25. 戴冠式
戴冠式のリハーサルが議事堂で行なわれていた。議事堂の入口は元より、議事堂内の壁に沿って警備員を配し、当日は招待客の間にも警護のものを紛れ込ませることになっていた。招待客自身が護衛の者を伴っている場合もあった。議事堂内では、各階に警備の者が詰めていた。
クレールは、供の二人、アリスとカレンを従えて、議会室の一段高くなった議長席のあった場所へ歩いていく。そこには今、玉座が設えてあった。議会室は、いちもの議員席を取り除いて、賓客用に席を用意し、壇上に向かって並べられていた。
クレールは紺のワンピースで、アリスとカレンは白のブラウスに青いスカートと、今日は衣装は着けずにリハーサルに臨んでいた。
戴冠式の担当者から、立ち位置などを確認する。使者から王冠と王笏を受け取ると、そこで一応の式典は終わる。
「大丈夫かな。私。本番で失敗しないといいけど」
見た目は落ち着いた大人の雰囲気なカレンが、心配性の一面を見せていた。
「大丈夫だよ。夏至祭のダンスよりも簡単じゃない」
アリスが笑顔でいう。
そんな二人をクレールは優しい笑顔で見つめた。二人に従者を頼んだのは、気の置けない友人として、二人にも近くで祝って欲しかったからだった。アリスは喜んで、カレンは承諾するのを躊躇っていたが、クレールと一緒に行事に参加することは、これが最後かもしれない、と思い直して引き受けたのだった。
「アリスは何時も簡単そうに言うのね」
「でも、そうでしょ。ねえ、クレール」
笑顔の丸い目が、クレールを見つめる。
「そうね。じゃあ、落ち着くおまじないでもしてあげる。私の手を取って、目を瞑って」
カレンは、クレールの掌の上に自分の手を預けて目を閉じた。
「はい、いいわ」
「これだけ? でも、少し落ち着いたかも」
カレンの言葉に、二人を見ていたアリスが笑う。
「和やかな雰囲気ですこと」
議会室の壁際から、壇上を見つめていたオデットが呟く。
「この間まで大騒ぎしてたって感じじゃないわね」
「姫様は、絶対の自信があるんだろう。何事も無く無事に終わるという」
エリックが感慨深げに言った。
戴冠式を後に控え、夏至祭は、緑のピラミッドの麓のかつての円形劇場で始まった。前年同様、二手に分かれた少女たちの舞の後に、女王役の少女だけが残り、神に王笏を捧げると、夏至祭のメインイベントは終わった。
これまでは、それで祭り自体は終り、その後は夜半まで出店や、街の通りには外に席を設ける店もあり、祭りの余韻を楽しむものがそこで酒を飲んで過ごすのだったが、今回は、その後に、おそらくは、ヘリアデス侯国最後になるであろう、戴冠式が待っていた。
参列者は、夏至祭を観覧した後に参加するものもあり、夏至祭から、人の流れが議事堂へと向かって進んでいった。
主だった参加者は、ヘリアデス侯国からは、摂政のパーキンス夫妻、議員一同、警察署長に本部長。国内の行政に携わる高官や有力な企業家。各国の大使に海外からも多くの賓客が訪れていた。その中には、デビュタント・バルでクレールと知り合った、アレクシア・ルデュック、ステラ・アンドルーズに、キャサリン・ラッセルの顔もあった。この国に大使を置いていない極東の国の日本からは、更科百合江が招かれていた。
かつての王宮の大広間。現在の議会室の正面の奥、普段の議会では、議長席がある一段高くなった場所に王座が設えられていた。広間には、玉座の右手に国内の、左手に国外からの賓客が並んでいた。その間に開けられた通路を、フランス、イギリスからの使者が通って来た。
爵位を認める委任状を携えた使者二人は、声を合わせて、クレール・ド・ラ・ファージュが、爵位を受け、侯爵となることを宣言した。
そして、銀の王冠と王笏を盆に載せた御付きを従え、玉座の前に上った。そして、使者とは逆の方から、厳かな曲にのってクレールが現れた。白のドレスに赤いローブ。お付きの二人、アリスとカレンはキトンを模したような白いドレス。アリスが黄色のラヌンクルスの花冠、カレンがソルダネラ・アルピナの青の花冠を載せている。
壇上の中央に来て、使者の前で、クレールが跪く。後ろの二人もそれに倣った。
フランスの使者は、銀のティアラを跪いたクレールの頭に載せた。ファンファーレが奏される。自然と、拍手が起こった。
クレールは、ゆっくりと立ち上がり、玉座に着いた。お付きの二人も左右に分かれて後ろに控えた。イギリスの使者は、続いて銀の王笏を手渡す。二人の使者が離れると、拍手が静かに、やがて万雷の拍手となって響き渡った。
クレールは落ち着いた、しずかな笑みを絶やさず、居並ぶ人々を見つめた。
〝銀の女王〝が斃れてから五百年の後、古の王家の女王が復活したことを世界に知らしめた瞬間だった。
エリックとオデットは、その様子を議事堂の外にある、巨大な外部モニターで見ていた。クレールからは、招待客として議事堂内に参列するように言われたが、政治家などのお歴々と一緒に席に着くのは、気が重い、と二人とも固辞した。
モニターのある広場は、テーブルがそこかしこに置かれていて、野外レストランのような様相になっていた。オデットとエリックも、シャンパンを手に、テーブルの一つについていた。
やがて、ティアラを頭上に戴いたクレールが王笏を手に玉座についた。万雷の拍手。
「クレール殿下に乾杯」
エリックは笑顔で、オデットは真顔で、そう言って、グラスを二人打ち合わせて、シャンパンを飲んだ。




