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悪魔の流儀  作者: 晴なつちくわ
第1章 宿命の悪魔

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ep.1-1 闇より生まれし悪魔



 ぬばたまの闇に、ぽつぽつと浮かぶ蝋燭の炎があった。

 規則正しく円を描くように二十本ほどの蝋燭が並んでいる。その真ん中に、周りのものよりもふた回りも太い蝋燭があり、その蝋燭と円を描く蝋燭の間を埋めるように石灰で何かの魔法円が描かれていた。

 読むことは不可能な文字列で構成された魔法円の白には、時折どす黒い血色が混じっていて、揺らめく炎の光を反射して、蠢いているようにも見える。

 その召喚陣と円を描く炎の少しの隙間に、フードを深く被った上背のある男が立っていた。片手には分厚い辞書のような本を持ち、小さく何かを唱える低い声があたりに響いている。


(いにしえ)に闇より生まれ、闇に住み、はびこる邪悪を光に還す者。闇とともに在りながら、泥濘に五色(ごしき)を与え、光を()ぶ者。我は、(なんじ)を喚ぶ者。我が名のもとに、闇より出でて、召喚に応じよ。汝が古から負いし責を、今果たせ」


 言い終わるか否か。

 太い蝋燭の炎が、ぐらりと大きく揺れた。ごう、と強く吹き付けた風が、男の顔を勢いよくフードから暴く。宙を踊る前髪から見えた瞳は、冷やかな色でその蝋燭の上にある闇を射抜いていた。分厚い本は、ページを定めることを忘れてしまったように暴れているのに、暴風と言える風の中で、未だに消えないまま揺らめいている蝋燭の炎。

 刹那、ぶくりと闇が膨れ上がった。

 膨れ上がった闇はアッという間に蝋燭の炎を飲み込んで、宙に浮いた球体になった。大人三人が両手を繋いでやっと一周できるほどの闇の玉が、突如現れたのである。それにも関わらず、男はじっとその球体を見つめるだけで驚いた様子もない。

 闇玉に急に小さな穴が空いた。どろりとタールが流れ落ちるように、黒が流れ出す。だんだんと大きくなる穴の向こうに、ゾッとするような白さの指先が見えた。


「あーあ、折角心地良い眠りに身を任せていたというのに、叩き起こしたのは何処のどいつだ?」


 何かを唱えていた男とは別の声が、その玉の中から聞こえてくる。

 低めの声は、不機嫌そのものだ。ふわあ、というわざとらしい欠伸付きだった。その言葉に応えるでもなく、やはり男は穴を見つめているだけであった。


「まったく。喚び出しておいて返事もなしか。とんだ礼儀知らずに喚ばれたモノだな。本当に人間というのは度し難い。それとも(ワタシ)を喚び出したのは()()か?」


 嫌味たらしい言葉とともに、白い指先がぬっと穴の縁にかけられる。球体に開いたその穴は、気付けば人ひとりが抜けれそうなほど大きくなっていた。その中で、一対の黄金の瞳が光っている。闇の中にあるはずなのに、煌々と輝く瞳。闇の玉の中にいる者は人間の理からは外れたものだと、それだけで理解できる。黄金の中の瞳孔は肉食獣のように細くもあったし、よくよく見れば、逆さの十字架のようにも見えた。


「なんだ、やはり人間ではないか」


 呆れたように言ったその者は、はあ、と嘆息してから言った。


「それでは再度問うことにしよう。貴様、名はなんと言う?」


 甘く囁くようであると同時に、絶対に答えなければと思わせる声色をしている。

 今まで黙っていた男が、やっと小さく息を吸って口を開いた。


「アンタがそこから出てきたらちゃんと名乗るつもりだった」

「ハハッ、随分な物言いだな、小僧。……見たところ退魔師だな。貴様にも師がいるのだろう? 召喚が成功したら己の名を名乗れと師に言われなかったか?」

「もちろん習ったさ。でもこうも言われた。契約に値するかどうか見極めてから名乗れってな」


 沈黙が落ちた。


「ふっ……、アハハハハハ! なるほど、そうくるか! 我を喚び出しておいて、力の有無を問うとは! ハハハッ!」


 いつまでもやまない笑い声が、闇に反響している。男は眉一つ動かさずに、笑いに歪んだ黄金の瞳を見つめる。

 不意に笑い声が途切れた。


「――いいだろう。望み通り見せてやる」

 

 冷たい声が響いた瞬間。

 退魔師の男を、臓腑がすべて潰れてしまうのではと錯覚するほどの圧迫感が襲った。体にかかる重力が数十倍になって牙を向いているような感覚。初めて、男の顔が歪む。思わず膝に手をついてしまうほどの圧力だった。圧力に耐えきれなかった地面に足がのめり込む。しかし男は気を飛ばすことだけは、絶対にしないと腹に決めていた。痛みなのか苦しみなのか分からないほどの力が男を襲っても、片目だけでも相手を捉え続ける。

 脂汗が全身から吹き出す。息がうまく吸えない。骨が軋んで粉々になってしまうような錯覚。

 それでも男はその圧力に耐え続けた。


 どれだけそうしていたかわからない。

 ふと空気の圧が消え去った。突如凪いだ空気に、男は大きく息をした。一気に肺に送り込まれた空気で、下を向いて咳き込む。足が震えているのを見つめてから、息を整えつつ視線を上げていく。

 さっきまであったはずの魔法円は消え、蝋燭の炎だけが何事もなかったように揺れている。

 太い蝋燭を跨ぐように、足の白い指先があった。ゆっくりと視線を上げていく。

 目の前に立つ人間の形をしたモノは、肌とは対象的な暗闇に溶ける黒を纏っていた。下半身は体の線をくっきりと映し出すタイトなボトムス、上半身は羽毛を編み込んだようなニットに身を包んでいる。


「魂を刈り取って帰ってやろうかと思ったが……、ふむ、なかなか骨がある」


 笑い混じりの声とともに、その足が一歩踏み出された。やっと整った息に姿勢を正す。

 闇の玉はすでにない。しかしその中にいたモノだとわかるヒトが立っていた。闇とは対象的な白銀の髪。その間から覗く黄金の瞳。古風な口ぶりからは想像できないような愛らしい顔立ちをしたそのモノは、裂けそうなほど口角を釣り上げて笑った。


「気に入った。――さて。我を易易と喚び出した上に、身も心も太く、我を少しも必要としていなさそうな貴様の願いは何だ? 退魔師よ」


 男にそう問いかけたのは、人間ではない。

 気が遠くなるほど遥か昔から生き、その宿命ゆえに時折人間に手を貸してきた、悪魔をも狩ることができる悪魔であった。



 


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