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24. 後始末

※注 虫が大量にでてくる描写があります。苦手な方はご注意ください。

 六月に入った。また、夏至の祭りの季節となった。

 今回は、これまでになく特別なものとなる予定だった。夏至の祭りの後に、クレールが爵位を受ける、戴冠式を行なうことになったのだった。

 祭りに、この戴冠式を組み込む、という案もあったが、それだと、戴冠式に集うVIPを警護することが難しくなるとして、今は議会が開かれている議事堂である、かつての王宮で行われることとなった。このことは、国内外に、大々的に告知された。


 今年は、アリス達は後輩に〝太陽の乙女たち〝を譲って、衣装などの着付けを手伝う裏方に回わっていたし、クレールが演じた古の女王の役も、クレールに似た、黒髪の少女が選ばれて演じることになっていた。

 去年演じたときと同じように、練習をしている緑のピラミッドの麓にある会場に、クレールは訪れた。

「あ、クレール様だ!」

 ダンスの練習をしていた少女のうちの一人が声を上げると、皆一斉にそちらを向いた。

 皆、片足を引いてお辞儀をする。

「いいわ、続けて」

 去年、同い年の少女たちと一緒に祭りに参加したとは思えないくらいに、急に身分の差が出来たかのように扱いの違いが出ていた。

「アリス、調子はどう」

「クレール。フランスに行くんじゃなかった?」

 衣装を着つけるテントの中でアリスは、コサージュを入れた箱を抱えていたが、それを下ろして、クレールに向き直った。

「明日から行くことになってるわ。祭りの前には帰ってくるわよ」

「大変ね。まだ侯爵様になっていないのに、外交みたいなことをしないといけないの?」

「外交、なんてものじゃないわ。侯爵になるまえに、ちょっと片付けておかないといけないことが多くて」

 クレールが侯爵となるにあたって、宗主国である英仏との間で、事前の確認事項があるとのことだった。それは、先代のベルナルド二世から引き継がれるはずのものであったが、それを行なう前にベルナルド二世は亡くなってしまった。内容の確認も含めて、英仏の関係者とパリで会うことになっていた。

「あなたも、戴冠式ではお願いしていることがあるでしょ」

「はい。分かってますよ。ああ、私はいいけど、カレンがもう代わりがいないかな、なんていってるけど」

「カレンは何時も通りじゃない。しっかりおしり叩いて逃がさないでね」

「分かった。クレールがそう言ってたって伝えておく」

 アリスは、何時もの明るい笑顔で答えた。


「困ったものですな」

 パーキンスが、白いハガキ大の紙をテーブルの上に滑らせた。

「姫様には、お知らせしたので?」

 傍らに立つ警察署長がパーキンスに尋ねた。

「いえ。まあ、インターネットでも、犯罪予告があったようですから、急いで伝えるまでもないでしょう。明日、エドナが一緒にパリに立ちますから、そのときにでも」

 テーブルの上の白い紙は、戴冠式を妨害するという声明文が記されていた。

「島に今いる者たちは、特に動きは無いようです。問題は、当日の警護ですが」

 警察署長が眉を顰めた。

「英仏に合衆国にも、衛兵の派遣を要請して、千人程都合がつきそうです。入国管理を、これから厳しくする必要があるでしょう。島国で、来島方法が限られるというのが、不幸中の幸いといったところですか」

 若き女王の門出を穢されることは、なんとしても避けねばならなかった。


 古い中世の路地裏にでも迷い込んだような石畳を歩き、同じ石造りの家並みを眺めつつ進む。鉄製の枠に〝HOTEL〝と彫られた木の看板が吊り下げられていた。鉄の手すりが付いた石段を登って瀟洒な白いドアを開けた。フロントに人は居ない。呼び鈴を取って振ってみた。ぱたぱたという足音がして、奥から人が出て来た。

「シュバリーさん。お久しぶりですね」

 アリスが笑顔で出迎えた。

「ああ。また、暫く厄介になるよ」

 部屋は三階のA。前と同じだった。部屋の鍵を受け取ってエリックはギシギシなる階段を三階へ上がった。部屋にスーツケースを置いていると、呼び鈴の音。アリスと会話している声に、階下のフロントへの階段を下りた。

「あら。奇遇ね。同じ宿なんて」

 フロントで記帳していたのは、オデットだった。前と同じセリフは、わざと言ったのか。ペンを止めてエリックに笑いかけた。


「戴冠式の警備なのか?」

 オデットの部屋は、三階のB。これもまえと同じだった。

「私は、警備とは違うわね。怪しい人物はもうすでにこの島に入り込んでいるから、その動向を警備担当に連絡したりとか、そんなところ。この島の地理にも明るいし。あなたは?」

