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悪魔の流儀  作者: 晴なつちくわ
第1章 宿命の悪魔

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ep.1-2 調律器官



 退魔師の中でも、悪魔と手を組むのは珍しくない。

 ただし、悪魔を喚び出す実力がある者は少ないのが現状だ。

 数千年前までは、人間も世界の理や法則を自然と読みながら生きていた。故に古代の人々は、現代で架空の存在と言われている悪魔たちを視る事ができ、その上、話が出来る者が多かった。

 しかし、いつしか人間は世界の理を読むことを止め、その存在を忘れていったのである。

 現代において、悪魔を認知できる者が少数に限られる理由はそこが一因となっている。


 退魔師となる者、又は悪魔の召喚に臨む者は、以下のことを必ず心に止めて置かなければならない。

ⅰ)悪魔は世界の理に匹敵する者である。故に、災害を相手にするのと同義と心得よ。

ⅱ)悪魔には悪魔の常識がある。故に、対話での解決はほぼ出来ないものと心得よ。

ⅲ)悪魔の契約は魂に縛りを課す可能性がある。故に、慎重に行うものと心得よ。


 ―――『退魔師の心得 Ⅰ.悪魔と退魔師』より抜粋


 ***


 ふわぁ、と大きな欠伸をした悪魔を、退魔師はじっと見つめる。その視線に気付いて、柳眉を中央に寄せた悪魔は不満そうに言った。


「何だその目は。(ワタシ)が本物かまだ疑っているのか?」

「そういうわけじゃない」

「ではどういうわけだ。何か言いたいことがあるのだろう?」


 押し黙った男に、ハッ、と悪魔は笑う。


「図星か。我が本当に悪魔をも殺す悪魔なのか証明が欲しい、とでも?」

「アンタの実力は、言葉通りさっき嫌になるほど思い知った」

「では何故そんなに見入っている。まさか我に一目惚れなんて可愛いことをする質でもないだろう?」


 にたりと口角を釣り上げて小首を傾げた悪魔に、退魔師は大きな息を吐いた。


「……アンタと話してると調子が狂う」

「ふははっ! 我は絶好調で愉快だがな!」


 悪魔は腹を抱えて楽しそうに笑う。じとりと睨んでも、どこ吹く風で口の端を上げるだけだ。

 協力を仰ぐために召喚術を使ったつもりが、とんだ苦労を身に受けそうだなと、他人事のように思う。悪魔は、早く言え、と理由を聞くまで引き下がりそうにない。もう一度ため息を吐きながら、退魔師は言った。


「アンタの口調と容姿に齟齬(そご)があって、脳処理が追いつかないだけだ」

「? 何処に齟齬があるというのだ」

「古風な喋り方の割に、アンタの容姿は現代の芸能人というかアイドルにいそうな服装と顔をしてる。だからなんか……、変な感じがするんだよ」


 同年代のアイドルと呼ばれる存在と変わらないような容姿なのに、喋り方との時代錯誤があって脳が混乱する。こんな喋り方をする人は、よほどインパクトがほしい人間以外今の時代にはいない。

 そこまで考えて、ハッとする。

 そもそも悪魔にアイドル、なんて言う言葉が通じるのだろうか。そう思ったのだが、悪魔は合点がいったように一つ頷きを寄越した。


「なるほど。確かに貴様の言う通りだ。我としたことが()()()()()を合わせるのを忘れておった」


 むむ、と眉を中央に寄せて瞼をおろした悪魔は絶妙な顔をしながら、トントン、と数度額を叩いている。その間にも、ほう、とか、ふむふむ、という独り言が聞こえてくる。

 何やってんだこいつ。

 正直に言うと退魔師はそう思っていた。悪魔の中には心を読める能力持ちもいるということをまるきり失念して。幸いにも小言が飛んでくることも、さっきのような力でねじ伏せられることもなかったのだが。


「よし。これでいい」


 ぱっと元の姿勢に戻った悪魔が妖しく笑う。


「お前、何か話してみろ」

「え? えーっと、じゃあ好きな食べ物」

「それはヒト型として聞いてるのか? そうなら、オレはモンブランが好きだ!」


 目をぱちぱちと瞬く。てっきり人間の魂というのだと思っていた。しかもモンブランを知っているなんて。こんなに簡単に変わるものなのだろうか。

 退魔師の心内を察したのか、悪魔は得意げに歯を見せて笑った。


「オレの存在は特殊だからな。いつの時代に呼び出されても良いように、そういう器官が備わってる。その時代の言語、文化、食べ物、衣服、音楽。その他諸々の知識は目覚めと共に此処に詰め込まれるのさ。まあ今みたいにチューニングが必要だが」


 こめかみを指さした悪魔を見ながら、やはり目の前の存在は人間とは一線を画す存在なのだな、と妙に納得する。

 ぼろぼろの古文書に書かれた召喚術式を半信半疑で試したのだが、人智を超えた能力は思った以上に強力らしい。『悪魔を殺す悪魔』という文言に思わず飛びついてしまったが、果たして。


「ところで、お前の名前と願いを聞いていないぞ」


 びしっと指を差された。

 眼前に出された彼の指先は、おとぎ話で見るような長い爪なんて有していない。肉食獣のように尖った牙だって、蝙蝠のような羽だってない。本当に人に見える。

 お〜い、と言いながら目の前で手を振る姿も人間そのものだ。擬態が上手いとは知識として知っていたが、こんなにも人間らしいとは、驚きだった。

 これでは確かに人間社会に紛れていても判別など出来る筈がない。能力の高い、もしくは、上位的立ち位置にいる悪魔が厄介なのが身に沁みて分かる。


「お? もしかして本当に耳が聞こえなくなったか?」

「イッテェ!!」


 そんなことを考えていたら、しびれを切らしたらしい。声と同時に側頭部に激痛が走った。加減のかの字も無い。あまりの痛さに、退魔師は蹲った。対して不思議そうな顔をして悪魔は首を捻る。


「軽く叩いただけで大げさだな」

「アンタが馬鹿力すぎんだよ! このバカ悪魔! 普通の人間なら死んでるぞ!」

「なはは。か弱すぎだろ、人間」


 悪魔たらしい笑みを浮かべている彼を、ぐわんぐわんと揺れる視界で睨みつけることしかできない。

 本当に厄介だ。こんなことなら彼――悪魔は性別不明であるため彼と言って良いのか定かではないが――召喚せず、今まで通り一人で仕事をするか、天使に力を借りる方がマシだったかもしれない。


「オレの話を無視するお前が悪い」

「考え事してたんだよバカ」

「バカバカ言う方がバカなんだよ」

「……チッ」

「ハッ、舌打ち! 本当に怖いもの知らずだなお前」


 そうは言うが気分を害した訳ではならしい。むしろ呆れた視線を寄越した悪魔は、肩を竦めながら言った。


「ほらほら話が進んでないぞ。さっさとお前の名前と願望を言え」

「その前に二、三質問したいんだが。いいか?」

「……へぇ? 珍しいな。いいぞ」


 意外だったのか、片眉を上げられた。何が珍しいのかさっぱりわからないが、彼がいいと言うなら聞いても命を取られる心配はないだろう。

 未だにジンジンと痛む側頭部をさすりながら、退魔師はゆっくりと立ち上がって悪魔に向き直った。





 


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