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プロローグ

 緑の円錐形の山が夏を迎えた遅い夕日を浴びて赤く染まっている。その麓では、来週の祭りに備えて、白いロングドレスの民族衣装を着た少女たちが、祭りで披露する踊りのリハーサルに集まっていた。その中を、栗色の髪をなびかせて、小走りに走る少女がいた。ロングスカートのすそをつまみ上げて、走り難そうだった。

「ねえ、カレン見なかった?」

「カレン? さっきまでそこで見たけど。どうかしたの?」

「ダンスの前に会場までの行進もやっとこうって言われて。私とカレンが先頭なの。どこ行ったのかな」

 少女は不安げな顔になった。

「どうしたの? アリス」

 もう一人、地味なブルーグレーのワンピース姿の長い黒髪の少女が歩み寄って来た。整って気品のある美しい顔立ちを夕日が艶やかに染めていた。

「あ、クレール」

 アリスと呼ばれた少女はその少女、クレールの元に走り寄った。

「カレンが居ないの。行進の練習があるのに」

「カレンが? ちょっと前に見たけど……私も探してみるわね」

「ありがとう、クレール」

 アリスは慌ただしく走り去って行った。その姿を見送ると、クレールと呼ばれた少女は、心当たりがあるのか、人ごみを縫うように山の方へ向かって歩いて行った。


「ちゃんと抑えてろよ。何度も蹴り飛ばしやがってこのくそあま!」

「このドレスが脱がし難いんだよ。くそめんどくせえ」

「ばかだな、スカートなんてめくりゃいいだけだろうが」

 夕闇の中、暗い茂みに白いドレスだけが浮き上がて見える。その周りに影絵のように男の姿が三つ。

「大人しくしてないとその顔に傷がつくかもしれねえぞ?」

 三人のうち、年かさの男がナイフを横たわる少女の頬に当てた。横の男に口を塞がれていたが、引きつったような声が漏れた。

「おい、ちゃんと抑えてろよ。何みてんだ?」

 ナイフを持った男が、顔を上げると、二人の視線の先に目をやった。

「な、なんだ、おまえ」

 青白い影の様な人影が何時の間にか近くに立っていた。長い髪とドレスが風に揺れている。

「何をしているの? あなたたち」

 青白い影は、落ち着いた静かな声で話かけて来た。

「ハハ、なにって、ナニをこれからするところだよ!」

 自分の言った事が可笑しかったのか、男は笑い声になった。

「良いところに来たな。おめえも仲間に入れてやるよ」

 男は手に持ったナイフを影に向かって突き出した。その先に、青く光る様な二つの目があった。

「ここから消えなさい」

「はあ?」

「私の目の前から。見るに値しない者たち」

「何いってんだこいつ? ん、おい、なにすんだよお前たち!」

 ナイフを持った男は、両腕を他の二人に抱えられて、回れ右をするように反対側へ向き直された。

「馬鹿野郎はなせよ! オイ、どうしたっていうんだ!」

 三人はゆっくりと、やがて駆け足で走り出した。

「ちょ、ちょっと待て! お、ど、どうなってんだ、勝手に足が!」

 男の喚き声が小さくなっていき、三人の影が闇に消えた。

「怪我は無い? カレン」

 青白い影は、走り去る男達には目もくれず、横たわる少女に近づいて声をかけた。

「クレール……。私、ロブが呼んでるって言われて行ったら……」

「大丈夫よ、あなたは転んだだけよ。暗いところで足を踏み外して。そうでしょう?」

 クレールの手が、カレンの両頬を包むように支えた。

「え……」

「暗いところを一人で歩くなんて危ないわ。戻りましょう」

 クレールは顔を寄せてカレンの額に自分の額を静かに押し当てた。

「そ、そうね。私、こんなところで転んじゃって……スカートが汚れちゃった」

 クレールは肩を貸してカレンを立たせると麓の方へ歩き出した。


「カレン! クレール! どうしたの?」

 二人を見つけたアリスが駆け寄って来た。

「転んで足を挫いたらしいの」

「えー、どうしたの? 大丈夫?」

「ごめん。ロブが呼んでるって言われて行ってみたらいなくて。探してたら転んじゃった」

「行進の練習、もうすぐだよ。どうしよう」

 アリスは両手を胸の前で組んで、おろおろと落ち着かなげだ。

「私が代わりに出るわ。それで良いでしょう?」

「え、でもクレールは……」

「リハーサルだし、私もこの島の乙女なんだから、問題ないでしょう?」

 クレールにしては珍しく明るい笑顔にアリスもつられて笑顔になる。

「わかった。モローさんに言ってくる」

 祭りの演出担当者の元へ、アリスはまた駆け出して行った。


 松明代わりの赤いトーチを持った先導の男の後ろを、二列に並んだ民族衣装の少女が続く。その後ろに笛や太鼓の楽団が演奏しつつ練り歩く。遠い昔に作られたと言う、石を敷き詰めた山の手前の広場が踊りのための舞台になっていた。

 リハーサルではあったが、道の両側を人々が並んで見送る。わが子に声を掛けるもの、友人を見つけて冷やかしの声を上げるもの。

「おい! じゃますんな!」

 酒でも入っているのか、ひと際大きく、下卑た笑いを上げて隊列に近づこうとした男が数人、警官に静止されても声を上げていたが、先頭のクレールが近づくと妙に大人しく引き下がって行った。

「あれ、クレール?」

「クレールが隊列にいるわよ」

「〝砦〝の娘じゃないか」

 少女たちの二列の隊列の先頭にいるクレールを見て、時折声を上げるものが居た。

 隣にいるアリスは、クレールと並んで歩くのが少し気恥しいような、誇らしいような、微妙な面持ちで歩いていた。

 これはリハーサルだから。

 そう、周りに告げて歩きたい衝動に駆られもした。

 やがて、隊列は広場に到着し、広場の真ん中を空けて、左右に二列づつに並んだ。

「今日は位置の確認だ。そう、そう、その目印の石のところで。そこで止まって!」

 メガホンを手にした男が指示を出す。少女たちは、二列から一列になると、左右の列が向き合うように向きを変えた。滑らかな動き。向かい合った者同士腕を組むと、今度は横一列になって、山の方へ向き直った。何度か練習してきているし、多くはこの行事に参加するのは初めてでもなかった。

 そして、楽隊の演奏に合わせて、ダンスが始まる。スカートをつまみ上げた状態で、軽やかに、緩やかにステップを踏む。列になり輪になり、形を変えて少女達は踊る。いにしえの女王に捧げる輪舞ロンド

「よーし、いいぞ。本番もこの調子で頼むよ」

 演奏が止まり、拍手が鳴る。一通り踊り終え、紅潮した顔の少女達は舞台からぱらぱらと散って行った。


「クレール、ちゃんと踊れるのね、練習なんて出てないのに」

 踊り終えて、クレールの元に少女達が集まった。

「学校で練習させられるでしょ。みんなの踊りは何時も見てるし」

「あの上からね!」

 一人の少女が笑いながら指を差す。広場の奥、山を背に、少し高くなった石の段があり、その上に石づくりに椅子が据えられている。

 女王の椅子、と呼ばれているそれに、クレールは女王役として座ることになっていて、これまでの練習では実際にそこに座っていた。

「女王と踊り子とどっちが良い?」

 一人の問に、居合わせた少女たちが皆クレールを見つめる。

「女王。だって、楽だもの」

 クレールの答えに、笑いさざめく。誰もそれに異をとなえない。

 世が世ならば、クレールは高見から下々の者を常に見下ろしていただろう、古の女王の末裔だった。


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