18. 継承
フランスの政権内にいる一議員から、告発というような発言が出たことは、その日のうちに世界中のニュースで取り上げられた。
世界的に、核兵器や原子力発電所などの核利用に制限がかけられ、核廃棄物の処理に関しても厳しい目で見られている中、このニュースは大きく取り上げられた。
おおむね、ヘリアデス侯国という小国に対して、宗主国である英仏や合衆国が行った仕打ちを非難する論調ではあったが、それによりヘリアデス侯国も見返りを得ていたことも、見逃されはしなかった。
「困った事だ。何故また、こんなことをこのタイミングで」
ヘリアデス侯国の議事堂内にある、侯爵の執務室では、パーキンスがため息をつきながら室内を行きつ戻りつしていた。
「アルノーという議員は、核開発に関して慎重な態度だそうじゃないか。それを表明しただけじゃないのかね?」
ソファに腰かけた、禿あがった頭の老人が発言した。議員のひとりだった。室内には、議会の議長や主だった議員、警察の本部長など数名が集まっている。
「彼とて同じ穴のムジナだよ。自分にもいずれ跳ね返ってくるだろう。それを知らぬわけでもなかろうに」
パーキンスは、アルノーが知っているにせよ、こうもあからさまに発言するとは思わなかった。
「先に公表されたのは不味かったな。こちらの動きが後手に回ってしまう。もう少し、時間に余裕があれば」
議長が力なく言った。ヘリアデス侯国は、今は君主の後継者の問題でも頭が痛いというときに、この問題を考えている余裕は無かった。
「そもそも、アルノーという男は、どこからその情報を仕入れたんだ?」
「政権内部にいるんだ。政府内部からどうにかして手に入れたんだろう」
ざわざわと皆話し出した。
「今、そんなことはどうでもよいだろう。それよりも、我々がどう動くかだ。それには、爵位を継ぐ、君主を決めなければ」
議長が皆を鎮めた。
「いっそのこと、このまま民主制に移行すれば良いのでは? 殿下もそういう心づもりだったのだろう?」
議員の一人がパーキンスに言う。
「あなたも知っているはずだが、それをするには、この国の憲法を改正する必要がある。それには、君主たる侯爵の同意が必要だ。そのためだけにでも、後継ぎを決めなくてはならん」
議員は言われて恥ずかしそうに下を向いた。
「マリアンヌ様は?」
「あの方はメリクーリ家の血も、ラ・ファージュ家の血も引いてはおられん」
「せめて、侯爵代行くらいは……」
「この国に今いないことでも分かるだろう。国民からどう思われているかも」
后妃はほぼ別居の状態だったし、二人の子供が殆ど国外で過ごしてきたのも后妃の意向とあって、国民からは快く思われてはいなかった。
「では、リシャール様に引き継いでもらうということに」
「それが、だめになりそうだ」
立ったままのパーキンスが上を見上げて言った。
「何故だ? どういうわけで?」
「リシャール様が辞退なされた。密約の件が公になって、騒がしくなったからな。元より、政治には興味をもっておられない方だし。アデル様は言うまでもないが」
「そんな。国の大事だぞ?」
「お二人がこの国におられた時間を全て足してもヴァカンスも過ごせないだろうし、そんなものでしょう」
この中では若手の議員が皮肉を交じえて言う。
「それでは、どうすれば良いのだ?」
「もう一人、いらっしゃるでしょう? 後継ぎに相応しいお方が」
先ほどの若手の議員が皆を見渡す。
「クレール姫か」
「まだ成人してもいない、学生だぞ?」
「国民の間では、認知されていますよ。旧王族の末裔として」
パーキンスは、その議員を見つめた。砦の村から選出された議員だった。
「知名度は、確かにあるだろうが。年端も行かない娘に務まるのか?」
「憲法を改正する間だけでも良いのだろう? 今は、この国に風当たりも強い。クレール姫なら、麗しい女王が誕生するんだ、心象もよかろう」
「この国の難事を、年若い娘に負わせるのか?」
議長が皆を見回していった。束の間会話が止む。
「クレール姫は、どうなんだ。そうなって引き受けるものだろうか?」
議員の一人が不安げな顔で言う。
「姫様には、既にお伺いしている」
パーキンスが一同を見渡した。
「なんと?」
パーキンスと議長の目が合った。
「そのような事態になった場合、謹んでお引き受け致します、とのことだ」
おお、と、いう、一同から安堵のような声が漏れた。何も決めてはいないのに、まるで、もうクレールがこの国の君主に決まったかのようだった。
パーキンスは、この成り行きが少し気に入らなかった。何か、嵌められてでもいるかのようだ。クレールが仕組んだわけでもあるまいが、クレールを担ぎたいものはいるだろう。そう思って先ほどの議員を見た。
「まだ決まったわけではないだろう? 一度議会を招集して、議会に諮らねば」
パーキンスが苦言を呈した。
「定例の議会は来月だ。殿下の容態如何では、その時に討議に移そう」
