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21. 華やかな舞台の裏で

「何か、苛々なさっているようですね」

 ギャルソンに当たっているステラ・アンドルーズに、クレールは声をかけた。なんだ? という表情でステラはクレールを見る。

「あなたには関係ないわ。田舎のお姫様」

 小ばかにしたように笑みを浮かべて通り過ぎようとする。

「意中の殿方とお話は出来まして?」

 クレールが普段より気取った言葉で呼び止めた。はっとしたようにステラが立ち止まる。

「何故知ってるの?」

「私は何も言っていませんよ?」

 クレールはじっとステラの目を見つめる。

「アルが話しかけてくれないのよ」

 話を聞きだせば、幼馴染という富豪の息子と最近喧嘩して、この場でも殆ど話をしていないということだった。クレールはそれを聞いて思わず笑いを手で堪えた。

「何が可笑しいのよ?」

「いえ。あまりに可愛らしいお話でしたので。つい。そんなことなら、私にお任せください」

「あなたに?」

「ええ」


 やがて、舞踏会は開幕した。エスコート役と一緒に、舞台に立つ良家の子女たち。楽団の演奏に合わせて進み、一人一人スポットライトを浴びて紹介される。一通り済んで並んだところで、ワルツが奏される。

 滑るように踊る男女。中には、ややぎこちない者もいる。大柄なキャサリンは踊っていても堂々と華やかだった。大輪の赤いバラのよう。クレールはデュポンと共にひと際巧みなステップを見せていた。

 セレモニーとしてのダンスが終わると、暫く間を開けて、今度は踊り手を思い思いに選んで踊る、普通の舞踏会となる。

 クレールは引く手あまただった。誘われるままに踊り、その中にアルフレッドという、ステラの幼馴染がいると、その耳元になにか囁きかけた。クレールと踊り終わって、アルフレッドはステラの元へ真っ直ぐに向かったのを見て、クレールは眉を上げてあきれ顔をした後に笑顔になった。二人は何やら言い合っていたが、そのうちアルフレッドがリードして踊り始めた。


 踊り疲れたから、と、誘いを断って、クレールは休息した。近くに緋色のドレスが見えた。

「ラッセルさん。まだ挨拶だけで、お話していませんでしたね」

「これは。姫様」

 キャサリンは膝を曲げて頭を下げた。クレールは笑って右手を差し出し握手した。

「あなたとは、ちゃんと話をしたいと思っていました」

「私とですか?」

 笑顔のクレールに、キャサリンは訊ねた。

「ええ。私の方を、時折憐みの目で見ていらしたのが、気になったものですから」

 クレールはそう答えて微笑んだ。

「ずいぶんと、直截な話し方をなさいますね」

 まるで頭の中を覗かれたようで、驚きよりは、若干気味の悪さも手伝って、余裕なく眉を顰めて答えた。

「お父様の事業に、原子力発電があったと思いますが、あなたもその事業について詳しいでしょうか?」

 笑顔のままのクレール。何を言いたいのか分からず、キャサリンは戸惑った。

「いいえ。父の事業の内容までは」

「そうですか。それでは、こちらにいらしている方々の中で、どなたが詳しいかご存じでしょうか?」

 キャサリンは、クレールの国の現状に思い至った。クレールは、ここで外交の真似事でもするつもりなのだろう。真似事といっては失礼か。まだ世に出たばかりの十代の少女が国を憂えてのことなのだろうが。

「そうですね。USエレクトリックの元会長がいます。ジェイコブ・マックスウェル、あの、隅にいる、眼鏡をかけたスキンヘッドの紳士です」

 アメリカの原子力発電所の四割を開発した企業を長年率いてきた男だ。それ以上に詳しい者はいないだろう。

「たしか、ステラ・アンドルーズさんのお相手の大伯父様でしたかしら」

「ご存じでしたの?」

「お名前だけは。デビュタントに参加なさっている方のことは、名前だけでも、と、一通り覚えました」

 クレールが微笑む。

「お教えいただき、ありがとうございます」  

 礼を言ってクレールはジェイコブ・マックスウェルの元へ向かった。

 唐突なクレールの質問に正直に答えたことに、キャサリン自身、ちょっと戸惑っていた。

 この場で急に事業について聞いたところで、得るようなことがあるのだろうか。

 歩去るクレールを目で追いながら、キャサリンは訝しんだ。

 

