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15. 密約

 食事を終えたオデットとエリックは、屋敷の奥まった部屋にある、地下へ向かう階段の前にアレマンに案内された。ランタンを貰って、二人が地下室に降りていくと、作業着のようなズボン姿のクレールが居た。靴もトレッキングシューズのようなものを履いている。手には手袋。

「準備は宜しいですか?」

 クレールは懐中電灯を手に、部屋の先に向かうと、古びた木の扉を鍵を使って開けた。

 先に立って歩くクレールに続いて、オデットとエリックも続く。人一人が通れるだけの、石で出来た通路が真っ直ぐ続いている。五十メートル程も進んだかというところで、石造りの通路は、むき出しの岩の丸く刳り抜かれた通路になった。

 なおも進むと、通路は次第に上り坂となり、途中から左側にカーブし始めた。エリックは、屋敷を出て、森の下あたりを通っているのだろうと推測した。

 話す者もなく、静かに三人は進む。

 クレールは何も言わずに坑道の様な通路を歩いて行く。エリックは腕時計を見た。蛍光塗料で浮かび上がる針は、かれこれニ十分程過ぎていた。

「いったい、どこまで行くんだ?」

 エリックが後ろからクレールに声を掛けた。クレールが立ち止まる。

「もう少しですよ。疲れましたか?」

「いや、大丈夫だ」

「では先へ行きましょう」

 クレールはまた歩き出した。それから五分ほど歩いた頃、ピピピッという電子音が響いた。オデットが立ち止まる。背中のナップザックを外すと少し慌てた様子で仲を探る。

「慌てなくても良いですよ。そのままでも。この先、それを止めて歩かない方がいいんじゃないですか?」

 ランタンの光に照らされたクレールの顔は、どこか凄みのあるような笑顔だった。

 オデットがクレールを見つめる。

「なんだ、それは?」

 音を出している手のひらに収まるくらいの装置をオデットは持っていたが、携帯やスマートフォンでは無さそうだった。

「ガイガーカウンター」

 それだけ言って、オデットはジーンズのポケットに仕舞った。

「ガイガーカウンター? どうして……」

 エリックはオデットに訪ねようとして、察した。クレールが言う、この島の秘密。

「その先ですよ。私が見せたいものは」

 クレールは懐中電灯で通路の先を照らした。十メートル程先で、通路は行き止まりになっているように見えた。

 そこを、クレールは右に曲がった。少し下り坂になっていて、下へ降りていく。やがて、前方にほんのりと灯りが見えて来た。

 近づくと、灯りが漏れているのは、人の顔位の穴だった。

「あれを、見て下さい」

 穴を覗いていたクレールが退くと、オデットが中を覗いた。暫くそれを見ていたが、カメラを取り出して何枚か撮影した。ポケットのガイガーカウンターは先ほどよりも短い間隔で電子音を響かせている。

 続いて、エリックが覗く。穴の向こうは、広い空間になっていた。上も高く、天然の洞窟のようだった。壁には灯りがともされていて、空間全体を見ることが出来た。

 エリックが下を見てみると、ドラム缶のようなものがびっしりと積み重ねられている。二、三段ほど積まれているそれは、数百個はあるだろうか。

「何なんだ、あれは?」

 エリックは横に立っているオデットとクレールを見つめた。自分の推測より、確かなことが聞きたかった。

「高レベル放射性廃棄物。核のゴミよ」

 オデットが呟くように言った。

「なぜそんなものがここにある?」

「昔は、廃棄物を海中投棄していましたが、それが禁止になって、行き場をなくしたものが、ここに納められているのです。処理場が出来るまでの暫定的な措置というはずでしたが、こうしてここにずっとあるというわけです」

 クレールが淡々と話した。

「それが、英仏や合衆国がこの国を援助するという理由か」

「そうです。殆どの国民の知らない事実です。ここにあるのは、三国のものだけでなく、処分を依頼してきた別の国の物も含まれています」

「今もそれは続けられているのか?」

「いいえ。少なくとも、ここ五年は。今、廃鉱山の別の場所に造られている施設は、ここと、別の場所にもある廃棄物をより安全に保管するための施設です」

 島国にたいする高額な援助。昔ながらの関係というだけでなく、裏ではこうした取引が行われていたのだった。アルノーはどこからかその情報を手に入れたのだろう。政治的な駆け引きの材料として利用しつつ、この国では、マルタンが暗躍しているという訳だった。多少手荒な真似をしていても表ざたにしたらこのことまで感づかれないとも限らない。ここでは、そうしたことはほぼ放置されて来たのだ。 