「まあ、俺も似たようなもんだな」

 このあいだ、砦の村の前でデモを行なっていたような連中はまだいくらか残ってもいた。戴冠式が行なわれるということもあって、厳しく取り締まられて、主だった者は拘束されているが、戴冠式の妨害予告が出ているなど、予断は許さない状況でもある。エリックは、警察署長を始めとした、島の有力者と面識があることもあって、フランスから来ている、警備担当者との仲立ちを担ってもいた。

「お互い、思ったよりも、この島、この国に関わることになっちゃったわね」

 オデットが苦笑する。つられてエリックも笑った。それは、単に成り行きと言うよりは、クレールという、一人の少女の影響と言えなくもなかった。

 二人で談笑していると、不意に、外で急ブレーキを踏む車があった。このホテルの前に停車したようだった。車のドアが開く音がして、その後乱暴にホテルのドアを開ける音がした。オデットが窓を開けると、下に黒いワゴン車が停まっている。

「なんですか? え、嫌!」

 アリスの声。エリックは部屋を飛び出して、階段を駆け下りた。黒ずくめの男が、アリスを右腕に抱えて外に出ようとするところだった。

「まて!」

 叫んでも無駄だろうが、声に出た。男は、石段を降りて、車に駆け寄る。 

 このとき、ワゴン車の上で、ダン! という音がした。ワゴン車の上には、オデットの姿があった。大きな音に、アリスを抱えた男も一瞬立ち止まった。男に向き直ったオデットの手には、拳銃が握られている。

 男は左手を上げた、その手に拳銃が握られていたが、オデットの方が早かった。パン! という銃声。弾は男の左肩を打ちぬいていた。

 男はアリスと銃を取り落して、ひざまずく形になった。後ろから駆け寄ったエリックが男を突き飛ばして、アリスを抱きおこしていると、車の運転席から銃を持った手が伸びてきた。車の上のオデットが運転席に向かって打つと、腕は引っ込んで、車を急発進した。飛び降りて道を転がるオデット。車はそのまま走って行ったが、突き当りを左に回り損ねて横転するのが見えた。

「大丈夫か?」

「ええ」

 オデットは、アリスに駆け寄ると、エリックに代わって助け起こした。

「大丈夫?」

 泣き出しそうな顔で頷くアリスを抱きしめると、アリスは声を殺して泣いた。

 エリックは、肩を撃たれた男をネクタイで縛り上げると、後はオデットに任せて、ワゴン車に向かった。ワゴン車は屋根を下にして、道を塞ぐように横になっていた。その運転席から半分身を乗り出した男が這い出そうとしていたが、打ち所が悪かったのか、のろのろと動きが鈍い。

 銃声や車の横転する様子に、近くの家々から人々が出てきていた。

「救急車を呼んでくれ。あと、警察も」    

 目を丸くして横転したワゴン車を見ている若い男に、エリックが言うと、頷いて走って行った。

 エリックはワゴン車の運転席から男を引きずりだした。額から血を流しているが、見る限りではそれ以外に傷は無かった。

「おい。何のために、あの子を襲った?」

「……へ。……言わなくても……わかるだろ」 

 男は薄笑いを浮かべてそう言ってから、せき込んだ。

 アリスを拉致しようとしたようだが、何のために? アリスは、クレールの友人だ。直接、クレールを狙うことから、搦手からめてを使うことにでもしたのか?

 厄介なことになったな。

 近付いてくるサイレンの音を聞きながら、エリックは、こんな時に、クレールはどう対処するのだろうと、いまこの島にいないクレールのことを思った。


                 ※ ※ ※


 会合を終えたクレールは、エドナとともにホテルに戻った。英仏の参事官と爵位の継承について、これまでの対応と、今回、異例となるメルクーリ侯爵家以外へ爵位を授けることについての、両国の見解などをすり合わせる、面倒な長い会合だった。

 会合の席では、クレールは、これまでの数百年にわたるヘリアデス侯国の歴史上の爵位継承と、その際の事務手続きについて、ヘリアデス侯国に残る資料を参照して、英仏の参事官を前に見解を披歴し、外交のプロたちを唸らせた。付け焼刃の知識を誰かから授けられたというようなものではない、意地の悪い質問にも的確に答え、相手の論拠の誤りも正すクレールに、一同は、本当に十八歳の娘なのかと、目の前に少女を目の当たりにしつつも、疑念を抱くほどだった。

