16.どきどき撮影会4~恋人のように
「私、こ、こいびとなんていたことないです……からっ」
鴨紅さんが、美央にそう反論している。
不思議と、その言葉は俺に向かっているようにも聞こえた。横目で俺を見ている気がしたからだろうか。わざわざ俺に向かって言う必要性が見いだせないので、やっぱり気のせいなんだろうけど。
「それならるりちゃんが恋人に何をしたいか考えればいいんだよー? えへへへへ」
美央の目つきが怖い。手は何かを握るようなしぐさをしているし、笑い声は急に低くなったりするし、どこのセクハラオヤジなんだって話だ。
それでも鴨紅さんは、素直に美央の話を受け止めているようで、口を少しだけとがらせながら、目を横にずらして、考え込むような形になっていた。
いや、考える必要なんてないからとアドバイスしようとすると、鴨紅さんの視線が俺に戻ってきていることに気づく。
「えっと、こうで、いいですか……?」
鴨紅さんがポーズを変える。
……それは確かに心にぐっとくるようなものかもしれなかった。
両手を胸の前に置き、体を少しだけ前に乗り出して、その分あごをあげた形で、目を閉じている。
俺が見ているデジカメの画面から、飛び出して迫ってくるような錯覚さえ覚えた。
言うまでもなく、まるでキスするようなその体勢は、なるほど確かに魅力を引き出しているのかもしれない、が。
「これを鴨紅さんの親に送るつもりか」
「えー? だって、これでおじさんに彼氏ができたって報告できるでしょ?」
「いやいや余計な火種をまいてどうするんだよ」
「はうう……やっぱり、だめですか? こんな格好……」
一瞬、だめですか? が、前の話の流れから、俺を彼氏にしてはだめなのかという意味に聞こえてしまった。後に続く言葉でその可能性をしっかり打ち消してくれたが。
そんなわけないって話だ。たとえ一瞬でもそう考えた自分が気持ち悪い。
「えへへ、るりちゃんかわいー」
「ううー……」
美央が俺からデジカメを奪い、撮影したもののプレビューを自分で見ながらさらに鴨紅さんにも見せると、鴨紅さんは頬に手を当てて下を向いている。
「おにいちゃんだってどきどきしたくせにー」
「俺を誘惑してどうするんだよ、だからこれを送る相手が誰なのかわかってて言っ」
「るりちゃん、よかったねー! おにいちゃん誘惑されちゃったってー」
俺が反論をしようとすると、すかさず話を途中でぶつ切りにされてしまう始末だ。手に負えない。
もはや美央の言っていることも鴨紅さんには届いていないらしい、ますますうなるような声を出して誰とも目を合わせないでいた。