「君は、それを知っている君は、何をしにここに来たんだ? いったい何者だ?」

 エリックはオデットを見つめた。オデットは黙っている。

「彼女は、CIA、NSAでしたか? そんなものに所属しているようです。この国の国民が、どの程度このことについて知っているかの調査と、放射線についても調べて、影響がないかどうかの確認も。このことが公になった場合の影響を推測するためでしょう。この国に次期当主に誰がなることを望んでいるのか、そういったことも調べているようです」

 クレールが代わって答えた。

「そうなのか?」

「ええ。全く、困った姫様ね。情報が筒抜けなんて。本当に、どうやっているの? 魔法でも使っているのかしら」

 笑顔を作って見せているが、その表情には困惑と怒りが入り混じっていた。

「オデットさん、今はオディールかしら? 今は、彼女のことより、私が知りたいのは、あなたのことです。シュバリーさん」

「俺のこと?」

「そうです。あなたは、以前、この島に来たことがある。お父様と一緒に。その時、何があったのか、あなたは詳しいことを覚えていない。どうしてですか?」

 クレールの顔が、ランタンの明かりが灯るだけの暗い空間に浮かび上がる。その目は青白く輝いて見えた。

「なぜ……」

 少年の頃にこの島を訪れたときのことは、エリックの記憶には、父親の遺体と体面したときのやるせないような記憶が残っている。が、その前というと、蝶の採集へ父と向かった時のことを覚えているだけだった。

 その後に何があった?

「あなたのお父様は、蝶を採集に向かったあと、それを終えて帰ることにした。でも、遅い時間だったので、山を登って戻るよりは、そのまま下って行って北の港町へ行くことにした。その時あなたも居たはずです。

 その時、あなたたちは、廃鉱山への入口へ何かを運び込んでいる者たちを見かけた。興味からか、何をしているのかよく見ようとして近づいて行った。その時に、銃を持って警戒している者たちに気づかれて、危険を感じたあなたたちは逃げた。あなた達ここへ、廃棄物が運び込まれるときに行き合ってしまったのです。

 あなたのお父様は、あなたを逃がすためか、一人崖の細い道を進んで行き、途中で滑落してしまった。

 あなたはどうしたのです? あなたは、砦の後ろにある、ブナの森で見つかった。あなたを運んだのは、私の家の使用人だということですが、最初にあなたを見つけたのはその人物ではなかったはずです。

 あなたは森の中で誰に会ったのですか」

 クレールの声がエリックの頭の中で木霊するように繰り返し響いた。

 誰に?誰だったか……狼…狼の気配に森の中を逃げまどっていた。父のことも気になっていたが、ただ当てもなく暮れかかった森の中を歩き回っていた。

 そのとき。

 そうだ。誰かに出会った。誰か。いや、人のようでは無かった。疲れ切って動けなくなった自分の前に現れたのは、暖かく明るい光に包まれて見えた。まるで、天使か妖精のような……

 ゆっくりと怯える自分を抱きしめて、何か、何か言っていた。


 もう怖くは無いよ。怖いことは終わった。過ぎて行ったから……気にしないで。


 それから。気持ちはほぐれていき、ゆっくりと目を閉じた。そして、気が付いたら男性に背負われて森を抜けて砦の村へ連れていかれたのだ。


「あなたは、森の中で、私の母に会ったのですね」

 エリックに会ったとき、クレールはその心を探ろうとしたが、するりと避けられるような妙な手ごたえを感じた。

 母の力が、エリックの心の奥底を守っていたのだ。写真だけで、記憶に残っていない母。エリックの記憶を通して、束の間その姿をクレールは垣間見ることが出来た。柔らかく、暖かい、母の記憶。

 

