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12. 夏至祭

 夏至の日。平日だったが、港町は何時になく賑やかだった。ヘリアデス侯国では一番賑やかな祭り、夏至祭の日だった。

 各所でコンサートが行われたり、大道芸人が芸を披露したりしていた。この祭りが始まったのはそれほど古いことではなく、現侯爵ベルナルド二世が即位した翌年から国の新しいイベントとして始められたものだった。ヘリアデス侯国となる以前、〝銀の女王〝の時代までは、夏至の日に太陽の神を祭る神事が行われていたといい、これを基にした祭りを新たに始めたことになっていた。

 実際はヨーロッパ各地で夏至の日に祭りが行われていて、ヘリアデス侯国も新侯爵即位に際してそれに倣った祭りを始めることにしたのだった。そのため、一貫したテーマなどは特にない、夏のイベントであり、唯一、この島で古くは行われていたという、ヘリアデス侯国の名の由来でもある、太陽の神を祭る神事での〝太陽の乙女たち〝と呼ばれている十代の少女たちによる舞踏が披露されることが特色となっていた。

 その舞踏は日が南に傾き始める時刻に始まり、かつての円形劇場で、女王役の女性の前で舞われることになっていた。本来は、夏至の日に太陽が昇ると同時に行われ、その後太陽が南中したときに女王が神託を授かり、陽が沈むときにまた舞いで太陽を見送るという神事だった。

 神事を現代の祭りで扱うに当たっては、陽が昇る前から祭りが始まるのは時間的に不都合があり、舞踏を祭りのメインイベントにするべく日没前のみに絞ったのだった。実際にどんな舞踏だったかというのは当時この島を訪れた宣教師による日記などによって伝えられているくらいで細部は良く分っては居なかった。

 それをヨーロッパ各地の民族舞踊やバレエの振り付けなども参考にして最初の祭りの時に演出家が作り上げたものが披露された。意味合いも、太陽の神への祈りと共に、いにしえの女王へ鎮魂の舞ともされた。

 島に伝わる伝承を含んでいるとはいえ、伝統的な踊りではないので、最初に行われたものをベースとして毎年祭りのときに依頼した演出家によって若干異なる演出が行われたりしていた。

 今年の演出家は、祭りの会場に至るまでの少女たちの行進を加え、楽曲も十六世紀にあった楽器を使用することを元に素朴で地味だがどことなく厳かな編曲がなされていた。

 こうした、夏のイベントという趣であったものだが、繰り返し行われれば、それなりに伝統となるもので、夏至祭も三十二回目に当たっていた。


「ねえ、私のコサージュどこ?」

「その箱の中じゃないの?」

「無いから聞いてるの!」

 陽も傾いてきて、祭りのメインとなる〝太陽の乙女たち〝による舞踏も近づいて、参加する少女たちの準備も始まっていた。今回は会場となる円形劇場跡への行進もあって、町外れに大きなテントの仮設の待機所が設けられていた。

 その中では、民族衣装に着替えた少女たちが互いに身づくろいしていた。民族衣装とはいえ、これも女王の時代のものを復元したもので、白い細かいひだのあるロングスカートに同じく白の詰襟のブラウス。足には皮のサンダル。少女達は皆髪が長いか、ウイッグで長くして背中で束ねていた。十二名ずつに二組に分かれて踊るのだが、区別できるのは刺繍の入ったベルトに花をあしらった腰に付けるコサージュと髪飾りで、黄色のキンポウゲ科のラヌンクルス・レペンスと青紫のサクラソウ科のソルダネラ・アルピナとに分かれていた。これは記録を残した宣教師の日記に、『白い衣装の少女たちは皆長い髪で、青と黄色の花飾で二手に分かれていた』とだけあったのを解釈したものだった。花をこの種類にしたのは、島に野草としてあったことと、上を向いた黄色いラヌンクルス・レペンスは昇る太陽を、うつむき加減の青紫のソルダネラ・アルピナに沈む太陽をイメージしたからだった。

