30.憧れのシチュエーション?
「考えてみれば、こうなるに決まってるよな……」
俺は美央と鴨紅さんが入っている試着室の目の前で、中に聞こえないよう、ほぼ心の声だと言えるほどの小声でつぶやいた。
二人が着替えに行く時は、しばらくベンチにでも座って休憩しようと思っていた。が、着替え終わったとして、試着室から飛び出して歩き回るわけにもいかないのだ。美央ならやりかねないが、俺としてはあらゆる意味で全力で阻止したい。少なくともベンチのあるような場所に来られては、確実に見せ物になってしまう。ケータイで連絡してくれと言っても、きっと聞かずにその行動を取るだろうし、そうなると俺が試着室の前に待機する他ないことになるわけだ。
いざ待機してみると、予想通りというか、服の擦れる音だったり、二人の会話が聞こえてきたり。とても一息つける状況ではなかった。
「あうあう、やっぱりるりちゃん、すごいよね? どうしたらこんなにおっきくなるのかな」
「ひゃ! みおちゃんそんなにじっと見ないでよぉ……そ、それにその手……」
「へっへっへ、おねーさん? どれだけ成長しているのかこの手でしっかり確認してあげちゃうよー?」
「はう……目が怖いよ、みおちゃん……」
俺の存在など無視したようなガールズトーク。いたたまれないという言葉は、まさしくこのような時のために用意されたものだと思う。
美央もわかってやっているのだろうが、当然俺が中に入って強制的に止めるなどできるわけがなく、注意するにも外から言うことしかできない。
「おい美央、ふざけてないでちゃんと着替えてくれ」
「むー、おにいちゃん興味の無いフリしてちゃんと聞いてるんだー? えっちー」
「聞こえるように言ってるからだろうが」
「こういう話をしたら喜ぶかなーって」
「……とりあえず顔を出すのをやめてくれ」
話の途中から、美央は試着室のカーテンの切れ目から片方の肩までを露出した形で、斜めに顔を出していた。
それを見る限り、少なくとも上半身は水着を着用する直前の状態ではあるらしい。これ以上は余計なことを言わないでおくが。
それでも今こうして顔を出している以上、着替えを進められていないわけで、俺はさっさと美央を引っ込めようとした。
「えー? 普通こういうシチュエーションって憧れるものだと思うんだけどなー?」
「妹相手にそんな憧れある方がどうかしてると思うが」
「むー、じゃあるりちゃんだったらいいんだー? るりちゃん、おにいちゃんからご指名みたいだよ?」
「えっ、ええっ!?」
美央が引っ込んでいくと、本当に鴨紅さんを引き連れて再び顔を出してきた。
美央は鴨紅さんの両肩を、今度はその背後からつかんでいる。鴨紅さんの背中に押しつける形になっていると思うのだが、女同士というのはこんなものなのだろうか。
とりあえず、試着室の裏側が壁になっていて良かったと思う。美央の場合、周りにほぼ女性しかいないことをいいことに、壁があろうがなかろうがかまわず同じことをしそうだ。
そんなことを冷静に考えていないと、気をそらせそうもなかった。シチュエーション自体が冷静さを余計に失いそうなもののようにも思えたが、そこは考えないことにしておく。
……それでも、鴨紅さんがうつむき加減になりながらその手でカーテンをつかんで、体を隠そうとしているのはまともに見てしまい、それには俺の体も反応せずにはいられなかったが。
どこがって、もちろん心臓の鼓動に決まっている。決して違う場所が反応したわけではないのだ。誰に向かって言っているんだか分からないが。
一人無駄にそんな考えをめぐらせていると、
「うう、もういい? みおちゃん……」
「だーめ! あっ、手がすべったー」
「きゃあ!」
「えへへ、うそでしたー」
「もう、みおちゃん!」
「ごめんねー、るりちゃん!」
勝手に一通りのやりとりをして、二人はまたカーテンの中へと入っていく。
二人が出てくるまで平静を保っていられるだろうか。ますます不安になっていた。