7.にやにや
「るりちゃーん! お待たせー!」
俺がなかったことにしようとしていた出来事をあっさりひっくり返すかのように、美央は鴨紅さんの方に向かってすかさず手をメガホンのような形にして叫んでいた。
お待たせ、と言っているということは、鴨紅さんとここで待ち合わせをしていたらしい。どうやら屋上に来たのはただそれだけの理由だったようだ。
やっぱり含んだような言い方はフェイクだったのか。
「あ、み、みおちゃ……んっ」
かすかにしか聞こえなかったその声。スカートを押さえる手もそのままに、鴨紅さんが美央を、そして俺の方を見る。
鴨紅さんが俺たちの存在に気がついたのをきっかけに、美央が手を引っ張るのをまたも抵抗できないまま、俺は鴨紅さんのところまで連れて行かされた。
「もしかして、見て……っ、たんですか?」
何を、とは鴨紅さんも言わないが、当然それは一つしか考えられない。確認のためにここで聞き返すなんてことをしたらデリカシーの無さ過ぎもいいところなので、言わないでおく。
「るりちゃーん? それは何を、なのかなー?」
「うう、みおちゃんのいじわる……」
しかし例外というのは、意外と身近なところに潜んでいるものらしい。ある意味、期待を裏切らないと言っていい。
コメントのしようもなく俺が黙っていると、鴨紅さんはそれを肯定の意味ととらえたようだった。間違っていないわけだが。
「や、やっぱり見てた……んですよね?」
「うんっ、もうばっちりー」
「はわわ……わたし、なんてはしたないところを……ごめんなさいっ」
鴨紅さんが視線を俺に向けて謝ってくる。やっぱりその言葉は俺宛てのものか。
だいたい、見てしまったのは俺なわけだから、何も鴨紅さんが謝ることではない気がする。というか、むしろ?
「るりちゃんが謝ることなんてないよー、だっておにいちゃん、るりちゃんを見てにやにやしてたし?」
「デタラメ言うな」
ようやく鴨紅さんの前で出した言葉がこれというのもどうなんだろう。
俺の脳内で済ませるべきことが、ことごとく美央の口から流れていくのもどうなんだろう。
あ、別に、にやにやしているわけでは……ないと思うが。
「恥ずかしいです……」
しかし縮こまっていく鴨紅さんを見ていると、申し訳ない気持ちが膨らんでいく。
「ごめん」
とりあえず一言、謝っておいた。
これで解決してしまえば、とても平和で安泰なものなのだろうが。
美央のことだから、これで終わりなんてことはありえないんだろうなとは思った。
「おにいちゃんも謝らなくたっていいのにー。どうせそのうち、ちゃんと見せるときが来るんだから。ねー、るりちゃん?」
「え? え? はわわ、そ、そんなこと……っ!」
俺の予想は当たっていたが、美央の発言の内容は想像以上だった。しかしこの言葉は鴨紅さんに向けてなのか、それとも俺なのか。
もはや変に発言するとカウンターされそうなのが怖くて、下手に美央に口出しできなくなってしまっていた。