第三話
次の日ーーーー
父上の仕事は、思ったよりも早かった。
日が上がる前に起こされ、
眠りまなこを擦りながら、街に出ることになった。
屋敷の前にすでにアリスとサーシャが準備を整えて待っていた。
ーーーーーー
以前とは違う区画の主に領民のためのお店が開かれている区画だ。
「領主様。おはようございます!
新作のパンが出来たんですよ!食べて行きませんか?」
「おはようございます!領主様!
今日は、ご子息とご一緒なんですね!」
次々と領民に声をかけられる父上。
「お、坊ちゃん!これ食べてみて!!」
すれ違うたびに声をかけられながら、自分も認識されているのか、色々と物をもらってしまった。
「何か困っていることなどはないか?」
「良い暮らしをさせてもらってます!」
「昨日、外郭の事件にご子息が巻き込まれたとか……今お連れしているということはご無事だったんですね。よかった…」
強盗犯に襲われた酒場はここから離れた砦近くの兵士たちがよく利用する区画だったのに、すでにその噂が広まっていた。
グレイスの顔を見たくてか、どんどん人が周りに増えていった。
まだ朝が早かったので、そこまで人が集まらなかったが、これが人が集まる昼頃だと領民に囲まれて1日が終わるのではないかと、父上を心配した。
ちょっとして落ち着き、次の視察場所に移動していると、父上が話しかけてきた。
「街に出てそれぞれの領民と話しているうちに何故かこういった関係になってしまってな。
他の領主には領民に舐められるなと言われてしまうのだが…お前はどう思う?」
「素晴らしいことだと思います!
領民から愛される領主というのは、いい領主だと思います!」
俺の隣でうんうんとアリスが頷いている。
何故そこまでお前が自慢げなんだ。
「そうか…なんか照れくさいな。」
ポリポリと頬をかきながら、父上はある建物へと入っていった。
そこには、大きな掲示板に張り出された依頼、
それを吟味しつつ眺めている人達がいた。
ゲームでよくある冒険者たちが集う場所、ギルドだ。
生でギルドを見るのは初めてだったため、あたりをキョロキョロしていると。
ギルドの職員らしき人物がこちらにやってきた。
「領主様!いいところに!」
「ん?どうした?」
ここでも入ってすぐにグレイスを呼び止められる。
「地下水路にモンスターが大量発生しているようで、冒険者の皆さんにご協力を仰いだところ、作戦について収拾がつかなくなってしまいまして。。。」
「はぁ…まぁ、そういったところも冒険者らしいか…話をつけてくる。どこにいる?」
「はい、人数が多いため、地下の訓練場にて作戦会議しています。」
ギルド職員と一緒に地下に移動するグレイスとその後ろを足音を立てずに付き添っているマリー。
掲示板の依頼を見ていたアリスがこちらにやってきて、話しかけてくる。
「私達も行きましょう。きっとすごいものが見れるわよ。」
地下に降りていくと、そこには大人数の冒険者たちが、黒板のようなものに作戦を書き出して話し合っていた。
「だから、正面突破で追い出して仕舞えばいいんだ!モンスターに恐怖を与えて、近づこうと思わなくすればいい!」
「それだと水路を通って街に逃げる可能性があるでしょう!出口に全員を配置して、徐々に討伐していかないと!」
「そんなん何日かかるんだよ!繁殖率が高いモンスターなんだ、そんなチンタラやってたら手に負えない数になっちまうぞ!」
「それでも街の安全は考えないと!」
「街に行くかもわからねぇのにその心配か!?」
いかにも前衛職な冒険者と後衛職な冒険者が黒板の前で言い争っていた。
「まぁ、私としては街の安全は優先的に考えてほしいのだがね。」
「領主様!」
「あぁ?領主様だぁ?」
後衛職の冒険者は父上を知っているらしく、会釈をしていた。
「おいおい、お偉いさんが俺たち、冒険者のやり方にケチつけんのか?」
「今の作戦を聞いてしまうとね。ちょっと口を挟ませてもらうよ。」
「あぁ!?実践経験がないのにモンスターの討伐の作戦が立てられるってのかぁ?」
「私はあまり経験がないので、経験豊富なものに尋ねるとしよう。マリー。」
「は〜い。」
「この状況、なるべく早めに収集をつけ、街の被害も最小限にする作戦は何かないかね。」
「ん〜。この人数だと人手が足りません〜。兵士を動かしても良いでしょうか〜?」
「ああ、早くて安全なら多少兵士を使ってもいい。」
「なんだと!?俺たちだと役不足だってか!?」
「そうですね〜。早く解決するには、個人ではなく、人数が必要です〜。」
「ふざけんな!俺たちの仕事を兵士たちに取られてたまるかよ!」
拳を思いっきり振りかぶる前衛職。
ドコーン
思わず目をつぶってしまい、何が起こったかわからなかった。
目を開いたらそこにはマリーを通り越して前衛の冒険者が吹っ飛んでいた。
その光景に周りの冒険者はざわついていた。
「くっそー!何しやがった!!」
今度は背中に下げていた斧を取り出し、マリーの方に駆け出して行った。
(危ない!)