 三人は、廃坑の通路を戻って、砦へ帰った。二人が地下室に入ると、クレールが扉に鍵をかける。

「ランタンはこちらに置いたままで結構です」

 ランタンを手にした二人にクレールが言った。階段を上がる。オデットには薄暗く感じていた部屋が明るく広く見えた。窓の外の雨はまだ降り続いている。

「オデットさん、汗が酷いですが、シャワーをお貸ししますよ?」

「いえ、結構。着替えは持ってきていないし」

 曇った眼鏡を拭きながら、オデットが言った。多少距離はあったが、汗ばんだのは歩いたからだけではないだろう。

「そうですか。何か、お飲み物を用意しましょう」

「ああ。頼むよ」

 この部屋にも、小さな丸テーブルがあり、椅子が四脚置かれていた。二人はそれに腰かけた。大した距離を歩いたわけでもないのに、二人ともどっと疲れがでたようだった。

 暫く無言の二人。雨音だけが静かに響く。

「どうするの?」

 頬杖をついたオデットが横目でエリックを見た。

「なにを?」

「ここで知ったこと」

 この国の秘密。これまで、極秘扱いになってきたのだろう。それを知って、どうするか。

「報告する」

「大丈夫なの? そんなことをして」

「心の中に仕舞っておけと? 昔の記憶だけで沢山だよ」

 エリックは、クレールによってこじ開けられた記憶をちらりと思い返した。

「そう。無理はしないことね。自分の事は、どうするの?」

「自分の事?」

「あなたのお父さんのこと。事実なら、単なる事故死じゃないでしょう?」

 クレールが言うことが事実なら、状況からして単なる事故死ではない。その事を隠匿していたのなら、ヘリアデス侯国という国の犯罪とも言える行為だった。

 とはいえ、クレールの母によって記憶が隠されたことは、不満ではなかった。そうされていなかったら自分がその後どうなっていたか。

「今は、それをどうこう言う場合じゃない。クレールの言うことがどこまで本当なのか、それも確かめなければ……」

 扉をノックする音。服を着替えたクレールが二人の前に現れて、使用人が水と紅茶を持ってきた。

 青いワンピース姿のクレールは、疲れて座る二人と対照的に、明るく、元気に見えた。

「私は、急な用が出来ましたので、これから出かけなければなりません。お二人は、暫くお休みになっていかれますよね?」

 顔を見合わせて頷く二人。

「今日の事について、何時かじっくりと話をしたいものだが」

 エリックが立ち上がってクレールと向き合った。

「そうですね。今は、あなたも私もそういった時間はなかなか取れないでしょう。何れ、落ち着いた時にご連絡ください。私に出来ることは致します」

 クレールは手を伸ばして、エリックを握手した。冷たくしなやかな感触に何故かどきりとした。

「お招きしておきながらお相手できないことをご容赦ください。何れまたの機会に」

 二人に頭を下げて、クレールは部屋を出て行った。残される二人。

「あのは、どうやって知ったんでしょうね」

 オデットがグラスの水を一口飲むと、しみじみとした調子で言った。

「曲がりなりにもこの家の後継ぎなんだ。いろいろと知らされていたんだろう」

「それだけでなく、私やあなたのこともね。魔女の末裔。本当に、彼女は魔力のような、超能力があると思う?」

 廃坑で見せた、クレールの姿。

「どうだろうな。妙な、催眠術のような、そんなことは、出来るような、しているような気がするが。空を飛んだりはしないだろう」

 最後の言葉に、オデットは顔をしかめた。

「あの娘にそんな力があるのか、代わりに働く者が居るのかわからないけど、この村にちょっかいを出した連中がただで済んだとは思えない」

 エリックは、余所者の死者のことを思い出した。連中は、魔女や狼を恐れていたというが。

「事故死は多いらしいが。仮に、それが事故じゃないとしても、そこまでするだろうか?」

「十代の女の子なんて残酷なものよ」

 同性のオデットが言うと説得力はあるが。エリックはそれには賛成しかねた。

「あの娘が、私たちに、この島のことを教えたのは、何故かしら」

「わからん。我々が動くことを期待しているのかもしれない。それか、自分は知っているという意思表示か」

「意思表示。クレールは、この島の領主にでもなろうとしているのかしら」

 クレールが、侯爵となる可能性は高かった。その気があるのなら。そうなったら、クレールはどうするつもりなのだろう。これまで通り、秘密を守り続けていくつもりなのか。

「そうなったら。どうするんだろうな。あの娘は。この国のことを」

