10. 尊大な夢
「そうだ、こちらで援助すると。そう、全額ね。宜しく頼むよ」
高台の別荘からは、海を望むことが出来た。カナリア諸島のテネリフェ島の南側、空港近くの別荘。
エドワード・ハイド・バートンは、テラスに置いた長椅子に寝そべりながら、電話をかけていたが、それは、事業で投資に失敗した貴族の負債を肩代わりする、という内容のものだった。
ルデュック家という、中世から続くという公爵の血筋だそうだが、そういう家柄でも、数千万ドルという金額はそうそう用意できるものでは無かった。
そうした負債を負った理由は、有望な投資先というのが、色々と業績を粉飾していただけでなく、投資の際に、不都合な契約まで結ばされていたからだった。そんな契約を巧妙に仕組んだのは、バートンが裏で糸を引いていた訳だったが、そんなことをしたのは、ルデュック家の長女、オレリーを手にしたいと思ったからだった。
ブロンドの髪に青い瞳、美しさだけでなく、気の強い才媛としても知られていて、社交界の花とも言われていた。そんなオレリーを、古臭い社交界と馬鹿にしていたパーティーで見かけたバートンは、自分の理想というような女性に出会って、是非とも手に入れたいと思ったのだった。しかし、バートンのような、親が株式市場で成功を収めたという成り上がりを相手にするわけもなく、素気無く断られたものだった。
バートンは、そんなことで諦めるような男ではなかった。あれこれと工作して、ルデュック家を陥れることまでやってのけたのだが、オレリーは、昨年、結婚を発表、既に嫁いだ後だった。
一時、その結婚相手も陥れようかとさえ思ったが、政治家の息子で司法関係者が身内に多いとなっては、手を出すのも憚られた。
とはいえ、ここまで工作を進めた以上、辞めるわけにもいかない。オレリーには、アレクシアという妹がいた。彼女は、オレリーと違って、控えめで大人しく、社交の場にでることも無いような娘だったが、プラチナブロンドに緑の瞳の愛らしさでは、オレリー以上という者もいた。
正直、バートンは美しいとはいっても、アレクシアは自分の好みでもなかったが、これまで労力を費やした対価、というような意味合いで、せめてアレクシアは手に入れようと思っていた。
バートンにとって、女というものは、自分の欲望を満たすためのものでしかなく、それも、好みの女、美しく、気の強い、他人の言いなりにならないような、そんな女を屈服させることに、強い執着を抱いていた。
そうなったのも、もともと我が強くて我儘なうえ、まだ学生でベンチャー企業を立ち上げて名を売り始めた頃、自分のことを人前で成り上がりの親の金がなければ何もできない無能、と罵った上流階級の娘がいて、その娘に復讐するべく、あの手この手をつかって、その家ごと没落させたことがあった。その娘を言いなりにして、散々弄んで捨てたことが、ある意味成功体験となって、ゆがんだ性癖を生んだといえるだろう。この時に付き合い始めた裏稼業の者、とでも言うような者達とはそれ以来何かにつけて便利に使っていた。
この体験から、美しくて気が強い女ばかりを相手に、犯罪まがいの行為を犯してまで、自分の欲求をみたしていた。もっとも、それは世間からは綺麗に隠し通していた。
三十三歳にして、事業で成功をおさめ、親よりもはるかに多額の資産をもつようになり、今では、若手のカリスマ実業家として世間に知られるようになっていた。
IT関連企業の、通信ネットワークでは、世界有数の企業を持ち、スマートフォンなどの通信機器のメーカーとしても指折りの企業のオーナーでもあった。
各国の大臣や元首までもが、バートンに挨拶に来るようになり、表面的には、女優だった母親似の、映画俳優のような美形の若いカリスマ実業家として爽やかな笑顔を振りまいていたが、その裏では成功に酔いしれて、歪んだ欲望さえ、意のままにならないものなど無いかのように思っていた。
缶ビールを飲みながら、アレクシアを手に入れたらどうしようか、などど妄想していると、スマートフォンに着信があった。
「リューか。ひさしぶりだね。君から連絡してくるってことは、誰か、僕の気に入るような娘でも見つけたのかい?」
リューというのは、ジョシュア・リューという、中華系のアメリカ人で、バートンより二歳年下の、投資家として名をあげてきた実業家だった。父親の家系の伝手もあって、中国国内で業績をあげるなどして、バートンと並んで、若いカリスマ実業家として名前が売れていた。二人はよく同じ事業に投資するなど、中の良いところを見せていたが、仕事以外でも、プライベートで仲の良いことは知られていた。
当然、というか、バートンの裏の顔も知っており、リュー自身も、趣味で、等身大のリアルなドールを製作するという企業を持っていた。そこでは実際の人間からデータを取って、体の細部にいたるまで、忠実に再現したものを、密かに富裕層の同行の士とでもいう者たちに、採算を度外視して作成し、販売していた。
データ元の人物は、年齢性別も様々であり、当然のごとく、非合法なものも混じっていた。
そうしたことから、リューは、バートンに女性を紹介したりなどということも行っていた。
『君は、女性を乱暴に扱いすぎなんだよ。綺麗な女の子は、愛でるものだよ』
「それは君の趣味だろう。僕は僕だよ。で、今日は何の話なんだ?」
