36.トリプルアタック?
「やっぱり、こんなことされると迷惑……ですか?」
鴨紅さんは見上げた格好で俺の肩に頭を乗せたまま、さっきも聞いたような質問を投げかけてくる。
そんな鴨紅さんに対して、俺はその質問に答えるどころではなくなっていた。心臓がのたうち回るくらいの勢いで跳ねている。それはもう、肩を通じて鴨紅さんに聞こえてしまうのではないかと心配になるほどだ。
上目遣いは美央に散々やられていたこともあって慣れていたと思っていたが、そう見ることのない斜めの角度からというのはまた違う感覚で。
こんなに細くて大丈夫なんだろうかと思わせるほどの細かな息づかいを耳に感じ、身をよじりたくなるほどくすぐったい。
「いや、迷惑ってわけじゃ……」
周りの目がなければむしろ歓迎したいくらいだ、などと口に出して言う勇気はない。
「私が、代わりに」
「え?」
「その……お兄さん、残念そうな顔をしてましたから。私なんかじゃドキドキさせられないかもしれませんけど、それでもよかったら……」
え、俺そんなに残念そうにしてたんだろうか。むしろ鴨紅さんにそう解釈されてしまったことが残念かもしれない。
ただ、鴨紅さんのその気持ちは単純に嬉しかった。
鴨紅さんも嫌がっているわけではなさそうだし、俺は何も言わず、そのまま……
「あのさー、おにいちゃん?」
と、鴨紅さんの方ばかり見ていた俺は反対側からの視線を忘れていたことに今更気づく。
「なーんかるりちゃんとラヴい雰囲気出してるみたいだけど、わたしもいること、忘れてない、よね?」
おそるおそる美央の方を向くと、顔こそ笑っているように見えたものの、とても機嫌がいいようには感じられないオーラがあった。
どんなことを考えているのかを考えるのも恐ろしかった。
「おにいちゃん、やっぱり忘れてたんだ……しくしく。もう怒ったもんねー」
「バ、バカ! お前まで寄りかかってくるな!」
「ふんだ、るりちゃんはよくてわたしはだめなんだー」
「いや、さすがに二人同時は」
両肩を埋められてしまい、身動きもできなくなった俺がどうしようもなく声だけで抗議していると、
「ふふ、美央ちゃんにはこんな手強いライバルがいたのね」
思いも寄らぬところから声をかけられた。
えっと、俺の耳が正常ならば。
今の鴨紅さんの更に向こう側、つまりさっき俺が座っていたところの隣で、要するに俺に寄りかかってきた人のところから聞こえてきたような。
「そうなんですよー亜美さん! なんとかならないですか?」
しかも美央は普通に会話している。まさかすでに気づいていたということなのか。
冗談じゃない、そうだとしたら恥ずかしいにも程がある。
「でもなー、私が寄りかかっても全然どうにかしようとしていなかったし? これは私にも脈があると思った方がよかったりして」
「そ、それは誤解ですよ……」
あの時の店員さん、とまで口から出かけたが、もはや声にする気力も残っていない。
彼女が顔を上げたのを見て、俺もようやくその正体を理解する。そこにいたのは、以前美央に連れられて一度だけ行ったことのある、美央がひいきにしている服の店の店員さんだった。
美央が亜美さんと言ったが、彼女は今にもいたずらしますよ、というようなわかりやすい顔をしていた。
「ええ? 誤解なの? だってあの時私、あなたの彼氏に立候補しちゃおうかな? と言ったはずなんだけどな」
「な……あれ本気で」
「おにいちゃん、どういうことなのかなー?」
なにこの両肩は妹とその親友に寄りかかられ、その向こうからは俺に告白みたいなことをしてくるなどという修羅場みたいなシチュエーションは。
「本当に立候補しちゃおうかな?」
その亜美さんの言葉に。
「「「やめてください!」」」
俺と美央と鴨紅さん。
三人の声がはじめて揃うのだった。
今でも処理し切れていないのに、トリプルアタックとか勘弁してください。
俺は切実に、そう願うほかなかった。