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2. 島の歴史

 エリックが宿の食堂で朝食を終えて、宿の前に止めた車に乗り込もうとしていると、ナップザックを背負ったオデットがドアを開けて出てきた。

「4WDの車借りられたの? 私が行った時にはもう無いって言われたのに」

 オデットが口をとがらせる。この島には車をレンタルできる店は一軒しか無かった。

「これは、前に手配してもらったものだからね。この島のものじゃない」

「そうなの。用意がいいわね」

 少し恨めしそうな顔。エリックはそんなオデットを見ていて苦笑した。

「どこまで行くんだ?」

「乗っけてもらえるの? あ、でも島をちょっと周ってみようと思ってたんだけど」

「それなら、構わないよ。俺もちょっと、あちこち周ってみようと思っていたんだ」

 助手席のドアを開ける。

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 笑顔になったオデットが乗り込む。

「どこから行こうか?」

「決めてないの?」

「行こうと思ってるところは、そうないんだ。後は適当に行こうと思ってた」

「そう。じゃ、ちょっとこの島の歴史探訪でもいい?」

「いいね。じゃあ、ナビゲーターは任せるよ」

 エリックは車をスタートさせた。オデットは、最初は、港町の繁華街から離れて、小高い丘の上にある、この島、ヘリアデス公国の旧王城で、現在は議事堂になっている場所へ向かうように指示した。

 小さいながらもバロック様式の城。こじんまりとしているが、なかなか立派な造りだった。駐車場に車を止めて、城の前に向かった。オレンジがかった黄色に黒い獅子の絵があるこの国の国旗が掲げられている。オデットはカメラを構えて何度も写真を撮っている。

「この城は、メルクーリ侯爵家の居城だったんだけど、四代前の当主が立憲君主制となったことで議事堂として使うように提供したそうよ」

 人口が二万五千人程度という、ミニ国家だけに、普通の国なら市議会程度の規模だが、ここは国会議事堂だ。

「侯爵様は今はロンドンだそうよ。元首のインタビューも取れたらよかったんだけど。まあ、私の取材は受けてもらえそうもないけどね」

 写真を撮り終えたオデットを載せて、エリックは車を走らせる。今度は丘を下って、島の中央へ。

「船で来たから分かりにくかったでしょうけど、この島は、火山が海の上に突き出ている形になってて、南北35Km、東西25Kmの島の周囲の山は外輪山で、大きなカルデラになってる。中央にあるこの山は、中央火口丘。数万年前に火山活動は終わってて、形から、緑のピラミッドとか呼ばれてるみたい。まあ、こういった説明は、観光パンフレットにも書かれているし、前にも来たことがあったんだっけ? なら、もうご存じね」

 一通り言い終えて、カメラで円錐形の山を写す。歩いているうちに、石畳の広場に出た。

「元は円形劇場だったらしいわね。大部分は壊されて、石材がさっき見て来た議事堂に使われたそうよ。ここで来週の夏至の日に、お祭りがあるんだとか。島の少女たちが、民族衣装で踊りを披露するそうなの。アリスが言ってたわ」

「アリス?」

「宿の女の子よ。聞いてなかったの?」

 エリックは目のくりくりとして愛嬌のある少女の顔を思い浮かべた。

「太陽と昔この島を支配していた女王に捧げる踊りで、踊りを踊る少女達は〝太陽の乙女たち〝と呼ばれていたそうなの。メルクーリ家は、旧支配者である女王に敬意を示す意味で、国の名前をヘリアデス公国にした、てことらしいわね。メルクーリ家はギリシャ系らしいし。歴史の話は退屈かしら?」

 黙って聞いているエリックにオデットがお道化た調子で尋ねた。

「いや、雑誌記者だけあって、良く調べてるなって、関心してたところだよ」

「あらそう?」

「本当だよ。俺もこの島については詳しく知りたいと思ってるんだ。御講釈を拝聴させていただけませんか?」

「そういうこと言うと、知ってること全部話すわよ。いい?」

 

 車は山を登って、山頂を目指した。九十九折つづらおりの道をエンジン音を響かせて登る。道は舗装されていたが、やがて砂利道になり、しばらくして駐車スペースがある場所で途絶えていた。車を降りると、山頂への道しるべがあった。

「ここからは歩いて登りね」

「何があるんだ?」

「銀の女王、銀の魔女と言われたいにしえの女王の終焉の地」

 トレッキングシューズにナップザックを背負ったオデットは岩の間に空いたような道を草を掻き分け登って行く。革靴のエリックはやや歩きづらかったがその後に付いて行った。歴史について全部話すと言ったオデットだったが、山頂へ行こうとだけいって、特に話はしなかった。見せたいものでもあるのだろう。

「すごい。いい眺めね」

 見晴らしが良くなり、振り返ったオデットがカメラを構えた。石畳の舞台が遠く、小さく見えている。その向こうの外輪山の崩れた辺りが、船でやって来た港になっていた。

「そしてここが、女王が亡くなった、島で一番古い遺跡のある場所」

 先に立って歩いているオデットが前を向いたまま言う。エリックが隣に並ぶと、眼前にV字に切れ込んだ崖があった。その向こうに、火山の火口が広がっている。切れ込みから下へ降りる道があった。

「これは何だ?」

 エリックが独り言ちた。

 火口の底は、平らに均されていて、広場のようになった場所に、巨大な石の板が突き立っていた。見上げるエリックの三倍はありそうな高さと、幅も五メートルはあるだろうか。厚さは一メートルくらい。それが、五枚、五角形に並んでいた。