議長の言葉を聞きながら、パーキンスは何もかもクレールが君主になるためにスムーズに進んでいるような気さえしてきた。
ベルナルド二世は、駆け付けた后妃マリアンヌがこの国での治療は不安だということで、フランスへ移送された。不満を持つ者も居たが、こういう事態では、家族の者の意見に逆らうことも面倒なことであった。
しかし、移送されてからもベルナルド二世の容態は良くならず、意識不明の状態が続いていた。診断では仮に意識が戻ったとしても、生活に支障をきたすほどの後遺症が残る可能性も示唆されていた。
倒れてから二週間程たって、急に容態の悪化したベルナルド二世は、治療の甲斐なく、息を引き取った。
享年七十五、在位三十三年という苦難に満ちた生涯だった。
ベルナルド二世の死去は悲しみを持ってヘリアデス侯国へ伝えられた。国葬が執り行われることになり、遺体はヘリアデス侯国へ戻ることとなった。后妃はこれに不満であったらしいが、君主を国葬しない理由もなく、先祖代々の墓地へ埋葬されることになった。
葬儀は、各国の首脳や要人が参列し、今だ密約についての協議などなされないまま、フランス、イギリス、合衆国のからの参列者は各メディアの記者に質問攻めに遭ったが、沈黙を守った。
侯爵の爵位を継ぎ、ヘリアデス侯国の君主となるものとして、息子のリシャール筆頭の候補であったが、これを辞退した。娘のアデルも同様だった。
このため、葬儀でもっとも注目を集めたのは、ベルナルド二世の一家ではなく、クレールだった。爵位を継ぐことに関しての報道陣からの質問が相次いだが、決まっても居ないことに関しては答えることは無かった。
葬儀から半月ほどたち、ヘリアデス侯国で議会が開催された。議題は、爵位の継承について。立憲君主制になってから、議会は国の代表者たる侯爵を推挙する権利を有していたが、これまでメルクーリ家の者が代々継いできて不満を覚えることも無く、それを承認してきただけだったが、今回は継承者の中から推挙するという初めての事態となった。
継承権一位と二位のベルナルド二世の息子リシャールと娘アデルが辞退したことにより、継承権三位のクレールでほぼ決まったようなものだった。
クレールの継承について決議がおこなわれ、議員二十一名中、棄権が二、反対一、賛成十八という大差で、クレールを侯爵へ推挙することが議決された。
クレールの侯爵への推挙は、直ちにニュースとなって各国で伝えられた。若く美しい女王の誕生。かつての王族の末裔でもあり、その血を引くものが君主となれば、それは五百年振りの古の王家の復活でもあった。国内では、クレールの若さを危ぶむ声もあったが、多くは歓迎ムードであった。
クレールの生い立ちを含め、こうした歴史的な背景も伝えられ、大西洋に浮かぶ島国のことは、これまでになく詳しく伝えられることとなった。
クレールは美しい若き女王として、一躍時の人として話題となった。まだ、宗主国である、フランス、イギリスに合衆国はその態度を表明してはいなかったが、国民のレベルでは既に歓迎のムードと言えた。三国以外のヨーロッパ各国も概ね好意的であり、直接に関係のないアジアなどでは王女や女王などといった物語の中のような存在というだけでも好意と好奇の目でみられているうえに、クレールの美貌もあって、女優か歌手のようなセレブリティとして注目されるようになった。
そうした反響は、国の窮地といえるような事態の暗い雰囲気を払拭することに大いに役立ったが、この先、実際に爵位を受けるのは、クレールが成人する半年ほど後になり、それまでは、パーキンスを摂政とした現状とほぼ変わらぬ体制で統治されることになっていた。
「どうしよう。これからは、女王様って呼べばいいの? それとも侯爵様?」
学校ではクレールを囲んで生徒が集まっていた。
「これまで通り、クレールでいいわよ。爵位を継ぐのは、来年卒業してからになるし」
心配そうな顔に苦笑しつつ、クレールは言う。
「学校は? 進学はするの?」
「卒業まではいるわよ。大学へは、行きたいと思っているけど。状況しだいね」
これまで、ヘリアデス侯国では、留学中に爵位を継ぐことになった者もいたが、その時は学業を終えることなく大学から戻っていた。もっとも、その後儀礼的な卒業資格が授与されたりしていた。
アリスとカレンは、何時もはそれほど話しかけもしない学友たちが取り巻くクレールを遠巻きに眺めていた。二人とも、すこしクレールが遠い存在になったような心境だった。卒業してラ・ファージュ家の当主になれば、学校で気安く話しかけたようにはいかないだろうとは思っていたが、それが国を治める君主ともなれば、傍に近づくことも容易には叶わない相手となるだろう。
クレールは態度を変えなかったとしても、もうこれまで通りとはいかないことがより明確になっただけ、二人は寂しいものを感じていた。




