第十一話
「いた!」
そうつぶやき、目的地が見える丘を通り過ぎようとした馬車から飛び降りるライナス。
「いきなり何してんの!?」
馬車の業者をやっていた女格闘家は突然の勇者の行動に驚く。
「はぁ…」
もう一人の男戦士は、またかとため息をつきながらあきらめていた。
馬車から見えた丘の先を睨みつけるライナス。
そこには、ライアン領の家紋をあしらった馬車の団体が北の砦に向かっていた。
「グレイス……気絶した聖女様を攫って、何をするつもりだ?」
そうつぶやきつつ、自分の後ろに魔法を展開していく。
「聖女様は、僕が守る!」
大声を上げ、リバルたちの馬車めがけて、後ろに展開している魔法を放つ。
丘の向こうにいる馬車に光の雨が降り注ぐ。
「出てこいグレイス。聖女様を攫ったことを後悔させてやる。」
グレイスと聖女が一番先頭の馬車にいると踏んだライナスは、後ろから次々に魔法で馬車を攻撃していく。
先頭の馬車から3人ほど人が出てきたが、遠目でライナスにはよく見えなかった。
「お前らもグルだな!聖女様を攫って何をするつもりだ!」
馬車から出てきた3人に向けて魔法を放つライナス。
しかし、3人のうちの双剣を持った一人がライナスが放った魔法を打ち消し、無効化していた。
「!?
こんな弱い魔法じゃだめだ!もっと強い魔法を使わないと。」
光の雨の魔法を止めず、そのうえで巨大な魔法を展開していくライナス。
「ちょっと!何してるのよ!」
突然ライナスを殴り、倒れたライナスに馬乗りになりながら止めに入る女格闘家。
魔法が完全でなかったのか、光の雨と巨大魔法の発動は止まっていた。
「あんた何してんのよ!あの家紋見えてないの!?味方よ!それを攻撃なんて、何考えてんのよ!」
「うるさい!どけ!」
攻撃を続けようと抜け出そうと暴れているライナス。
「説明して!味方を攻撃したんだからそれなりの理由があるんでしょ?
説明しない限り拘束は解かないわよ!」
暴れていたライナスは接近戦では格闘家にかなわないと理解し、暴れるのをやめた。
「さっきの村で、気絶した聖女様がライアン家の家紋を掲げたやつに攫われてたのを見たんだ…」
ぽつぽつと話すライナス。
「すぐ追ったけど、一瞬でいなくなって……聖女様が僕の助けを待ってるんだ!」
「ライアン家って砦を守ってる四貴族でしょ?教会の聖女を保護したんじゃなくて?」
後からゆっくりと歩いてきた男戦士が合流してきた。
「ライアン公には魔法の研究だといわれて、たびたび邪魔されていたからな。あまりいい印象は持っていないんだろう。
まぁ、教会の協力を得て魔法研究をしているから聖女に悪いことをするとは考えられないがな…」
落ち着いたライナスを見て拘束を解く女格闘家。
「それでもグレイスのことだ。何するかわかったもんじゃない。
さぁ、僕たちも行こう。聖女様を助けなきゃ!」
「急ぐのは賛成だ。あいつらも戦争に駆り出されるんだろうが、勇者の戦力がそろわないと仕掛けはしないだろう。俺たちの到着が遅れたらその分やつらに猶予を与えちまうからな…」
「あなたは、早く戦争に参加したいだけでしょ…まぁ、早く戦争を終わらせるのには賛成だけど。」
それぞれ三者三葉の思いを持ちながら、戦場の北の砦に向かうのであった。
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「勇者は一体何を考えているんだ!!」
ドンッと机を叩き、憤慨している北の砦の領主。
北の砦の領主の部屋にて、領主とそのお付き、グレイスとマリーがそれぞれ対面している。
「救援物資を運んできた味方を攻撃するなんてどうかしている!!」
「物資を守れず、申し訳ない。」
頭を下げるグレイスとマリー。
「いや、ライアン公のせいではありません。
味方から攻撃されるなんて普通思わないですから。
それとも、何か勇者に恨まれることでもしましたか?」
「…それが全く思い当たらず…」
「……そうですか。」
グレイスを訝しげに見る領主。
しばらく沈黙が流れる。
「よし、過去のことで悩むより
これからのことで悩みましょう。」
こくりと頷くグレイス。
「魔族との戦争に関して、今問題となっているのは2つ。
一つは先ほど勇者によって失われた物資。
特に食糧が問題です。
備蓄もそろそろそこをつきそうだ。
ライアン領へ往復する時間はとてもじゃないけどありません。
どうしたものか。。。」
状況を整理しながら絶望してしまう領主。
「それについては、私に案があります。」
「本当ですか??いったいどうやって…!」
「いったん話を進めましょう。もう一つの問題はどうですか?」
「もう一つは、戦力です。
ライアン領からの護衛達も勇者の攻撃で負傷兵ばかり。
圧倒的に人手が足りない。。。」
「まず、こちらの武装と魔族側の戦力を教えてもらっても良いですかな。」
「すみません。魔族側は主に魔法攻撃がメインで古典的な戦略で、前衛で武装した魔族が壁を作り、強力な魔法を唱える時間を作り、魔法を放ち、ジリジリ戦線を上げてきているという形です。
数にして前衛5千、後衛5千の合計1万
一方我々の戦力は兵士が3千ほど。
現状は勇者の魔法で大幅に相手戦略を削らないと拮抗すらしないと思われます。」
「兵士以外に遠距離武器が扱える領民はどれだけいますか?」
「領民にも戦わせるのですか!?」
「緊急事態です。自分たちの居場所を守るためにも、全領民に協力してもらいましょう。」
「全領民?」
「ええ。幸いなことに私たち先頭の馬車にライアン領で開発した新兵器が残っていました。」
「新兵器…ですか?」
「教会との共同開発で実現した新兵器になります。