「ジェイコブ・マックスウェル様ですね。私、クレール・ド・ラ・ファージュと申します」

 部屋の隅で椅子に座り、笑みを浮かべているマックスウェルに、クレールは挨拶した。

「おお、これは、ヘリアデス侯国の姫君」

 マックスウェルは、クレールが差し出した白手袋の右手に口づける仕草をした。

「私めに、何か御用ですかな?」   

「ええ。あなたが私の国で行ってきた事業につきまして、少々お伺いしたいことがございます」

 マックスウェルは片眉を上げた。

「場所を変えた方が宜しいでしょうか?」

「その方が宜しければ」

 マックスウェルは立ち上がると、側のカーテンを潜った。クレールが後に続く。

 カーテンの向こうには、扉があった。マックスウェルがそれを空けて、クレールを先に通した。クレールが中に入ると、丸テーブルに椅子が三つ、壁にはカウンターがあって、その向こうに酒瓶が並んでいる。

「何かお飲みになりますか?」

「いえ、結構です」

 クレールは丸テーブルの側にあった椅子に座った。

 マックスウェルは、顔合わせ程度に今日はクレールと話をしようと思っていたが、向こうからやってきたうえに、例の密約に絡んだ話を持ち出してきた。

 若い娘が突拍子もない行動をすることはあるだろう。そんな場合、どう対応すればいいのか?

「私があなた様の国で行っている事業とは、どんなものでしょうな。直接、取引など行なってはおりませんが」

 すこしとぼけてみて、反応を伺ってみることにした。

「高レベル放射性廃棄物が、我が国に持ち込まれておりますが、一番新しく持ち込まれたものは、あなたが会長をしておられた、USエレクトリックでしたか、そちらからのものですよね。それが五年ほど前ですか。その後は、密約の延長を巡って、米英仏三か国と、ヘリアデス侯国との間で纏まらずに、持ち込みは停止している。

 密約と並行して、USエレクトリックを含めた原子力発電の関連企業と合衆国政府は、国内に高レベル放射性廃棄物の最終処分場を選定して、運用を始めようとしましたが、付近住民や環境活動家の反対運動もあって頓挫している。

 そんなときに、ヘリアデス侯国の元首が亡くなり、後を継ぐのは年端も行かない若い娘。良いように丸め込んで、高レベル放射性廃棄物の最終処分場としてヘリアデス侯国を有効活用すればいいのでは、などと、考えておられる方々がいるのではないか、と、私は懸念しております」

 澄ました顔で、まるで教科書でも読み上げるように、クレールは言った。

「いやいやまた、突飛なお話ですな。姫様を丸め込もうなどと」

 何故だ? この娘はどこまで知っている?

 マックスウェルは、予想外にクレールが核心を突いた話を始めたことに驚き戸惑った。誰かの入れ知恵なのか? 

「こうしたことを、企んでいる者たちを教えてもらえないでしょうか。マックスウェルさん」

 クレールは、マックスウェルの言葉に耳を貸さずに静かにそれだけ言った。

 マックスウェルは、クレールの顔を見つめて、声も出なかった。

「あなたが知っていることを言うだけでいいんですよ。マックスウェル」

 命令するようにクレールはマックスウェルの目を見つめて言った。

「それは……初めに言い出したのは、フランスの原子力機関の者だ。私を含めて、米仏はその方針でいくことに同意したが、英国は渋った。高レベル放射性廃棄物をヘリアデス侯国のに送っていて、利益があるのは米仏二国だからな。

 そこに、このところ新たにエネルギー事業に加わってきた若い連中が三国合意などと、そんなに悠長なことをするくらいなら、いまから実力行使して、いうことを聞かせればいい、と言い出した。人口が三万もいない島国など、問題では無いだろう、というのだ」

 マックスウェルは、独り言を言うように語り始めた。

「その、若い連中というのは、誰でしょうか?」

「それは……」

 

