19. 当主
ベルナルド二世の葬儀、後継ぎの決定と、立て続けに国の大事が続き、ヘリアデス侯国も国内は動揺と混乱が続いたが、クレールが爵位を継承することが決まり、幾分平静を取り戻したようであった。
パーキンスは、摂政という、ここ二百年ほど就く者の無かった地位となり、クレールが成人し、正式に爵位を継ぐまで、もしくはその後も暫くは年若い君主を支えるものとして仕えることになるだろうと行く末を思った。
死なば諸共という意気でいたが、ベルナルド二世の亡き後も、国を支えるべくなおも存えて見届けることになった身を、嘆いてばかりも居られなかった。
目下のところ、最大の問題は、密約が公になったことにより、その始末をどうつけるか、ということだった。米英仏三国と協議し、今後についての方策を定めなければならない。
実際問題として、この国に置かれている核廃棄物が、国外へ持ち出されるということは考えにくかった。核兵器も原子炉もない国に持ち込まれた他国の厄介物だとしても、密約とはいえ一度引き受けて、見返りも受けたものを引き取ろうという国は無いだろう。
こうした密約による三国への風当たりは強かったが、かといってそれがヘリアデス侯国への追い風になるかというと、そう上手くはいかなかった。三国を批判する声は、返す刀でヘリアデス侯国へも批判の目を向けるか、ヘリアデス侯国に同情的であったとしても、それは同情以上では無いのだった。
今建設中の格納庫は建設を終えようとしていたし、そこへの移送で、核廃棄物の処理は一旦完了する。それから先のメンテナンス等の作業は担保されるものとして、これまでは直接関係のない諸費用も、密約の代償として支払われてきた。これが公になったことで、三国の議会や国民がどう反応するかで大きく変わることになりそうだった。すでに、一部の国からは、核廃棄物の恒久的な保管措置を講じた後は、メンテナンスなどの費用は賄うにしても、これまでのような金銭的な援助は不要だろうという意見も出て来ていた。
そうなると。殆ど産業のないようなヘリアデス侯国は忽ち困窮してしまうことになるだろう。漁業、農業から得られる収入は微々たるものだったし、観光も国の産業の柱とまでは言えなかった。タックスヘイブンによる金融なども頭打ち状態だった。密約による援助は、この国の経済の三分の一近くを賄っていたのだ。
せめて、観光がこの国の経済の柱と言えるようになるまでは、国内のインフラが整備されるまでと、その後のメンテナンスに掛かる費用くらいは、恒久的になどとはいかないまでも、まとまった年月を援助で賄いたいところだった。
こういった交渉を、立場が上の、歴史の裏表を知り尽くしたような三国相手に行っていく事は、これまで国を代表して事に当たっていたパーキンスでも厳しいものであった。諸外国に人脈を持つベルナルド二世が居ない今となっては、絶望感すら感じるほどだった。それも、まだ十代の、少女と言っていい新君主を仰ぎながら、国の内外を見渡さなくてはならない。
外交は自分が担うとして、これまでの行政長官としての立場は、誰か代行を立てるか、補佐役が必要だった。これに関しては、議会の議長を充てることで対応することにほぼ決まっていた。
こういったことに加えて、クレールに君主としての振舞いを教える者も必要だった。行儀作法などは問題ないにしても、鵜の目鷹の目で実利を求める諸外国の要人相手に渡り合うことを望むわけにもいかない。暫くは誰か適当なものを御付きとして置いておくなどの対処も必要だろう。
パーキンスは、これまで何度かクレールと会い、会話を交わしたこともある。まだほんの子供だった頃からその姿を見てきていたが、同じ世代の娘達と比べると、際立って大人びて怜悧な娘だった。古の王族の末裔ゆえか、女帝とまで言われた、先代のラ・ファージュ家当主、ニコールの教育の賜物か。この点に関しては、パーキンスもクレールを認めてはいた。しかし、政治の世界は経験がものを言う。それを積むまでの間は、盾になるような人物も必要だった。
クレールのお目付け役。パーキンスは、自分の妻をそれに充てるつもりでいた。前后妃マリアンヌには頼める訳もなかったし、国を代表した外交の場に立ち会ったものとしては他に人材はいなかった。控えめで容姿も地味な女だったが、人当たりも良いし、クレールと面識もある。他に適役がいるとは思えなかった。何より、パーキンスが最も信頼できる人物でもあった。
成人して、正式に侯爵となるにはまだ一年程ある。それまでに諸外国の要人を相手にした社交の場というと、国内では新年を祝うパーティーが開かれているが、侯爵が国外へ出ている場合は特に参加する要人も少なく、地味なものだった。国内でクレールが表舞台に立つのは、夏至の祭り以降ではそれが最初になるだろう。来年は例年になく賑わうかもしれない。その前に、国外から招待を受ける可能性もあった。
古い家柄とは言え爵位もなく、ヨーロッパ大陸から隔絶された大西洋の島国の旧家のことを知る人は少なかった。さして裕福でもない片田舎の郷士風情という蔑んだ見方をされることさえあった。それだけ人目を惹くことの無かったクレールが、物珍しさも手伝って表舞台に引っ張り出される可能性は高かった。