「これがこの島で一番古い遺跡だそうよ。西暦紀元以前のものらしいわ。伝説によると、女王とその一族の五家族がこの石に乗って飛んできたんだって」

 そう言うオデットは肩を竦める。

「まあ、飛んできたかどうかは別にして、この石は、この島では採れないものらしいわ。たしか、同じような石は、アルプス辺りで採れるんだとか。どうやって持ってきたのかしらね。こんなとこまで。飛ばして持って来た方が、一番簡単そうではあるわね。そんなことが出来るなら」

 オデットは巨石を見上げながらその向こうへ進んだ。テラスの様な石造りの建築物があって、その上には、これも石でできた椅子、玉座? があった。その左右には、家臣でも座るのか、石のベンチ。オデットに続いてエリックもテラスへ上がる。

「ここが、銀の女王と呼ばれ、魔力を持っていると言われた伝説的な女王が亡くなった場所。女王の一族はこの島で銀鉱山を見つけて、それを元に交易を行い富を得たそうよ。それで、銀を産出し、魔力を持つ女王の支配する島として知られるようになる。

 十六世紀の初頭に、この島は十隻を超える海賊船の襲来を受けた。島には兵士といえるような者は殆どいなくて、女王も自ら狼を率いて戦った。善戦したが、女王も追い詰められた。

 女王はここ、島の聖地と言える場所へ籠り、敵を迎え、魔法で呪いをかけ、多くの敵を打倒うちたおした。その時に矢を受けて女王は亡くなった。海賊たちの一部は船に戻るも、無事に海を渡ることが出来た者は無く、全滅したんだとか」

 しんと静まり返った火口に、大きな声で話している訳でもないオデットの声が反響する。音が響くような作りになっているようだ。

「その後、女王の姪が新たな女王として祭り上げられたけど、前女王のような力は無く、戦いで人も失い、家や田畑も荒らされて、この島は困窮していた。

 そこへ、ブルターニュから、交易相手でもあったメルクーリ侯がやって来た。海賊に備え、島を援助するかわりに、銀鉱山の利権を半分譲ってもらいたいと。背に腹は代えられない島の人々はこの申し出を受けることにした。

 それから先は、メルクーリ家がこの島の実質的な支配者になり、女王の一族は島の山側の居城がある周辺の領地は安堵された。

 フランス革命以後は、メルクーリ家はこの島を独立国家とし、ヘリアデス公国として、宣言した。今度は、イギリスの後ろ盾を受けることになって。フランスが帝政になってからは再び友好関係を結び、第一次、第二次大戦ではフランス・イギリス側で参戦。この島自体は戦場になることもなく、第二次大戦中にドイツに一時占領されるも、大きな被害は受けなかった。大戦後は、銀鉱山が廃坑となって、産業の少ない島は再び衰退。

 東西冷戦時代に、合衆国が補給基地として使用することを条件に援助を申し出て、冷戦終結後に軍は引き上げたが、援助自体は今なお続いている。

 先代のメルクーリ家当主の時代から租税回避地タックスヘイブンとして企業を誘致するようになって、経済は安定してきている。

 というのが、この島の現在までの大まかな歴史」

 パチパチというエリックの拍手が木霊こだまする。

「良く調べたもんだね」

「船に乗ってるときも纏めてたわよ。その場に行かなくてもネットで映像も見られるし。まあ、実際に行ってみないとどんなところか印象も違うし、信憑性のある記事もかけないわね」

 テラスを降りると、火口の切れ込みから今度は縁に上がった。半分ほど回ると道が崩れているところがあり、通行禁止の柵があった。

「ここからだと、島の内部は一望できるわね」

 オデットはシャッターを切りながら周囲を写していく。外輪山に囲まれたカルデラ内には、牧草地、ライムギ畑が広がる。島唯一の空港も見え、滑走路が一本伸びている。その背景の外輪山には、ところどころ白く雪が残っていた。

「あの一番高い山が、テラ山。二千七百三メートルだったかな。あの山には、この島独自の花と蝶がいるんだ」

 エリックが外輪山でひと際高く突き出た山を指さした。

「蝶?」

 カメラを構えたオデットが横を向いてエリックを見た。

「アポロウスバシロチョウという蝶の亜種で、ヘリアデスウスバシロチョウという蝶だよ。それと、エーデルワイスも、この島固有の亜種がある」

「それは初耳ね。どこで調べたの?」

「昔、この島に来た時、親父おやじに聞いた。この島は火山島で、大陸と地続きなったことはないから、ウスバシロチョウが居たり、エーデルワイスがある訳がないんだ。あるということは、誰かが持ち込んだことになる。それも、亜種になるほど昔にね」

 遠くの山を見つめるエリックの心は、遠い過去を思い出していた。

「あなたのお父さんって、どんな仕事してたの?」

「博物学者。俺は子供の頃に、ヴァカンスがてら親父と一緒にこの島にきたんだ。その時は、親父に付き合って昆虫や植物ばかり気にしてたから、この島の歴史だとか、そんなことは殆ど覚えてないんだ」

 エリックには父親というよりは、友人と野山を歩くような、そんな感覚で付き合えるような父親だった。

「人が持ち込んだ蝶にエーデルワイスね。本当に、アルプスの麓から飛んできたのかしら。女王の一族は」

「アポロウスバシロチョウは陽が照っている時だけ飛ぶんだ。それでアポロの名がついてる。エーデルワイスは薬草にもなるし、太陽を信仰した魔女の一族には相応しいんじゃないかな」

「面白いわね。その話。島の観光協会に言って、パンフレットに載せてもらえそうね」

「親父の受け売りだよ」

 エリックは、そんなことを覚えていたことに内心驚いていた。子供の頃の記憶というものは、なかなか鮮明なものだ。それなのに。

 この島で父親が亡くなった時のことは、殆ど記憶に残っていなかった。

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