そう思い、飛び出そうとしたところで、アリスに止められてしまった。
俺の心配はよそに、マリーは、素早く最小の動作で斧を交わし、翻ったスカートから、
鋭利な刃物を取り出し、前衛の冒険者の首筋に当てた。
「うぐっ!す、すまん。俺が悪かった…」
「わかったら、おとなしく私の指示に従ってくださいね〜。」
そう言いつつ、刃物を引くマリー。
みんなが唖然としている中、アリスだけはうんうんと頷いていた。
「は〜い、今回の作戦ですが〜、基本はあなたの作戦で行こうと思います〜。」
と、先ほどの後衛職の冒険者を指差し、作戦会議に参加しようとするグレイス。
「でも〜、あまり配置についている時間もないので〜、水路の各出口に兵士を配置してもらいます〜。」
「は、はい。」
「各冒険者の配置はあなたにお願いしても良いですか〜。」
「り、了解しました!」
なぜか戸惑っている後衛職の冒険者に指示を出し、マリーはスタコラとギルドの出口へ向かう。
「え?マリーはどこにいくの?」
疑問に思い、横を通り過ぎる直前に思わず声をかけていた。
「私は兵士の連絡をしてきます〜。坊ちゃまは、少々ここでお待ちくださいね〜。
サーシャ、坊ちゃまの事少しお願いしますね。」
「はっ!」
テキパキと配置について考えている冒険者たち、グレイスも一緒に配置について話し合っているようだ。しばらくぼうっと見ていると、近くにいた○△が話しかけてた。
「マリーさん、元々凄腕の冒険者だったみたいよ。どう言う経緯でメイドをやっているかわからないけど、今でもその実力は衰えていないんだって。」
「全然知らなかった…」
冒険者とグレイスの作戦会議がひと段落つくと、
マリーがいつのまにかグレイスの隣に出てきて、耳打ちをしていた。
「兵の配置は、先ほど完了した。それでは作戦開始と行こう!」
そう呟くと、集まっていた冒険者たちは各々の配置につくためか、ギルドを出て行った。
先ほど吹っ飛ばされた前職の冒険者と数人の冒険者たちと自分たちが、最後まで残る形になった。
「っしゃ、それじゃあ、俺たちも出陣だな、領主!!」
「そうだな。くれぐれも先走らないようにな。」
「おうよ!」
先ほどまで、決闘まがいのことをしていたというのに、そこまで打ち解けるとは、びっくりだ。
「父上も行かれるのですか!?」
「失敗したら、街に被害がいくんだ。
それぐらいのこともするさ。そこまで危険なモンスターではないから、お前もついてきなさい。」
「は、はい!」
ーーーーーーーーーー
今回の任務
【水路洞窟に巣を作ったモンスターの討伐】
簡単に聞こえるが、街の水を賄う水路だ。
かなり広く、また、巣を作ったモンスターの繁殖力が高かったらしく、数が大量になったらしい。
今回の討伐モンスターは、大きいネズミのようなモンスター、ビックマウス。
名前もそのままだ。
今回の作戦として、水路の出口でそれぞれ兵士と冒険者たちが待ち構え、別動体で巣になっている場所を襲い、散り散りになって逃げた先で各個撃破するという流れになっている。
死体を水路に放置ができないため、突撃部隊はなるべく倒さず各出口に誘導するのが仕事だ。
「なるべくってことは、倒してしまってもいいんだろ!?」
「まぁ、いいが、しっかり回収してくれよ。
1体も残すんじゃないぞ……!」
「お、おう…」
グレイスのドスの利いた声で注意すると、前衛の冒険者はビビりながら返事をする。
「そろそろ到着です。」
銭湯を進んでいた冒険者から声がかかると、その場の空気が一瞬にして冷めていった。
(さっきまで楽しげに喋っていたのに…
さすがプロだ…)
進んだ先にはビックマウスの群れが潜んでいた。
奥には3本の通路に分かれていた。
「よしっ!行くぞ!」
勢いよく飛び出していく前衛職の冒険者。
飛び出した冒険者に驚き、各通路に逃げ出すビックマウス。
「作戦通りに各通路に分かれて、追い込め!!」
「うおおおおお!」
それぞれ3つに分かれた道に逃げていくビックマウスを追いかけ、時折向かってくるビックマウスはマリー、サーシャなどが対応してくれた。
(すごい!ここまで思い通りにことが進んでる!)