「クレール、姿が見えないと思ったら、どこに行っていたの?」

 エドナがカーテンを潜って出てきたクレールを見つけて、近付いてきた。

「ちょっと疲れたので、休んでいました。この向こうから外にでられるので、夜風に当たりたくて」

「まあ、大丈夫?」

「ええ。今日は、色々と、面白い体験も出来ましたし、得ることもありました。雲間から光が差したというか、今は晴れやかな気分です」 

 クレールは笑顔でそう言った。


 デビュタント・バルは華やかにその幕を閉じた。クレールの社交界へのデビューとしては上々の出だしだった。

 クレール自身も楽しんだ。華やかな場に、各界の著名人たち。普段は余り披露することもないドレス姿とダンス。

 何より、この場には、自分の標的となる人物が大勢集まっていた。それをクレール以外は誰も知らない。羊の皮を被って羊小屋に紛れ込んだ狼の気分、とでも言おうか。

 中には、山羊も混じっていて、時折角を突き立ててきたが、ものの数では無かった。

 今までよりも多くの、有力な知己を得て、クレールはこれまでにないほど、充足感を感じていた。

 それと、自分が何を行えばいいのかという、明確な目的と、それを行なう覚悟も新たにしたのだった。


                 ※ ※ ※


「どうだった、デビュタント・バルは」

 エドワード・ハイド・バートンは、手にした缶ビールの向こうに、椰子の木と青い水平線を眺めながら、さして興味があるようには思えない口調で言った。その仕草は、彫刻の様に整った顔のバートンと相まって、何か、ドラマの中のセリフの様だった。

「あんなことに、何の意味があるのか、俺には分からないな」

 ウラジーミル・ポクロフスキーがノートパッドから顔を上げずに言った。

「じゃあ、君は何をしに行ったんだ?」

 バートンが苦笑しつつ言う。

「仕事だよ。有力者がそれなりに揃っていたからね。ご令嬢などはどうでもいい」

 相変わらず、顔を上げなかった。

 バートンは、ポクロフスキーの裏の仕事を知っていたが、敢えて付き合っていた。彼から得られる情報は確かで、他からは得られないものも含んでいたし、ポクロフスキー自身、国のためなどというより、自分の利益のために行動する、リアリストだと知っていたからだった。

「君はどうだい、リュー?」

「そうだねえ、あまり可愛い子もいなかったね。あ、アレクシア・ルデュックは良かったね。妖精みたいだったよ。あののボディ・データ撮れないかな。君が、デビュタント・バルに出るための資金を提供したんだし、どうにかならないかな?」

 祖母がオランダ人という、面長で色白のジョシュア・リューがバートンに向かって笑いながら言う。

「あの子は、いずれ、僕のフィアンセになるかもしれない。僕としては、姉の方が良かったんだが、売約済みだし」 

「そうなの? 君が結婚を考えているなんてね。それともカモフラージュするため? 世間体を考えているのかもしれないけど、どうせすぐ飽きちゃうんじゃないかな。その前に壊しちゃうか。もったいないなぁ、今ぐらいが一番綺麗な時期なのに、これから衰えていくばっかりだし」

 リューは、趣味でリアルなドール製作を行なう会社を持ってもいた。中には、実在の人物からデータを採って作製したものもあり、金に糸目を付けないような富裕層のマニア向けに販売したりしていた。

「人形のどこがいいのか分からないね。ピグマリオンコンプレックスな連中の考えることは」

「君はコンピュータとか、機械にしか興味がないんだろう。僕は実物の女の子に興味が無い訳じゃないよ。若くて綺麗な子だけにしか興味がないだけだよ。それを形として留めておくために、ドールをつくっているだけだ。君のロボットにもスキンを提供しているだろう?」

 リューは、顔を上げずにいるポクロフスキーに熱弁した。

「若い女性評論家のリューから見て、あの島の姫君はどうだった?」

 バートンが真面目な顔になってリューを見た。

「ああ、あのか。クレール・ド・ラ・ファージュだっけ。うーん、性格がきつそうだったね。綺麗なことは確かだけど、冷たい感じって言うか。にっこり笑って銃の引き金引きそうな娘だね。あれは」

「にっこり笑って銃の引き金を引くか、いいね。それ」

 バートンはリューの言葉に笑った。

「そういうの、君の好みだっけ。そう言う女を屈服させて言いなりにするのが趣味だよねえ。それなら、キャサリン・ラッセルとか、ステラ・アンドルーズの方が、君のフィアンセに相応しいんじゃないかな」

