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悪魔の流儀  作者: 晴なつちくわ
第1章 宿命の悪魔

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4/9

ep.名前について



 退魔師の中には天使と契約する者もいる。

 しかし我々退魔師でも、天使か悪魔かを見た目だけで判断することは難しい。なぜなら、彼らは御伽噺(おとぎばなし)に登場するような見た目をしていないのである。

 彼らは上位になればなるほど、性別も顔も肌の色も体も自由に変えることが出来る上に、人間よりも博識で智慧もある。それに加えて、心を読み退魔師を騙そうとする悪魔もいるため、見た目で判断するべきではないのは、特筆すべき要注意事項である。


 契約した天使や悪魔を、世界の(ことわり)に属す彼らへの敬意を込め、『契理(チギリ)』、また契約をしていない悪魔や天使を『界理(カイリ)』と呼ぶ。

 

 我々人間と同じように、天使や悪魔にとっても名は重要な意味を持つ。

 よって、容易に教えてはならないのは、彼らも我々も同じである。

 総称や通り名を使うのはそのためであり、いかなる場合も信用できる者を除き、名を名乗るべきではない。

 無論、他人の『契理』に名を聞くことなど論外である。


 ―――『退魔師の心得 Ⅱ.名を名乗るということ』より抜粋



***



「まず一つ。アンタはしきりに俺の名前を知りたがっているけど、それに因って俺に不都合な契約が結ばれたりしないかどうか。二つ、俺の名前を言うことでアンタに魂が縛られたり、のちのち食べられたりするのか。三つ、縛りがないならアンタにとって名前を知ることはどんな利点があるのか。とりあえずその三つを教えて」


 むやみに名前を教えてはいけないのは、退魔師の基本だ。

 同業者にもよほど信頼していない限り、本名を知られないように通り名を使う。本名を言う事で他人の『契理(チギリ)』に悪さをさせるのを防ぐのだ。特に悪魔の中には呪いを得意とする者が多いと聞く。

 目の前の悪魔の実力は、さっき身を以て思い知ったが故の質問だ。

 下手に名前を教えて、彼の操り人形になっては困る。もしもデメリットが多いならば、通り名でも構わないかどうかを更に追加で聞くつもりだ。


 三本の指を立てた退魔師に、悪魔はぱちりと大きく目を瞬く。と思った次の瞬間、悪いことでも思いついたかのように、口角を弓なりに持ち上げた。


「へぇ? お前、賢いな。いや、今までの奴等が軽率で阿呆だったのか。ますます気に入った!」

「……ということは、やっぱり魂が縛られるのか」

「正解とも言えるし不正解とも言えるな」

「回りくどい言い回しすんな。具体的に教えろよ」

「はぁ〜、それが人に物を教えてもらう態度か? お前友達居ないだろ」

「うるさい。早く教えろ」

「はいはい。簡単に言うと、入れ物の名前を知るのか、それとも本質の名前を知るのかで結果が変わるのさ」


 やはりわかりにくい言い回しだ。

 眉を顰めた退魔師に、悪魔は面白そうに笑って、何か書くものを寄越せ、と言った。仕方なくポケットから、メモ代わりに使っている手のひらサイズの手帳とペンを取り出して渡す。

 さっそくページを開いた悪魔はその場に座り込んで、つまり、と言ってヒト型を書き始めた。それにならうように腰を下ろす。


「入れ物の名前は、今のお前の名前。普段、お前が親しい人に呼ばれてる名前やあだ名、通り名なんかもこの部類だ。他の世界では『(はく)』と呼んだりもするんだっけな…? まあいいや、とにかくこの名前はお前の肉体に名付けられたもので、来世には引き継がれない。そして、」


 ヒト型の中に、丸を書いて彼は続ける。


「本質の名前は、お前の中の魂の名前だ。『真名』と呼ぶ世界もあるらしいが、まあ此処では普通に魂の名前だな。『魂名(こんめい)』と呼んでるやつもいたんだったか。何回もこの世を巡り、来世に引き継がれる名前だ」

「……つまり、来世に引き継がれるかそうではないかで変わるってことか?」

「正解だ! お前ホントに賢いな。察しが良くて頭が良い奴は大好きだ」


 大好きと言ってもらえるのはまあ嬉しいことなのかも知れないが、相手が悪魔だとなんとも微妙な気分だ。それが顔に出ていたのか、嬉しくなさそう、とケラケラ笑われた。


「理屈は理解ったけど、具体的なメリットとデメリットは?」


 思い出したかのように、まず、と悪魔はヒト型をペン先で差した。


「肉体の名前、つまり本名や通り名を契約したもの同士が知ると、お互いの存在を認知できるようになる。大体の居場所も分かる。条件が合えば、脳内交信も可能だ。これがお前の3つ目の問いの答えだな。名を名乗ることは、魂の一部を相手に渡すことになる。呪いがかけられるのはそのせいだ」