「ラヌンクルス組は、衣装は大丈夫だね。ソルダネラ組は?」

 演出を担当しているモローがテントの中を見渡す。

「マリーのコサージュが無いって衣装の人が探しに行きました」

「そうか。他は大丈夫?」

「はい」

 皆まだ笑顔を見せているが、緊張した顔も交じっている。

「いやだ、すごい緊張してきた」

「大丈夫。練習してきた通りにやれば」

 ソルダネラ組のカレンをラヌンクルス組のアリスが元気づける。

「それができるかどうか分からないから怖いの」

「だいじょうぶ」

 アリスはカレンの肩に手をかけて微笑んだ。周りでも似たような光景がそこここに見られた。

「まあ、まだ時間はある。落ち着いて。女王様の準備はどうかな?」

「こちらです」

 衣装担当の女性が仕切りのカーテンを開けた。古代ギリシャのキトン風のドレスに身を包んだクレールが現れた。

「これは女王様。ご機嫌はいかがですか」

 モローの言葉に、少し周りの少女達が沸いたが、殆どはクレールの姿に見とれていた。

「特に問題ありません」

 澄まして言うクレールは、肩の開いたところに銀のネックレスが煌めいて、頭には、エーデルワイスを編んで作った花冠を被っていた。手には銀色の王笏。

「女王っていうより、女神みたい」

 誰かが小声で言った。それが合図のように皆口々にクレールの姿について話し出した。

「静かに」

 クレールが王笏を振ると、鈴の音が響いた。皆急に黙り込む。

「面白いでしょ。これ、ベルが逆さについてるの」

 笑って鳴らすクレール。釣られて周りも笑いが起きる。

「女王様。それは小道具が在り合わせで作ったものですから鳴らないようにスポンジを入れたあったはずですが。本番では鳴らさないで下さい」

「ええ。分かってます」

 澄まして言うクレール。こういうことをすると普通に少女らしく見えた。周りの緊張もこれで溶けたようだった。


「いいわね。こういう、お祭りの雰囲気って」

 カメラを手にしたオデットが軍楽隊風の衣装の人たちの間を縫って歩く。

「楽屋の取材の許可は取ったのか?」

「まあ、何とかなるでしょ」

 エリックの言葉に、オデットは調子のいいことを言う。具合が悪いと寝込んでいた翌日から少し調子が悪そうだったが、今では持ち直して以前と変わらないように見えた。

「あら、あれ、クレール姫じゃない? 綺麗な衣装ね」

 オデットが見ている先には、テントの張られた傍で、グレーのタキシードを着た紳士と話をしていた。年配の紳士は黒服のお供を二人連れている。

「こんばんわ。クレール姫様。今日は女王様かしら?」

 話が終わって少し紳士が離れた所でオデットが話しかけた。

「オデットさん。こんばんわ。シュバリーさんもご一緒ですか。アリスのホテルにお泊りでしたね。お二人とも」

 クレールが笑顔で答える。背を向けて歩きかけていた紳士は、クレールの話す声に振り返って立ち止まった。

「その衣装似合ってますね。女神のよう。一枚、宜しいですか?」

「ええ。どうぞ」

 クレールは衣装はそのままだが、花冠と王笏は手にしていなかった。オデットは遠慮せずに写真を撮る。エリックはオデットの様子に、砦の村で会った時よりもクレールに対して距離があるような気がしたが、気のせいかもしれなかった。

「あ、ちょっと失礼します」

 テントからクレールを呼びに来た数人の少女が顔を出して二人を物珍しそうに見ている。笑顔でクレールはテントの中に消えた。エリックは中でクレールに質問している少女たちが見えるような気がした。

「ほかの子の様子も見たかったけど。中には入れないかな?」

「勝手に入らない方がいいぞ」

 話をする二人に、近づく人物。エリックが振り返った。

「失礼。あなたが、シュバリー氏でしたか」

「ええ。そうですが……」

「私は、この国で行政長官を務めている、パーキンスという者です」

「行政長官。これは、どうも。エリック・シュバリーです」

 畏まってエリックが挨拶した。

「あなたは、以前、この国を訪れたことがおありですか?」

「え、ええ。子供の頃に。二十年程前になりますが……」

 パーキンスの質問にエリックは戸惑いながらも答えた。

「そうか。やはり……。シュバリー博士の御子息でしたか」

「父をご存じで?」

「蝶の、採集許可を求めていらした博士に、許可を出したのが私です。私も学者ですし、行政長官になったばかりでしたから、よく覚えています。その後の、痛ましいことも」

 オデットは二人を交互に見ている。

「私はお邪魔かしら?」

「いや、これは失礼しました。お嬢さん」

 パーキンスに黒服の男が近づいて、何事か耳打ちした。

「私はこれで失礼致します。シュバリーさん、何か、困った事があれば、私の所を尋ねて下さい。お力になれることもあるでしょう。では」

 供の者を従えてパーキンスは去っていった。エリックとオデットはそれを見送る。

「知ってたのか。行政長官」

「え? ええ。あなたは調べたりしなかったの?」

「写真で一度見たくらいだ。言われないと分からなかった」

「そう。教えてあげれば良かったわね」

 エリックはオデットが長官の話しかけた事を尋ねるかと思ったが、オデットはそれ以上何も言わなかった。

 テントの中では戻って来たクレールが、二人の会話を聞いて、外へ出ずにまた戻って行った。


 夏至の夜は、二十時を過ぎてもまだ陽は沈まない。その中を、松明を持った先導が歩くその後ろを、二列になった白い民族衣装の少女たちが並んで行進する。その後ろを楽隊が行進曲を奏でて続く。道の両脇には大勢の人が立ち並んでいる。カメラやスマートフォンを向ける者。知り合いに声をかけるもの者。喧騒の中を隊列は進む。時折警官が辺りを見回しているが、トラブルもなく隊列は町を抜けて山を背にした、公園へと向かった。

