9.もやもや
「覚えてもいないなんて、ひどいなあ、おにいちゃん」
「普通はそこ、忘れてくれと言うところだと思うんだが」
「もう一度見せてあげても、いいよ? どきどき」
「遠慮しておく」
家へ向かう帰り道。それでもまだスカートが風にあおられた話が続いているなんて、普通の人であればありえないと思うだろう。
安心してほしい、俺もそう思う。
だけど、美央はやはりどこか違っているらしい。見てどうだったとしつこく聞いて来るものだから、正直に覚えていないと答えたらこの展開だ。もうこの会話がなされている時点で普通じゃない。
鴨紅さんは二度も俺に見られるなんてさぞかしショックなのだろう、俺が話を振っても「はい」とか、一言のみの返事くらいなもので、まともに話をしてくれない。
「でもでも、こんなにひらひらしているの見て、もやもやっと来るものがあるでしょー? おにいちゃん?」
ため息しか出なかった。バカバカしくて答えられない。
しかしそれも建前かもしれない。俺も男なので、何も感じなかったと言ったら嘘になってしまう。ここは答えるべきではない、それが本音とも言える。
俺が黙ったままなのを美央は、やはりさっきの鴨紅さんの認識と同じく、肯定と見たようだった。
「るりちゃんのなんか、二回も見ちゃったんだもんね?」
「み、みおちゃん……もうやめてよぉ……」
さすがに黙ったままでいられなくなったのか、鴨紅さんがようやくまともに返事をした。
鴨紅さんが気の毒すぎる。本当に美央と大親友と言っていいのか、ますます疑いを持ちたくなってきた。
「あ、あの、お兄さん……」
「ん、何? 鴨紅さん」
「私、普段からこんな、はしたなくない……ですからっ」
本来なら見てしまった自分の方が罪悪感を持つところなはずなのに、どうやら鴨紅さんは自分自身を責めてしまっているらしい。不謹慎だとは思うが、そう考えると、その赤みがかった頬に可愛らしさを感じてきてしまう。
とはいえ変に妄想が膨らむなどという、これ以上失礼なことが起こってしまわないように、よこしまな考えはぐっと押さえつけて、俺は鴨紅さんを見ないままに答えることにした。
「それはわかってるよ」
「私のこと、軽蔑しませんか……?」
「するわけないよ。というか、ごめん。美央がろくでもないことばっかり。ちゃんと注意しておく」
「あ、い、いいんです。その……お兄さんなら、見られても嫌じゃないです……」
「むー、らぶらぶ……」
話に割り込んできた美央に、鴨紅さんが下を向いたまま、また黙り込んでしまった。
「よかったね、おにいちゃん? また見せてくれるって」
「どうやったらその解釈になる」
そもそも、いい加減にこの話題から離れてほしい。