『ああ。来年、パリで行われる、デビュタント・バルに、僕が援助している娘を出す予定なんだけどさ、君もちょっと一口乗らないか?』
「デビュタント・バル? 僕の趣味じゃないね」
『君がご執心だった、オレリー・ルデュックもそのデビュタント・バルに出てから、名を上げていったんだけどね。妹がいたんじゃなかったっけ』
「アレクシアのことか?」
『そうそう。確かそんな名前だっけ。その子は出さないの? 君が援助してるんでしょ』
デビュタント・バル。若い、上流階級やセレブリティの女性の社交界デビューの場。バートンにとっては、無縁な世界であり、興味も無かったが。
「そうだね。考えておくよ」
アレクシアをデビュタント・バルに。ルデュック家との顔つなぎにはいいだろう。アレクシアをどうするのか、特に考えてもいなかった。ちょうどいい機会かもしれない。
『ああ、それと、今君が進めている、あの、なんて言ったっけ』
「なんだよ」
『ああ、思い出した、ヘリアデス侯国とかいう、島国の、今君がいるとこだっけ?』
「ここは、カナリア諸島だ。ヘリアデス侯国はずっと北だよ」
『そうか。そうだっけ。そこの件はどうなってるんだい? なんの進展もなさそうだけど』
ヘリアデス侯国。バートンは、そこを自分の意のままにできるかどうか、それを試す実験対象と考えていた。
島の実質的な支配者、メルクーリ侯爵は、退位を考えていて、後を継ぐ息子と娘は、爵位に興味など無いという。そうなれば、ヘリアデス侯国は、議会を中心としたヘリアデス共和国となって、民主制となる。侯爵が宗主国である英仏と渡り合って保たれていた国は、民主制ともなれば、産業など無い辺境の小国家のこと、政治的、財政的には今よりも苦しくなるだろう。
そこへ、援助という名目で資金を投入し、議員を金で動かし、議会という国を動かしていく。小国といえども、実際に国を運営するという、企業とはまた違った体験ができる。それは、これから先の自分のビジネスにとっても、有意義なものとなるだろう。国家運営というリアルなシミュレーション。
だが、現状は、英仏に加えて、第二次大戦後から関係を強めた合衆国を含めた政治家や、国に影響力のある古くからの企業ががヘリアデス侯国での主導権を握っていて、バートンたち若手企業家は、資金援助という名目で、金を取られているだけだった。
「良くないね。政治家や、これまで関わってきた老人たちが、ああだこうだと言いあうばかりで何も進展がない」
『そうなんだ。じゃあ、もう見限った方がいいんじゃないかな』
「そうもいかないよ。結構資金投資しているし、例の密約もあるから、上手くいけば、かなりの見返りがあるだろうし。僕も、何もせずに放置しているわけじゃない。いろいろと人を送り込んだりして、揺さぶりはかけているよ。
そのうち、送り込んだ連中を移民として認めさせて、あの国の政治に口をだせるようにして、僕の駒として動いてもらうつもりだ。人権団体とか、こういうときのために飼っているんだしね」
『君はそういうことが好きだよね。世の中を自分の意のままに動かしたいとか思ってそうだね』
「思ってて何が悪いんだ? 素晴らしいじゃないか、世の中を自分が好きなように動かせるなんて」
バートンにとって、それは夢ではなく、実現可能な目標だった。
『アハハ。そのうち、バートン閣下って呼ばなきゃならなくなりそうだね』
バートン閣下。悪くは無いかもしれない。
『ああ、そうだ、もう一つ。ヘリアデス侯国には、侯爵家以外にも、有力者がいるのは知ってるだろう?』
「なんだっけ。昔の、もともとの島の領主とかだったかな」
『そうそう。今は、正式な領主は不在で、後継ぎはまだ若い娘らしい。ちょっと興味があったんで調べてみたら、結構綺麗な娘だったよ。僕よりは、君の方が好みじゃないかな。ちょっと、データを送るね』
バートンは、リューから送られてきた画像を見た。
十代の、若い娘の胸像。撮られるためにポーズを取ったものではなく、誰かと話でもしている側でとられたものだろう。斜めに向いた姿は整っていて、黒髪に黒い目の、きりっとした眉が意志の強さを表しているようだった。笑顔の顔は、十代らしく若々しい。
「そうだな。でも、この写真だけじゃ、良く分からないな」
『名前は、クレール・ド・ラ・ファージュ。十七歳。田舎娘にしては、なかなかいい線いっていると思うよ。あ、そうだ、この娘も、デビュタント・バルに招待するのも面白いかもしれないな。そうすれば、実際に会ってみることが出来る』
「会うのはきみだろう?」
『そうだけど。君は本当に興味ないの? ステラ・アンドルーズとか、キャサリン・ラッセルも来るみたいだけど』
「キャサリン・ラッセル? そいつがいるならなおの事無理だ」
『え、どうして?』
「そいつは、俺のことを裏まで知っている」
キャサリン・ラッセルは、富豪の娘というだけでなく、自分で事業を起こしている、若き女性実業家として名を馳せていた。ラッセルという家も、合衆国の政治・経済に深く関わっていて、バートンも今は敵に回せる相手では無かった。
『君にも天敵がいたんだな』
リューが笑った。
「天敵というほどのことは無いよ」
いずれ、キャサリン・ラッセルも、合衆国も手玉に取って見せるさ。
バートンは尊大な夢を秘めたまま、頭上に広がる青い空を見つめた。