 公園は一部に貴賓席とまでは行かないが、要人や招待客が座った席があり、それ以外は立ち見になっていた。港町の町長などは来ていたが、侯爵は体調の不良を理由に、行政長官も所用で不在だった。侯爵の即位を祝して始まったものだけに、今まではどちらかが必ず出席していたが、両名とも不在というのは初めてのことだった。

 それを気にかけているのは客席に座る者たちくらいで、立ち見の見物人たちは気にする様子もない。

 やがて隊列が公園へと入場してくると、見物人たちから拍手と歓声が沸き起こった。指笛なども交じり、今年は例年にまして騒々しくも賑やかだった。

 先導者は広場に着くと、四隅にある篝火に火を灯した。それに合わせて広場に少女たちが入場し、山の方を向いて距離をとって二列に並んだ。楽隊は少女たちと向き合う形で席に着き、舞踏曲の演奏の準備に入る。その頃になると、陽もだいぶ傾いてきて、夕闇も迫りつつあった。

 やがて、スポットライトが楽隊の後ろの一段と高くなった石段の上のこれも石で出来た椅子を照らして浮かび上がらせた。観客から拍手と歓声が沸き起こった。

 そして、楽隊が音楽を奏でると、音楽とともに石段の後ろから、青白く暗闇に浮かんで見える衣装のクレールが姿を現した。衣装には特殊な繊維が使われていて、僅かな明かりにも明るく見えるのだった。

 クレールの登場に、観客は沸き上がり、喧騒は一層激しくなった。楽隊の奏でる音も掻き消されそうな勢いだった。クレールが椅子に腰かけてもそれは収まらなかった。楽隊は舞踏曲を演奏するタイミングを計っていたが、喧騒はなかなか止まない。席に座った者たちには、後ろの観客を振り返り困惑した様子を見せる者もいた。

 そのとき、クレールが立ち上がった。ゆっくりと前に歩き、石段の端に足を掛けた。そして、手にした身の丈ほどの銀色王笏のを掲げると、石突きを石段に打ちつけた。

 リィン……

 鈴の音が響き渡る。まるで波紋が広がって行くように、石段の方から喧騒は治まって行った。水を打ったように、会場は静まり返った。

「太陽神と古の女王へ捧げる賛歌を拒むものはこの地より去れ。残るものは沈黙を持ってこれに答えよ」

 クレールはそう言うと、石の椅子に再び腰かけた。そして、王笏振り、静かに鈴の音を鳴らした。その音に、我に返ったように、楽隊が演奏を始めた。

 二手に分かれた少女達は、向き合ってスカートを両手でつまみ上げ、軽く挨拶をすると、静かなステップで交差し、行き過ぎては近づいて腕を組み、列になり輪になり、形を変えて少女達は舞い踊った。一糸乱れぬ軽やかな舞。青と黄色が交差し重なり、広がっては舞台の中央に集まった。

 楽隊の奏でる輪舞ロンドに合わせて舞い踊る少女たちを、しわぶき一つなく観客は息を潜めたように静かに見入っていた。魅入らされていた。

 やがて曲も終わりを迎え、少女たちは石段のクレールに向かい、青のソルダネラを前に、黄色のラヌンクルスを後ろに二列に並び、片膝を折って両手を胸の前に掲げた。

 再びクレールが鈴を鳴らす。楽隊が立ち上がり、行進曲を静かに奏でつつ石段に沿って広場から去って行く。舞台の少女たちも、二列になってこれに続いた。

 陽が沈み、篝火が輝きを増した舞台に、石段の上のクレールだけが残った。クレールが立ち上がって王笏を掲げると、スポットライトが消され、クレールの姿が見えなくなった。

 静まり返っていた観客は、漸く、溜息とともに賛嘆の声と拍手を送った。

 会場の舞台からはやや離れた位置でオデットと共に見ていたエリックは、この様子に、まるでクレールが全てを掌握しているように見えた。そういう演出だったのかもしれないが、観客を静かにさせたクレールの手並みは、エリックの目に、女王の、魔女の末裔と言うに相応しいものに映った。

「まるで、古の女王そのままだな」

「そうね。〝銀の女王〝の生まれ変わりなのかも」

 オデットの言葉には、何か含みがあるような、そんな響きをエリックは感じた。

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