これに関しては、ラ・ファージュ家の当主となり、侯爵の爵位を受けた後が良いという意見と、爵位を持つようなものが社交デビューというのもおかしな話だとして、それ以前に公の場に出ることが望ましいと言う者もいた。
こうした諸々のことを踏まえて、クレールとは会って話をしておく必要があったが、爵位を継ぐ意志を確認したくらいで、パーキンスはなかなか時間が取れずにいた。この役も、これからを考えて、妻に任せることにした。
クレールが授業を終えて、応接室に入ると、髪も白くなった、品の良い老婦人が待っていた。
「お持たせしてすみません。エドナ叔母様」
「いえいえ、こちらも着いたばかりよ」
立ち上がって迎える。パーキンスの妻、エドナだった。
「新年のバーティー以来かしら? クレール。お元気?」
「そうですね。調子はいいですよ」
二人、ソファに腰かける。
「今日は、どのようなご用向きで?」
「そうね。あまり時間もないし。率直にいうと、あなたの面倒を見てもらいたいそうなの。主人がね」
クレールは予想していたことだけに驚くことも無かった。
「お目付け役というわけですか?」
「まあ、そういうことね」
明るく笑う。クレールはこの女性が嫌いではなかった。夫のパーキンスも律義でさっぱりした性格だったし、数少ない信頼できる大人だった。
「どう? いろいろと騒々しくなってきてない?」
「そうですね。どうやって調べたのか、砦の方には電話が毎日掛かって来るそうです。学校にも。取材から冷かしや嫌がらせまで。嫌がらせは、そう多くは無いようで安心してますけど」
「まあ。あなたに嫌がらせをする意味が解らないわね」
「意味の解らないことをする者は珍しくありませんよ」
エドナは、冷笑というような笑みを浮かべるクレールを見て、女王復活と煽り立てる周囲にも動じない落ち着きを感じた。
「変わりないようで安心したわ。気疲れしていないかしらと思っていたけど」
「私は、タフなのが取り柄のようなものですから」
すました顔でクレールは言う。
「まあ、勇ましいこと」
笑ってエドナはティーカップを口に運んだ。
「あなたにね、招待状が届いているの」
エドナはクレールの目をじっと見つめた。
「来年三月に、パリで行われるデヴュタント・ヴァルの」
反応を窺うようにゆっくりとエドナは言う。
「あれは、招待客は大分前に決まっているんじゃないですか。それに、富豪の子女の集まりでは?」
クレールの反応は、週末のコンサートチケットが届いたとでもいうようなことを聞いたかのように、淡泊なものだった。
「まあ、なんでも、キャンセルが出たんだとか。富豪というか、名家ならいいはずだわ。資格としては」
「穴埋め役ですか。良いタイミングで私のことが話題になったのでしょうね」
「御嫌かしら?」
微笑を浮かべるクレールにエドナが訊ねた。
「いえ。私でよろしければ」
断るかも、と思っていたエドナには、少々意外だった。
「興味があります。そういった場に集う、名家の子女達とは、どのような人たちなのか。面白そうですね」
クレールが爵位を受けることが決まって表立ってはあまり報じられなくなった密約の問題は、水面下では静かに進行していた。
放射性廃棄物がこれまで島の自然や住人に影響を及ぼしてこなかったのか、島民だけでなく、国外の環境保護団体からも非難を浴びていた。それに対しては、欧州の原子力機関から調査隊が送られて調査を行っていたが、廃鉱付近の土壌や水質、動植物などへの影響は軽微で、自然に存在する放射線量と大差ないという結果だった。
一先ずある程度の不安は収まったが、政府に対する不満や不安もくすぶっていた。それに加えて、国外からは核廃棄物を受け入れたことに対する同情だけでなく、それを利益に変えていたことに対する非難も少なくなかった。これまで海上の孤島として話題になることも少なかった島にも、自然保護や環境保護の名目で活動家が来島してパフォーマンスを繰り広げるなど、住民が困惑する事態もあった。
一方では、密約を暴露したアルノーは、汚職の告発を受けていた。ごみ処理施設に関わる収賄及びアルノーが関わっている科学技術振興基金の資金の一部を不正に流用していた横領の疑いだった。本人は否定し、議員辞職などにも応じてはいなかったが、すでにエリック達検事局の者たちが捜査している状況にあった。内部から告発がなされたことで、アルノーに対する捜査は一挙に進展するとみられていた。密約の暴露が影響したと思われなくもないタイミングではあった。
クレールは、こんな混乱の中、十八歳の誕生日を迎えた。この国では成人として扱われる。正式に、ラ・ファージュ家の家督を継いで、当主なったが、それは身内で行なわれ、クレールが十八歳となったことは、簡単にニュースとして伝えられただけだった。
年が明けて、新年を祝うパーティーは、この年は招待客にもキャンセルは少なく、国外からも報道陣が詰めかけるなど、例年になく賑やかなものとなった。
シンプルな白のドレスで新年の挨拶を行ったクレールの姿は、国内でのテレビ中継のみならず、インターネットを通じて配信もされ、新年という多くのイベントがある時期にもかかわらず、多くの視聴者を得ていた。
年が明けて、ヘリアデス侯国も新しい年のスタートとなる、節目の年の始まり。しかし、華やかな幕開けとは裏腹に、国の前途は多難であった。




