聞いてくる。悪魔に対して、まるで人間に接するように礼を言ってきたのも、リュゼが初めてだった。
退屈ばかりが胸を占めていたサラに、初めて興味を抱かせたのだ。
それだけではなかった。リュゼと話をすると、彼は大して欲を持ち合わせていないのがわかった。
願いはなんだ、と聞いても、力を貸してほしかった、などという。本心か、と疑いもしたが彼の魂の形は期待に揺れることもなく、ただ凪いでいた。
不思議だった。
悪魔を召喚するのに必要なのは、なにも技量や力だけではない。その本人の欲の強さにも比例しているのが常だ。強欲の人間の周りには強欲な人間が集まり、純粋な人間の周りにはやっぱりそういう人間が集まるのは、世界の法則にも則っている。悪魔や天使を喚び出す時にも適用される法則だ。しかし、目の前の男は強欲には遠い。
では何故、リュゼが『悪魔をも殺す悪魔』として存在しているサラを喚び出せたのか。
その理由は、リュゼから名を貰った時に、理解した。
リュゼは、現在ではほとんどの人間が持っていない『魂の名前を感じ取れる』能力を持っている可能性がある。
サラの魂の名前は、人の言葉で発するのなら、サラヴァールが一番近い響きになる。それをリュゼはほぼ一発で当てた。名前をきちんと呼ばなかったのは、彼が力を無意識に押さえているせいか、それとも単なるまぐれなのか、まだ判断はしかねるが、概ね前者と考えて間違いないだろう。
リュゼの能力は、本人に自覚があるかどうかは別だが、悪魔も天使も神でさえ、彼の言うなりにする力を持つ。もしもそれができたところで、多分リュゼは使わないだろうが。
リュゼに残り滓のような呪いも付いていたのも、もしかしたらこの能力が関係しているのかもしれなかった。
理の中には、その魂に付随する能力を見ることが出来る者もいる。だからこそ同じ退魔師というよりも、リュゼの能力に気付いた『契理』または『界理』が、誰の命令を受けたわけでもなく、危機感を覚えた故の産物だった可能性があるのだ。
通り名しか知らない人間が、あそこまで持続する呪いをかける事は難しい。しかし、人間が理と呼ぶ存在の単独行動であれば納得できた。
滅多に明かすことのない魂の名前が、ただの人間に知られる。その恐怖は力の強い理であればあるほど、畏怖の対象となる。となれば早めの対処をしたいという気持ちを抱いてもおかしくない。
つまり、サラの主人であるリュゼは、人間からも、そして理達からも一線を引かれる存在であると言う事だ。
魂を縛る可能性がある者に、誰が好き好んで関わりたいと思うのだろう。サラ自身も縛られるのは当然御免だが、好奇心には抗えない。
天地をひっくり返すような、面白いものが見れるかもしれない。
そんな期待を抱かずにはいられない。
くすりと漏れた笑いに、前を歩いていたリュゼが振り返った。薄暗い階段を登っている最中である。
外套のフードをすでに被っているリュゼの表情は、悪魔である自分でなければ見る事は難しかっただろう。
「何笑ってんだよ、サラ」
ぶすりと不機嫌そうに眉を寄せているリュゼが聞いてくる。サラは、ニンマリと笑みを乗せて答えた。
「いいや? オレの主人はなかなかに厄介だなと思っていただけだ」
「はぁ? 何のことだよ」
「それはこれからのお楽しみだな!」
「……なんか楽しそうだな、アンタ。まあ別にどうでも良いけど」
サラがこれ以上口を割らないと知っているのか、それきりリュゼは前を向いてしまった。
一人分の足音が響いている薄暗い階段で、サラは人知れず笑みを深くしたのだった。