柄にもなくテンションが上がっていた。
後ろからの気配に気づかないほどに。
ドンッ
突然後ろから衝突され、走っていた俺は、そのまま前に転んでしまった。
何が起きたのか、後ろを確認すると、一矢報いようとビックマウスが襲いかかってきていた。
「うわああああ!」
キンッドサッ
攻撃を堪えようと目を瞑っていると、全然痛みが襲って来なかった。
恐る恐る目を開けると、ビックマウスを倒していた○△が立っていた。
「大丈夫?」
「ああ、ありがとう。」
振り向き、手を差し出してくるアリス。
その手を取りながら立ち上がる。
「大丈夫か?」
何事かと先行していたグレイスとマリーが戻ってきていた。
「はい。問題ありません。」
アリスが答える。
周りを見て、何が起こったかを把握するグレイス。
「ふむ、少し戦闘訓練を増やした方が良さそうだな。」
「は、ははは…」
突然体が動かなくなっていたことを見事にみすかされた。
その後は、順調にことが運び、日が沈む前には、作戦は終了。
残りは水路で倒したビックマウスの回収だけになった。
その指揮をアリスに預け、俺、グレイス、マリーは次の視察場所へ向かった。
ーーーーーーー
日が沈みそうになる頃には、街の防衛の要、城壁へと到着した。
父上が通ると、兵士たちは道を譲り、身につけている剣を腰の位置に掲げて、父が通るのを待っていた。
そんな兵士たちへ、手を挙げて挨拶を返す父上。
(どうやら、父は兵士たちとも仲は悪くはないようだ。ここでは問題は起こらなさそうだな。)
そのやりとりを見ながら、城壁の最上階まで登ってきた。
「様子はどうだ?」
「おとなしすぎて不気味なほどです。
ここ1ヶ月はなんの動きもないですね。」
「ふむ、何かの前触れではなければ良いが…」
父上と兵士のやり取りを聞きながら、塀の外を見ようとピョンピョンと跳んでみるが今の身長だと全く見えなかった。
見えないことを残念がっていると、父上が自分の体を持ち上げてくれ、視界一杯に森が見えた。
「すまない。少し外してくれ。」
「はっ!」
そう言いつつ、兵士とマリーは中に入っていった。
なぜ外させたのかは理解できなかったが、目の前の景色に夢中になり、すぐに忘れてしまった。
森のあたりは霧が立ち込めており、地平線までは見えなく、何やら不気味な雰囲気だった。
逆方向を見ると、小高い丘にライアンの豪邸が立っていた。
ぐるっと周囲を確認後、父上に外が見えるように塀に抑えられ、不気味な霧が発生している方を指さして話してきた。
「リバル。この向こうに私たち人類の敵、魔人どもが住んでいる国がある。
私の1番の仕事は、ここでやつらの動向を探り、王都に知らせる事と、この都市を死守することなんだ。」
「魔人…それってお昼のモンスターと何が違うのですか?」
「形は人とそこまで変わらないが、ツノが生えていたり、翼が生えていたりと魔人によって特徴は異なっている。」
頭を悩ませながらも続けるグレイス。
「さらに厄介なことに、奴らはその特徴の角や翼を隠して人間の見た目にもなれる。」
「それって、どうやって人と見分けるのですか?」
「この文字を使うんだ。」
そう言いつつ胸ポケットから一枚の紙切れを取り出して見せてくれた。
その中には、英語の大文字【N】に似たような文字が書かれていた。
「この文字を出して、怯えたり、苦悶の顔を一瞬でもしたら魔人だということだ。逆に反応がなかったり、文字を疑問に思ったりするものは人間ということになる。」
どういう原理でそういうことになっているのかがわからないが、この世界での見分け方なのだろう。
「この文字は、極秘のものだ。むやみやたらにこの文字を見せたり、話したりしてはいけないよ。」
「後で、この文字を書いた紙と、書き方、いざという時に文字を出せる魔法を教えよう。」
「ありがとうございます…」
「すまないな。こんな話をしてしまって…
ただ、お前にもいずれこの街を守るために働いてもらう。まだまだ分からないことがあると思うが、しっかり勉強して父を助けてくれ。」
「はい…」
「さてと、今日の仕事はこれで終わりだ。家に帰ってゆっくりしよう。」
父から見せられた見覚えのある文字がもたらす結末を感じながら、帰路に着くのであった。