3.お嫁さんに来てくれれば
「いってきまーす!」
「いってきます」
朝食を済ませ、俺と美央は玄関を出る。
「あ、あの、朝からお邪魔してすみません。おばさま」
……今日は一人、プラスして。
そもそも、母親もなんで朝から他人を家に入れてるんだと今となって思う。俺の部屋に入ってきてどうこう言う前に、まずそこを問い詰めたいところだ。
でもきっとそんな俺の言い分など聞き入れもしないだろうし、無駄な争いは避けておく。俺も大人な対応ができるようになったものだな。当然、これは母親に対する皮肉だとはっきり言っておく。
「あら、るりちゃんはしっかりしてるわね、私の娘に欲しいくらいだわ」
朝だけで余計な体力を使用し、学校に行く前から意気消沈している俺としては、それは勘弁願いたい。
大人な対応を謳った矢先ではあるが、これには一言申し立てたいと、俺が口を挟もうとした時だった。
「えへへ、じゃあさ、るりちゃんがお兄ちゃんのお嫁さんに来てくれればいいんだよね?」
「あ、あわわ! お嫁さんだなんて、そのっ……」
「ああ、ごめんなさいね。さっきの発言却下」
母親自身から却下してもらえるのはありがたいが、素直に喜べないのは気のせいではないと思う。切り捨てたように言い切ったのが、余計に悲しい。
鴨紅さんもそんなに慌ててもらってしまうと、俺の方が恥ずかしくなる。ただの妹の友人なだけでしかないのに、いきなりお嫁さんは話が飛躍しすぎている。
でも養子に来てもらえば……でも一つ屋根の下に置いとけない、とか相変わらず俺に聞こえるような声で母親が言ってくるわけだが、どこまでも俺を信用していないというか、もはや家から出て行ってくれレベルの話に聞こえてくる。いくらなんでもその態度はないんじゃないか。泣きたくなってくる。
もう会社に着いていると思われる父さん、俺は強く生きてます。
「えへへ、おにいちゃん?」
「なんだよ」
「両端をがっちり女の子に固められてる気分はどーう?」
「視線が痛い」
美央が俺の腕を取り、生意気にも片足を上げながらウインクしてくる仕草を取る。遊園地に行った時にあまり振り払うことをしなかったせいか、今日は一段と増してきつくなっているように思う。
もう片方の手では、振り回すくらいの振り子運動で、加えてアクセサリーがたくさんついているために金属の擦れ合う音がうるさい、チェック柄の赤いカバンが持たれていた。
逆側では鴨紅さんが、地面に視線を向けながらも腕に彼女の肩がぶつかってくるくらいの近い距離を保って、並んで歩いている。
美央とは対照的に、指定の学生カバンを両手を前にして持っている彼女。ウサギのようなネコのような、ピンと来ないけれど彼女らしく可愛らしいマスコットを揺らしていた。
ただでさえ美央と一緒に学校に向かっていた時も目立つというのに、目立って注目されるあげく、もう一人連れているなんて光景を見たら、少なくとも優しい視線は飛んで来ない。俺だって事情を抜きにして同じような人を見たら、今の俺が受けている視線を送っているだろう。
いや、もしかしたら同じ理由でいる人かもしれないと、同情の目で見るかもしれないが。
「視線の痛さは最初だけだよ? だんだん快感になってくるんだから」
「そんな悟りは開きたくないな」
「あ、あの、お兄さん……もしかして私、迷惑ですか?」
「あ、いや! 鴨紅さんは悪くないよ」
「るりちゃんは特別なんだ……わたしは迷惑なんだ……」
「美央はもうちょっと自重してくれないと困る」
「あうあう、わたしにだけそんな態度とるなんて差別だよ……それとも、これも愛情表現の一つ? いつもそんな風にわたしをいじめてくるもんね……」
「思うのは勝手だが口にしないでくれ、飛んでくる視線が笑えないものになる」
二人を相手にするとこんなに疲れるものなのか。何を言ったらいいか把握している美央だけだったらまだ強く出られるが、鴨紅さんがいる手前、どっちつかずの対応になってしまう。
今後、俺はこの生活に耐えられるのだろうか。不安で仕方がなかった。