「え? でも通り名だと呪いは効かないんじゃないのか?」

「かけにくくはあるが、出来なくはない。通り名の認知度が高ければ高いほど、効き目は上がるしな。だが、より強くかけたい場合や精神まで異常を(きた)す様な強力な呪いは、お前たちがこの世に生まれ落ちて初めて貰う名前の方でないと無理だ」

「ああ、だから教書に名前を名乗るなって書いてあるのか」


 教書の内容を疑っていたわけではないが、書物が全て正しいとは限らないというのは、今まで生きてきた中で思い知っている。だから、張本人に説明されると余計に納得がいく。

 そんな中悪魔が、教書、という言葉に目を輝かせた。


「教書なんてあるのか? 素晴らしい! 今度読ませてくれ」

「……良いけど、悪さするなよ」

「心配するな。契約が成立した時点で、お互いに不利益になる悪さを出来ないという縛りがつく」

「へえ、それは便利だな」

「まあ便利なだけではないけどな」


 にやり、と歯を見せて笑う悪魔は、そのまま続ける。


「オレがお前に施したモノに応じて、相応の対価が発生する。これがお前の2つ目の問いの答えだ。約束や契約は、オレ達『理』の前では特別な意味を持つ。内容によっては、お前の魂をオレが食べる場合もあるということだな」

「だからアンタは俺に願いを聞いてきたわけか」

「そうだ。やはり賢いな。お前の前とその前の人間は、そこを全く聞かずにオレと契約して、悲惨な目に遭ってたぞ」


 くくく、と喉を鳴らして悪魔たらしく笑う彼に、はぁ、と溜息を吐く。

 欲に目がくらんで後から取り返しのつかないことになるのは、どの時代も同じらしい。師匠の言う事をしっかり聞いてて良かったな、と他人事のように思う。


「もう一つ質問。逆に、魂の名前を知るとどんなことが起きる?」

「魂の名前を教えることは、相手に永遠に縛られること、ひいては、己の自由を相手に差し出すことと同義だ。つまり、相手の操り人形になってもいい、という意思表示になる。その行為自体が約束や契約となり、その魂が消滅しない限り永遠に続く」

「つまり、来世でも永遠に相手に縛られる、と」

「大正解! 本当に最高だなお前。魂の名前が知りたいくらいだ!」


 乱暴に頭を撫でてくる手を避けて、嫌に決まってるだろ、と睨む。しかし悪魔は気にしたふうもなく、上機嫌だ。

 永遠に縛られる。身の毛がよだつような条件だ。誰が好き好んでその名を伝えるのだろう。信じられない。


「でもそれってフェアじゃないよな」

「どういう意味だ」

「だって、人間だけ永遠に縛られるなんてさ」

「何を言ってる。『理』たちにも魂の名前はあるぞ。因みにオレもな」


 当然のように言われて、え、と間抜けな声がでる。からかっているのか、と彼を見ても、何を当然のことを言っている、と言いたげに眉を中央に寄せている。


「アンタたち悪魔にも魂があるのか?」

「当然だ。そうでなければこの世には存在できない。悪魔だけじゃない。神も天使もその他大勢も人間も、根源は同じだ。だから、魂の名前は基本的に自分だけのものなんだ。永久に相手のモノで在り続ける相当の想いがない限りな」

「それは……、知らなかったな」

「まあお前たち人間は【忘れてしまった】からな。仕方ないことさ。……さて、以上がお前の問いに対するオレの答えなわけだが」


 なんてことないようにそういった悪魔は、立ち上がる。その顔を見上げると、彼は左手を差し出しながら目を細めて笑った。


「もう一度問おう、お前の名前をオレに教えろ。腹が決まったのならな」


 話が全く通じないのであれば、契約破棄も考えたが、これならなんとかやっていける気がする。彼ほどの力を持つ悪魔であれば心強いし、根拠もないのに上手くやっていけそうな気がしたのだ。だから、立ち上がってその手を握りしめた。


「我が名は、リュゼ・カーマ。またの名をリューマ。我が名をもって、汝と契らん。我が身が朽ちるその時まで」


 文言を述べれば、目の前の悪魔が口角を釣り上げて応えた。


「我、闇に棲み邪悪を光に還す者。汝の身が朽ちるまで、我が力の限りを尽くすことを、汝に誓う」

 

 刹那、左小指に痛みに似た熱が走る。しかし一瞬のうちにそれはたち消えて、幻覚だったのか、と思ったのと同時に、よし、という言葉とともに手が離される。


「契約は成された。その左手小指の証がある限り、オレはお前の『契理』だ」


 言われるがまま左手を持ち上げて小指を見れば、小指をぐるりと一周するような二つの赤い線の間に、喚び出す時に使った召喚陣に似たものが、三角と円で描かれている。

 顔を上げると、悪魔が笑った。さっきまでの意地の悪い笑みではなく、からりとした爽やかな笑みで。


「これからよろしくな、リュゼ」




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