25.フェアリードレス
「おひとりさまですね? こちらのカウンターのお席にどうぞー!」
「おい待て、呼びつけておきながら説明なしで通すつもりか。何か言うことがないのか」
「えー? でもお客さまは平等に接しなさいって店長が言ってたんだもん……」
相変わらずいつも通り高めに結われたポニーテール、その大きなリボンを揺らしながら、ウエイトレスに扮した美央が口元に右手の人差し指を当てながら小首を傾げている。
だが、既にこの時点で他の客と平等に接しているとは思えない。
「どう? かわいいでしょー?」
「話をそらすな」
「おにいちゃんって、わかりやすいよね? 言いにくいことがあったら答えないよね。つまり、かわいいって思ってるってことだよね?」
「後ろがつかえてるからとりあえず席に通してくれ」
こんな状況にいてまで、美央の言葉にいちいち反論していたらキリがない。俺は言い合いになりそうなのを切り上げて、店内に歩を進めた。
なにせ、振り向いていないのにもかかわらず、いつも母親から受けているために過敏になっているのか、あの冷たい視線のようなもので後頭部に穴を開けられそうなのだ。いつまでもとどまってはいられなかった。
しかし、店内の客からも同じような視線を感じるのは気のせいだろうか。気づかないフリをしていたが、美央が俺に話しかけてきた時から見られているような気がする。
「むー、せっかく驚かせようと思ったのにつまんない……」
美央が明らかに不満そうな声を上げながら、すかさず俺の前に出て席に案内する。
その一連の動きは昨日今日に身につけたものとは思えない。いつの間にアルバイトなんて始めたんだろうか。
俺が席に座ると、その疑問を見越していたかのように美央が話しだした。
「前におにいちゃんと服を買いに行った時、けっこうお金使っちゃったんだよねー。で、その時ここに食べに来たじゃない? ひそかにスタッフ二名募集! って張り紙見つけて、これだーって思って!」
「嘘つけ、あの時ほとんど支払いは俺だっただろうが」
「えへへ、そうだったっけー?」
「白々しすぎる……」
話しながら俺は美央にはめられた時のことを思い出す。最初から美央は俺と服を買いに行くつもりでいたにもかかわらず、わざと俺が母親に怒られるように誘導し、挙げ句の果てに支払いを全て俺持ちにしたという、とんでもない日があったのだ。
「はめられたんだみたいな顔して、人聞き悪いなー」
「事実だろうが。というか表情を読むな」
しかも当たっているから恐ろしい。
「ちょっとは悪かったかなーって思ってるんだよ? だからお返ししようと、こうやってバイトしてるんだよ?」
「別にもういいってあの時言った気がするんだが」
はめられたと思っていながらも、俺もずいぶんと流されやすかったらしい。なんだかんだ言っても、美央と一緒にいると退屈しないのは確かで、最終的にはそう言ってしまっていたのだ。
「あー、そうだよね? だってあの時、おにいちゃんといい雰囲気になって……きゃっ」
「何もしてないからな」
美央が両手に頬を当てて体をくねらせると同時に、客の視線がこちらに一斉に向いているのが分かる。もはや気づかれないようにしてさえいない。
俺は美央にというよりその他大勢の客に向けて、少し声を張りながら言っていた。
「むー、何もしてないなんてひどい……手もつないだし、腕も組んだし、それに」
「もう余計なことを言わないでくれ」
あまりにも美央が空気を読んでくれず次々と思い返してくれるおかげで、もはや止めるだけ無駄だと悟った俺は、甘んじて客の視線を受け続けることにしたのだった。