 これまでと同じ通りに済ませるようなことを、クレールがするようには思えなかった。何か、思い切ったことをして来そうな気がする。

「私たちにはどうしようもないことだわ。あなたも私もこの国の人間では無いし。私たちの国が、この国のことをどうしようと、それを左右することも出来ない」

「合衆国は、この国をどうするつもりなんだ?」

「知らないわ。知ってても言えない。そっちはどうなの?」

「俺は今日知ったばかりだ。どうなるか想像も出来ん。このことが公になれば、今の政権に影響がでることは確かだろう。この国に対しては、当分、これまで通りだと思うが」

「そう。そうね。英国も同じでしょう。私の国も。そうして、世間が、どういう反応を示すかで、対策を立てるでしょうね。どう事態を転がしていけば上手いところへ落とし込めるのか。保身をしつつ、どれが一番有利なのか。それの探り合い。今もそうだけど」

 オデットの言葉には皮肉がこもっていた。

「雨が止んだみたいよ」

 窓を見たオデットが言う。何時の間にか雨音は止み、日差しは差していないものの、空は明るくなってきていた。

「戻ろうか」

「ええ」


 二人を残して、クレールは砦の村から、学校へ向かっていた。進学に関して、確認したいことがあるとかで、こういう場合は、クレールも学校に通う学生でしかなかった。

 車窓から景色を眺めつつ、先ほどまでエリック達に話したことを思い返していた。

 ヘリアデス侯国の密約について、クレールは知っていることを全て話したわけではなかった。密約については、今まで知っていたこと以上に、多くの人々の思惑がからんでいることを、クレールは独自に調べて分かっていた。特に、オデットから得た情報は、看過出来ない憂慮すべき内容を含んでいた。

 砦では、オデットに意地悪く当たっていたが、オデットもその件に関しては口にしなかった。

 合衆国がオデットを調査員として送ったのは、密約を効率よく、自分たちの都合で利用しようという、組織とまでは言えないものの、共通の利害関係で纏まった者たちがいて、彼らがヘリアデス侯国でどのように活動を始めているかどうかの調査でもあった。

 原子力を含めた、資源・エネルギー関連の企業連合といったものや、その所有者や株主たち。彼らは、ヘリアデス侯国に置かれている核廃棄物の排出元であったり、排出元との仲介役でもあった。ヘリアデス侯国が民主制に移行し、国家として立ち行かなくなるなど、弱体化した場合、その政治力・経済力を使ってヘリアデス侯国を手中に修めて、恒久的な核廃棄物の最終処分場として利用するつもりだった。

 その場合、彼らだけでなく、放射性廃棄物を持て余している各国からも受け入れることを考えていて、受け入れる際に、見返りとして様々な利益を享受しようというのだった。

 石炭・石油等の化石燃料を否定し、風力などの自然エネルギーを活用しようなどと言ってはいても、それだけでは需要を賄えないことなど誰もが分かっていた。その需要を満たすものとして、旧来からの核分裂による原子力発電がこれから主流になっていくことは明白と言えた。そうなってきて、原子力発電をクリーンエネルギー等と都合よく喧伝し始めてもいた。とはいえ、核融合発電がまだ夢物語と言っていい状況である以上、それは現実的な選択ではあった。

 そうした需要を元に、力を強める彼らは、国家によらず、自分たちだけで利益を享受しようとしているのではないか、というのが、合衆国側の懸念だった。

 ヘリアデス侯国にある、放射性廃棄物の大半は合衆国、それも軍から出たもので、それらが今後どう扱われていくのか、不透明だった。既に、フランスでは、アルノ―という政治家を使って彼らは工作を始めている。イギリスの方は、この件については未だ静観という立場だった。宗主国ではなく、資金力でこの盟約に乗っかっている合衆国は立場としては弱かった。様々なチャンネルを使って彼らと接触も図っていたが、ヘリアデス侯国の行く末も不透明な現在、どういう成り行きになるかは分からなかった。

 こうした、ヘリアデス侯国をめぐる、各国の動きは、クレールには、気に食わないものだった。宗主国にしろ合衆国にしろ、〝彼ら〝にしろ、当事者であるヘリアデス侯国の頭越しに活動している。まるで、選択の余地など無いかのように。

 クレールは、ヘリアデス侯国を出汁にして、その甘い汁を吸おう、などと言う者たちをそのままにする気も、許す気も無かった。

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