「今日は素晴らしい働きでしたよ。クレール」

 上機嫌でエドナが言う。

「そうでしょうか。まあ、もっと杓子定規な人たちかと思いましたが、それほどでも無くて、助かりました」

 満足のいく会合となったはずだったが、クレールの表情は、エドナに笑顔をみせてはいるものの、どこか堅かった。


「そうですか。アリスは無事なんですね」

 クレールは、ホテルのベッドに腰かけて、エリックと通話していた。

『ああ。怪我もしていない。運よく、俺とオデットがいたのが良かったよ」

 クレールは、砦の村の領主になる前から、密かに作っていた諜報網から連絡は受けていたが、エリックに直接連絡してみたのだった。

『そちらは、何か、動きは?』

「いえ、何も。三日後には戻る予定です」

『そうか。それは良かった』

「アリスを助けていただいて、ありがとうございます」

『その礼は、オデットに言った方がいいな。彼女が居なかったら、攫われていたかもしれない』

「ええ。わかりました」

 通話を終えて、スマートフォンを置いたクレールは、決然とした顔で前を向いた。

 狙われたのは、アリスだけではないのだろう。カレンは夏至祭の準備で、警備員の多いところにいて、手が出せなかっただけかもしれない。クレールは自分が戻るまでには、注意を怠らないようにと、配下のものに厳命した。

 それと。エリックには何も動きは無い、と言ったが、クレールに直接連絡が入っていた。独りで、ある場所に来るように、と。

 それは誰から来たものなのか、クレールは分かっていた。自分に対する挑戦。それだけではなく、友人に危害を加えようとした。

 それが、どういう意味をもっているのか、思い知るがいい。

 見る人がいれば、怯えるほどの凄みのある笑顔をクレールは浮かべた。


                 ※ ※ ※


 エドワード・ハイド・バートンは、海を望むテラスで、スマートフォンに映る映像を見ていた。車が一台、丘の上の高級住宅地にある、この家の前に停まった。黒いメルセデス。バートンが迎えに寄越した車だった。鉄の柵が開いて、メルセデスは中に入り、地下にある駐車場に吸い込まれて行った。

 本当に、独りで来るなんて。

 バートンは、呆れながらも、興奮を抑えられなかった。車を降りて歩き出した女の姿を見て、手が震えたくらいだった。


 このニースにある家は、バートンがフランスに幾つかもっている家の内の一つだった。自分の好み《・・》に改造してあって、特別な楽しみの時にだけ使用していた。むろん、自分の本当の名義などではなく、いくつもあるペーパーカンパニーの所有になっていた。そのペーパーカンパニーの所在地は、タックスヘイブンでもある、ヘリアデス侯国というのが、バートンにとってはたまらない皮肉だった。


 黒ずくめの服装の女は、家のロビーに入った。

「その、中央の階段から、二階にあがるんだ」

 スマートフォンに向かって言うと、その声はロビーに響いた。ちょっと声が震えた。

 落ち着け。お楽しみはこれからだぞ。 

 もし、いまのバートンの姿を見る人がいたのなら、そのにやけた顔は、気持ちが悪いくらいだっただろう。

 女は二階に上がって、すぐ手前にあったドアを開けた。中は、広々としていて、家具などは無かった。家の中央付近にあるので、窓も無い。それに、壁を黒い暗幕がぐるりと覆っている。

『その部屋の真ん中に立て』

 どこからか声が響いた。女は、ゆっくりと歩いて、部屋の真ん中あたりに立った。

『そ、そのままそうしていろ』

 また声が響いた。

 三階のテラスから、バートンは急ぎ足で階段を降りていた。とうとう、ようやく。目的を達成できる。嬉しいなどと言う物では無かった。

 二階の部屋の前に来た。ドアを開けて、中に入る。鍵は自動で閉まった。これで誰も入ってこれないし、出てもいけない。バートン以外は。

「独りで来るなんて、どうにかしているな。本当に来るなんて。君の友人というのは、そんなに大切なものなのか?」


 バートンは、クレールの級友を拉致したという連絡を受けてそれをクレールに伝え、この家に来るように言うと、何の反論も無く、クレールは唯々諾々と従ったのだ。 

 バートンとしては、クレールの反応を見ようと思っただけだった。こうして、何度も揺さぶりをかければ、そのうち、侯爵などという爵位を継ぐということに対して嫌気がさすだろう、という考えだった。じっくりと、嬲るように、攻撃を続けて、消耗させ、諦めさせたあとで、あの国を押え、クレールの心を折った後で、自分の好きにするつもりだった。

 クレールのように、一国を代表するような人物ではないものの、それなりに地位のある女をそうして弄んできたこともあって、バートンは今回も上手くいくことを疑っていなかった。


 ただ、今回はあまりに簡単に事が進むので、罠かもしれない、と、二ース駅から女の動きを見ていたが、独りであることに間違いはなさそうだった。パリの方でも、動きは無かった。