「キャサリン・ラッセルは、今は僕の手に負えない。ステラ・アンドルーズは、もう売れちゃったよ。面倒な人達の方にね」

 どことなく悔しそうな表情を見せて、バートンが言う。

「ほんと、悪質なサディストだね。僕が紹介した娘を何人も壊しちゃって、大変だったんだよ、後始末するのも」

 リューが苦い顔をする。

「君らは何時かそれで身を亡ぼすよ」

 ポクロフスキーが相変わらず顔を上げずに言う。   

「君の企業の従業員なんて、毎年何百人も壊れてるじゃないか。数なら君が一番酷くはないかな。世間から一番非難を浴びているのは君じゃなかったっけ?」

 ポクロフスキーが買収した太陽電池や携帯端末用の電池を作っている企業は、環境破壊に、従業員の劣悪な作業環境などが非難されていて、ポクロフスキーが具体的な対応を行なっていない、と非難されていた。

「君らは趣味だが、俺は仕事だ。どの企業だって大なり小なりそういう面を抱えている。

 それに、人間だろうが機械だろうが消耗するのは同じだろう。今は人間にしか出来ないことがあるから、消耗する人間もいる。いずれ機械に入れ替えられるようになれば、壊れる人間も減るさ」

 ようやく顔を上げたポクロフスキーがリューに言い返した。広い額に、細い目の、いかにも理知的な顔が表情の無い目でリューを見つめている。リューはそれを見て、肩を竦めた。

「それで、あの島は、どうするんだい? 老人たちの駆け引きをのんびり鑑賞するのかな? 人を動かす実験がしたいんじゃなかったっけ?」

 リューが話を変えた。

「フランスの議員とか使ってある程度上手くいってたのに、人は何をしでかすか分からないものだね。あの島の役人や議員も買収とか色々と工作しているのに、あまり靡かない。ネットなんかで情報操作しても、島民も騒ぐこともないし。騒いでいるのは、こっちが送り込んだ者か、情報工作に釣られてきた環境保護団体とかだけだし。結束が固いね。いや、情報化社会に取り残されてるのか。嫌だね、古い土地柄ってのは」

 面倒くさそうにバートンが言った。密約が表沙汰になれば、侯爵の子らは爵位を継がないだろうということを想定していたし、それを考慮にいれて計画を進めていた。クレールが爵位を引き継ぐことはある程度想定の範囲内ではあったが、民主制に移行するための暫定措置だろうと思っていた。しかし、どうも、クレールはその座に居座るつもりのようだった。民主制となって、英仏が手を引いた後、札束で議員たちをはたきながら思い通りにするつもりだったが、先行きが分からなくなってしまった。

「じゃあ、どうするの?」

「米英仏の世論に工作して、あの島からお引き取りを願うかな。フランスは議員のスタンドプレーでこのままでも上手くいきそうだし、イギリスも今はそれどころじゃないだろう。合衆国も再来年に選挙を控えている。環境保護団体、人権保護団体、動物保護団体には頑張ってもらうさ」 

「それだと、まだ時間がかかりそうじゃないか」

 リューが口を尖らせた。

「国の方はね。それでも、老人たちよりは動きは速いと思うけど。そうなる前に、あの姫様の心を折ってしまえば良いだけだし。大西洋の孤島を弄って遊ぶのは、それからでも別に遅くはない」 

「なんだ、やっぱり姫様目当てじゃないか。それなら、アレクシア・ルデュックは僕にくれないかな。僕も結構君の事業に投資してるんだし、それくらいは見返りが欲しいね」

「君も好きだね」

 呆れたようにバートンが言う。

「君にだけは言われたくないなぁ」

 リューが笑う。

「せいぜい、君たちで頑張ってくれたまえ」

 ノートパッドにまた向き直ったポクロフスキーがぽつりと言った。

「君は、あの島を使えばいいじゃないか。絶海の孤島だよ。バイオハザードがおきたりしたら、直ぐに隔離できる。放射性廃棄物が置かれているのもそう言う立地だからだし、科学的な実験をするには良い場所じゃないかな」

 ポクロフスキーは何か言いかけるように顔を上げたが、またノートパッドに顔を戻した。

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