11.愛のムチ?
なんだかんだいって、母親というものは息子を見捨てたりする事なんてないのだと思う。
良すぎるタイミングで俺の部屋に乱入してきた母親も母親だし、そもそも誤解だってことをあらかじめ言っておくが、俺に向かってスカートをたくしあげている姿なんて突然目に入れたらどう思うだろうか。
どう考えても、まずいだろう。
俺のせいではないと重ねて弁明しておきたいところではあるが、それでも何を言われるかわかったものではない。
結果から言うと、背筋が凍るような、とにかく見下す形で目を細めた冷たい視線をたっぷり浴びせられた後、居間から廊下にペッと吐き出されるように投げ出されるくらいで済んだ。
……それこそひどく見捨てられてる感が拭えないのは、この際、気のせいとしておきたい。
「それで、だ」
当然説教だけで終わるとは俺自身も思ってはいなかったとはいえ。
「なんで俺は美央とまた出かけなきゃいけないことになってるんだ……」
「えっと、お母さんに怒られた、から? えへへ」
「笑ってごまかすな。元はといえば美央が」
「じゃあ、れっつごー」
ごまかそうとしている感が見えすぎてしまうから困る。しかし文句を言おうにも、何をしたところで無駄な未来が容易に想像できて仕方がない。ここは変に労力を使わないことにしておいた。
ここのところ、根本は美央が仕掛けてきたことだというのに、なぜか俺だけが母親に怒られ、最終的にその詫びとして美央と出かける、というコンボが成立しすぎだと思うが、これは果たして偶然なのだろうか。
母親も、俺と美央を引き離したいのかどうなのかが今一つ見えてこない。
……当然のことだが、決してそこは「くっつけたいのか」などという言葉にはならない。俺の方こそ、そうしてたまるか。
「かわいい妹と出かけるのが、そんなに不満?」
「自分でかわいいとか言ってる妹と出かけなきゃいけないのは不満ではあるな」
「あうあう、おにいちゃんがいじめる……」
「愛のムチとでも思っておいてくれ」
「そっかー、いじめられればいじめられるほどおにいちゃんの愛が注がれてるって思えばよかったんだ……今度からそう思うようにするね?」
美央はそう言って、俺の腕を取る。
しまった、適当にあしらおうとして余計なことを口走ったらしい。
案の定というか、美央が歯を見せるように口を大きく横に広げた形で悪い笑みを浮かべている。これは調子に乗りだした時のアクションだ。
「最後は手足を縛って『もう許して、おにいちゃん……』とか言われるのを期待……」
「してないからそれ以上想像するのをやめてくれ」
何というか、美央の妄想がとどまるところを知らなさすぎる。よくもまあ、そこまでのことを恥ずかしげもなく言えると思う。
途中まで黙って聞いていられる俺も俺なんだろうが。
「実行したっていいのに……さってと、とうちゃーく」
ツッコまないといけないようなことを言われた気がするが、その前に美央が続けて目的地に着いたことを宣言してきたおかげで、言葉を飲み込まざるを得なくなる。
この状況だと、ここであえてツッコんだところで美央が聞くわけもないのだろう。おとなしく諦めることにしておいた。
……どうやら流されやすいどころか、美央にどんどん甘くなってきてしまっているらしい。
「さーて、ここはどこかなー?」
自宅から徒歩で数分。着いた場所は、とある家の前だった。
ここがどういう場所なのか。答えは容易に想像がついたけれど、まさかとは思うが今からここに入るつもり、なんだろうか。
再び美央が「れっつごー」と言っているのを聞いてしまった時点で、俺はどうやら覚悟を決めて中に入らなければいけない状況にあるようだった。