 自分で行動するのは、もっと後になるはずだったが、バートンは自分で指定場所に向かうことにした。警察も何も、動きは無い。問題は無いはずだった。


「その、サングラスを外せ」

 バートンは、ハイネックのシャツに黒のジャケット、黒のパンツ姿の女に言った。女は、壁際で腕組みをしたまま動かない。

「おい、そんな態度でいいのか?」

 声に笑いが混じった。これまで何度もこの部屋に女を連れ込んだが、大抵大声で、怒鳴り散らす者が殆どだった。もっとも、皆、無理やりに連れ込んだようなものだったので、無理もないのだが。それもこの後で、態度を変えるようになる。

「君の友人の処遇は僕が決められるんだぞ」

「なるべく、あなたの姿を見たくはないし、見られたくもないので」

 女は、初めて口を開いた。静かな落ち着いた口調だった。

「ふん。そうか、まあいいや。そんな態度も今の内だぞ」

 バートンは、スマートフォンを取り出して、操作した。

 何も、起こらない。

 バートンのにやけた顔が、固まった。

 何だ、どうした?

 もう一度、スマートフォンに表示されたボタンを押す。何も起きない。焦って、何度も叩くように押したが、変わりはなかった。

 女は、それを見ていたが、ジャケットからスマートフォンを取り出した。

「こうかしら」

 女がボタンを押す仕草をした。と、不意に、ガタン、とバートンの立っていた床が左右に開いて、バートンは下に落ちた。

 クッションがあるためダメージは受けずにいたが、バートンは驚きのあまりに立ち上がれなかった。

 どういうことだ? 何故、俺が落ちている?

「部屋の中央、というのが、どこなのかも分からないようですね。あなたは」

 声が上から降ってくる。屈んだ女が、こちらを見つめている。

 え?

 バートンは上を見上げた。そうだ。女は壁際に立っていた。俺は部屋の真ん中に。

「まるで子供の悪戯のような事をするんですね。ここに閉じ込めて、いいなりになるまで放置したり、虐待したりしていたようですが。これまで何人犠牲にしたんですか?」

 バートンは混乱した。何がどうなっている?

 開いていた床がまた跳ね上げられて、閉じた。真っ暗な中にバートンは閉じ込められた。

「あなたは、確か、虫がお嫌いでしたね。子供の頃に、顔に張り付かれて、それ以来、見るのも嫌なのだとか。あなたのお友達からお聞きしました。たしか、 ペリプラネタ・アメリカーナとかいう虫だとか。私は見たことが無いので、どういう虫だか知りませんでしたが、この辺りには、同じような種類のものが、結構生息しているようでした。だいぶ集まって来ましたよ。それでは、その、昔なじみの嫌いな虫とお過ごしください」

 声は、それだけ言うと、靴音を響かせて出て行った。

 なんだと、虫?

 訝しむバートンの耳に、カサカサという、なにか、物が擦れるような音が聞こえてきた。それが、周りから聞こえてくる。次第にそれは大きくなってきた。

「うわ!」

 何か、手に触れた。何かが這い上がる、感触。 

「わ!」

 また。それは、手だけでなく、足にも張り付いていた。次第にバートンの体に這い昇ってくる。

「うわぁ! やめろ! だせ、ここから出せ!」

 バートンは叫んだが、返事は無い。

「ぎゃあぁ!」

 顔に、虫が張り付いた。それを手で払いのけたが、次から次へと体に張り付いて来た。叫び声をあげた口にもそれは入りこみ、それを吐き出すと、体に張り付いた虫を落とそうと転げまわった。しかし、次から次とまとわりつく虫に、バートンは絶叫しながら、そのうちに意識を失って倒れた。その上を黒い虫は、カサコソと這いまわっていた。   


 外に出たクレールは、待っていた車に乗り込んだ。サングラスを外す。

 前日、クレールの友人の誘拐に成功したという偽情報に踊らされたバートンから連絡が来た後、クレールはすぐに飛行機を手配して移動していた。リューとポクロフスキーから得た情報を元に、バートンがフランス国内で使用している家はあらかじめ調べがついていた。指定された場所も特定してあったので、家を調べさせたら、バートンはまだ来ていなかった。ニースに向かって、その家に入り、悪趣味な仕掛けなどを調べたクレールは、一旦近くのホテルに戻って、バートンが来るまで待っていたのだった。自分の家だけに、先回りされるなどということは、まったく考えていなかったようだった。


 馬鹿な男。


 無駄に時間を費やしてしまった。クレールは、憂鬱な気持ちで外を見た。ニースに来るのは初めてだったが、嫌な記憶が残ってしまった。いずれ、その埋め合わせは、バートンにしてもらうことになるだろう。

「空港まで急いで」

「承知致しました」

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