28.ご注文は?
連れられてきた子には、見覚えがあった。
いや、見覚えがあるどころではないのはわかっている。しかしその人物がウエイトレスの格好をしているのがにわかに信じられないのだ。
「あ、あの……お兄さん、い、いらっしゃいませ」
声を聞いて、更に確信を持つことになる。俺の目の前には、視線を下に落とし、その格好を隠そうとするかのように手を前にやってこすり合わせている鴨紅さんの姿があった。
「一応ね、ウエイトレスをやってもらう予定だったんだけど、恥ずかしいってことで厨房の方に行ってもらってたの。お知り合いってことだし、特別に仕事を抜け出してもらったってわけ」
そう先輩のウエイトレスの人が言っているそばで、予想通りとも言える反応が聞こえてくる。
「あいつ、俺たちの美央ちゃんだけじゃなくあんなかわいい新人まで囲んでいるらしいぞ」
「くそ……この勝ち組め、俺たちをなんだと思ってやがる」
「さぞかしここに来るのは楽しいだろうよ」
「しかしかわいいな、もちろんルックスもだが衣装もすげーな」
なんだろう、すごく居づらくなってきた。
しかし注文もすることなく出ていくことなどできるわけもなく、いたたまれない空気の中、どこに視線をやっていいか考えた末、さっきのヤジの最後も引っかかって俺は改めて鴨紅さんを見た。
美央はリボンこそ大量にほどこされてはいるものの、それほど肌を見せているわけではなく、むしろ着込んでいるようなものだったが、鴨紅さんのこれは……
肩のあたりは完全にその白い肌を露わにしていて、かろうじて透明のストラップで支えているように見える胸周りは淡い緑色の薄い生地で覆う程度になっていて、そこに存在するものをわざわざ強調している。
美央と同じリボンが首に巻かれていて、プリーツの入ったスカートだったり……かわいいと言えばかわいいんだろうが、それ以上にあまりにもファミレスとしてはふさわしくないと感じられるその格好に、どうコメントしていいものか迷うものがある。
と、ここまで考えたところで鴨紅さんの目が明らかに色々な方向へ飛んでいっているのが見えた。
しまった! 何を言おうか考えているうちに鴨紅さんのことをずっと観察してしまってるじゃないか!
「そうだよ、おにいちゃんのえっちー」
「何も言ってないだろうが!」
当てられてしまっているだけに、墓穴を掘ることになるのはわかっているのに、そこまで考えを回す余裕もなく、焦りの言葉になって美央に返してしまった。
美央がしてやったりといったようにわざとらしく口元を上げているのに腹が立つ。
「顔に出てるよ、おにいちゃん?」
「そ、そうなのか」
「あー、やっぱりえっちなこと考えてたんだー」
美央の手のひらでまんまと転がされてしまってしまっているのが情けなくて仕方なくて、俺は女性陣三人もいる前だというのに腹の底から息をついた。
「おにいちゃん、これは仕方ないんだよ。るりちゃんの魅力には誰にも逆らえないんだよ」
「はう……みおちゃん、そんなことないってば……」
「せっかくのチャンスなんだからこの際おにいちゃんをメロメロにしちゃえばいいのに!」
「いい加減やめてくれ。鴨紅さんも困ってるだろ」
振り回されるほどに、どんどん俺の立場が危うくなっていくのがわかっているだけに、美央にこれ以上好き勝手なことを言わせておくわけにはいかない。
現に、黒いオーラが店内を包み込んでいるように俺には見えた。営業妨害とも言える雰囲気だというのに、なぜか先輩のウエイトレスさんはほほえんで美央に何かを耳打ちしているし、もはや理解ができない。
「むー、しょうがないなあ。じゃあ何を注文する? それとも……」
美央が鴨紅さんの肩を持ちながら目の前でしゃがみ、二人ともに俺を見上げる形になったかと思うと、注目されるためのとどめの一撃を放ってきたのだった。
「ご注文は、わ・た・し・た・ち? それなら、あと二時間ほどでサービス付きでお持ちいたしまーす」
あまりのふざけっぷりに、俺はツッコミすらする気にもならなかった。ああもう注目したいならすればいいさ、と開き直りたい気持ちにさえなってくる。
「せんぱーい、効かなかったですよー」
「うーん、私の時はちゃんと効いたんだけどなー」
しかも実践済みだというところに恐ろしさを感じた。