かなりの利益を持っていかれましたが、なかなかの優れものです。ただ…」
「ただ?」
「使用するのに、かなりの魔力を必要とします。
遠距離武器が扱える領民以外に魔力の提供をお願いしたいのです。」
「それは構いませんが…すぐに領民が集まるかどうか…」
「了承を得る前に行動してしまい申し訳ないのですが、領民の方々には先に動いていただいております。」
「???いったいどうやって?」
「私たちと一緒に行動していたお方は覚えていらっしゃいますか?」
「聖女様!!」
はっと思い出す領主。
「はい。聖女様には先に領民の方々を教会に集めさせていただいております。
マリー、了承が下りたと聖女様に。」
「はい。」
シュタッと姿が消えるマリー。
領主とお付きは人間離れしたマリーの動きに驚いていた。
「さて、それでは、作戦の話をしましょう。」
話を切り替えるグレイス。
「まずは、勇者の件ですが、また私たちを攻撃する可能性があります。」
ふむとうなずく領主。
「勇者の私たちへの妨害を最小限に抑えるため、私たちは西側、勇者たちは東側から出陣する形をとらせていただきたいです。」
「わかりました。」
「勇者の魔法に関しては、特大の魔法を連続では打つことができないので、はじめに特大の光魔法を放ち、魔族たちを一掃させてください。その後は、打てるようになったら都度撃つ形で、魔族たちの戦力を削りましょう。」
「なんだか勝機が見えてきましたね!」
「一つ注意点が。」
「何でしょうか?」
「この作戦を私から提案したというのは隠しておいてください。」
「なぜですか?」
「私は少々勇者に嫌われているようですので…」
「「………」」
先ほどのはぐらかされた質問の答えではないかと思った領主であったが、
「そろそろもう一つの問題も解決できたと思います。
場所を移動しましょうか?」
諸々問題を解決してくれているグレイスにこれ以上問いかけることをやめた。
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「なんじゃこりゃーーーーーー!」
叫んだ領主の前には、目いっぱいに生い茂っている畑があった。
「昨日は収穫後で畑を耕したばかりなのに!ライアン公これはいったい…?」
「りょ、領主様~!」
食物を収穫していた領民が手を振りながら、北の砦の領主に近づいてきた。
「これは?何が起こったのだ??」
「それが…先ほどそちらの方が、種をまいて、二振りの剣を地面に刺したところ突如として、食物が成りまして…私にもなにがなんだか…」
自分にもなにが起こったかわからないまま収穫していると領民が答える。
領民が見ているその先には、リバルが収穫を手伝っていた。
一息ついたのか顔を上げたところでグレイスに気づく。
「父上!そろそろ出陣の時間ですか?」
「ああ、こちらの領主様の許可が下りた。聖女様の方も領民たちから魔力をもらっているとのことだ。」
「グレイス・ライアンの一子、リバル・ライアンです。僭越ながら、畑をお借りしました。足りなくなった食物の足しにしていただければと。」
グレイスの隣にいる領主に気づき、挨拶をするリバル。
「おお、リバル殿、ありがとうございます……しかし、どうやって…?」
「緊急事態だったため、裏技を使わせていただきました。
方法に関しては、秘密とさせてください。
あまり使用すると、市場が崩壊してしまうので…」
「はぁ……」
「さぁ、次の問題を解決しに行きましょう。」
そうそうに話を切り上げ、戦地へと向かう一行。
移動中も何回も領主に裏技の方法を聞かれたが、話をはぐらかすリバルであった。
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「よし、全員集まったな。それでは、作戦を伝える。」
砦の西側の部屋に集まった、グレイス、リバル、アリス、マリー、サーシャ、聖女の6人。
「私たちの任務として、勇者の戦争参加まで、砦を守り、勇者の魔法によって、魔族が殲滅されるまで援護をするとなる。」
説明するグレイス以外の5人全員がうなずく。
「それぞれの配置だが……」
後衛に聖女、前衛と後衛の間にアリス、前衛にサーシャ、伝令役にマリーと
それぞれに配置位置と役割を離していく。
「最後に、リバル。」
「はい。」
「敵は強力な魔法をメインに使うらしい。
お前は最前線でその複数の魔法を反射しながら最速で魔法部隊をつぶしてほしい。一番危険なところだ……お願いできるか…?」
「わかりました。精一杯頑張ります。」
「先ほどの魔法障壁の装置はまだ持っているか?」
「はい。」
「あれが防げるのは魔法だけだ。魔族側の前衛陣営の武装は防げないから注意するように。」
「はい。」
「それから全員に最重要任務を言い渡す……」
一息つくグレイス。
全員がグレイスに目線を送る。
「全員、必ず生きて帰ってこい。まずは自分の命を最優先に行動してくれ。頼む。」
全員に頭を下げるグレイス。
「「「……はい。必ず。」」」
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いよいよ戦場へ出ようと配置についたリバルたち。
心を落ち着かせているリバル元に聖女が声をかけてくる。
「リバル様。これを。」
聖女は、自分の首元からネックレスを外し、リバルの首元に括り付けた。
ネックレスの先には、十字架があしらわれた宝石が下げられていた。
「これは…?」
「お守りです。リバル様がピンチの時には、私が必ず助けに行きますから!」
「ありがとうございます。」
聖女から受け取ったネックレスを首に下げ、それぞれの配置に向かうリバル。