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桜色ミステリー  作者: ゴスロリちゃん
3/3

第3話 闇の動物売


『悠斗…』


「はい」


『この世にはどんなにお金を使っても収支が黒字になる道具はないのか?』


突然、間に詰めた表情でそんなことを言うのだから驚いた。

所長は電卓を手に、空に掲げている。


「あるわけないですし、それなら収入が多ければいいんじゃ」


『少ないから言ってるんだろうが!』


これは後から知ったことだが、我がサリー事務所は借金を抱えている。

何も将来を見据えて到底返せないほどというわけではない。至って現実的な額の借金だ。


『むぅ…』


眉間に皺を寄せ、頬を膨らませる。


『このままじゃ、事務所を畳まなくては…』


「ええ!?」


『だって依頼が来んのだ!!!金が入らんくては、黒字に向けて頑張りようもない!』


所長の嘆きはもっともだった。

先日も依頼来なさに、勝手にボランティアで政治家の暴露という金に成らないジャーナリストの仕事をしていたくらいだ。


「最悪、市からの特別給付金を受け取る手はありますが」


『そんなのがあるのか?』


「ええ。有田市…というより、オーベイツですね。財政難に陥った企業に対して、一定の条件を満たしていれば、無償かつ返済無しで補助金を手当してくれます」


『さすが…詳しいな。…しかし、オーベイツか』


所長は、その名を口に出して、小さく唸った。

まるでオーベイツに金を貰うのが気に入らない…とでも言いたげで。


『いや、まぁあくまでそれは最悪の話だ。今は出来ることを地道にこなすしかあるまい』


「……そうですか」


予想通りの反応ではあった。

やはり、彼女はオーベイツのことを快く思っていない。


(俺の苦労も無駄足にはならなそうだな…)


日本オーベイツ会。

有田市を統治する環境保護団体の正式名称に当たる。

日本を代表する緑化自然都市の実権を握るのだ。非政府組織とは言え、その権力の絶大さは言わずとも分かるだろう。

有田市育ちの多くの学生が、オーベイツに勤めることを目標に掲げるくらい、その地位を確立している。

オーベイツに入れば将来安泰。親共のそんな口文句は、この都市で暮らせば嫌というほど聞こえてくる。


「それにしても、今日も依頼来ませんね…」


『来ない来ない言うから来ないのだ。祈れば来るさ』


「はあ」


『…アーメン。南無阿弥陀』


所長は手先で宙を十時に切る真似をした。


(それは絶対に違うだろ)


と、その時。


コンコンコン。


「嘘!?」


『ほら来た!!…ご、ごほん。悠斗、応対してくれ』


「は、はい。分かりました」


息を呑んで、ドアを開ける。


「サリー事務所はこちらであっているでしょうか」


現れたのは、若い女性。

俺と所長は咄嗟に目を合わせ、丸くした。



「美味しい紅茶ですね…」


『イギリス本場の茶葉を使用していますから。少々高いですが…ってそれはどうでもよくて。お嬢さん、何か依頼でしょうか』


「はい」


歳にして20過ぎ。俺と同じ年ぐらいに見える彼女は、俯かせた顔をあげ、所長をじっと見据えた。


「私、田畑三郷(たばた みさと)って言います。依頼内容なんですが、波留に根付く悪徳ペットショップの闇を暴いてほしいんです」


『ペットショップの闇?失礼ながら、あまりピンと来ないのですが』


「ミルキーダックスって店知ってます?」


『はい。波留にあるペットショップですね。確か個人での運営だったような』


「はい。その店が…恐らく、というかかなりヤバいことをしている噂があって」


『ほう』


所長の頬が吊り上がる。

面白そうな依頼の匂いに胸をときめかせてるのだろう。


『話を伺いましょう。続きをお願いします』


「ミルキーダックスは、約5年前に出来たペットショップなんです。最初の頃は小じんまりとやっていた小さなお店だったんですが…ある時を境にお店がリニューアルして規模が拡大したんです」


『悠斗、知っていたか?』


「…いえ。すみません、その辺疎くて」


『そうか』


「その時から徐々に運営方針?みたいなのが変わったぽくて。お店に並ぶ動物たちにまともな体調の子がほぼいなくなったんです」


『は…』


「最近じゃそれに加えて、病気持ちだったり、変形児まで売り出す有様で…。住民たちの間じゃ不信感がにえたぎっているんですが、オーナーさんに問い合わせても、知らず存ぜぬの一点張りなんです」


『なるほど…。確かに、闇がありそうだ』


「きっと何か良からぬことをやっているはずです。それを調べて欲しくて、お願いしに来ました」


『…三郷嬢。念の為伺いますが、我々とて慈悲団体ではないのです。無論、依頼を受ける際には其れ相応の報酬金が必要となりますが…』


「50万出せます」


『ご、50万!?』


「足りないでしょうか」


『い、いえ。そんなこと。あははっ。ご、ごほん。それでは依頼を引き受けましょう。我がサリー事務所の名にかけて、総力を上げて調査に尽力を尽くそうではありませんか!』


「…ありがとうございます!是非、お願いします!」


お金に釣られたのか、所長は機嫌良く依頼を引き受けていた。


(満面の笑みが隠しきれてないですよ、所長)


中々に骨が折れそうな依頼だが、報酬金が結構な額だけに、サリー事務所の総力で頑張るしかあるまい。


『50万…50万…ひひっ…』


三郷さんが帰った後、感情を露わに目をドルマークにしている所長。


「それで、どうしますか?早速足の調査でも」


『おっと、そうだな。そうしよう。今回の依頼、なんとしても成し遂げなくてはいかん。一秒たりとも無駄には出来ない。行くぞ、悠斗。悪しき犯罪組織の闇を暴くのだ!』


「はい」



『ここか、噂のミルキーダックスというのは』


「個人営業の割にはかなりでかいですね」


『個人営業と言っても、運営実務に携わる人間が一個人だけということだろう。見る限り、パートやアルバイトを雇っている』


早速店内に入る。

こういう裏がある組織へ足を踏み入れる際は、一般人を装う必要があると教わった。

というわけで、俺も所長もカジュアルな服装で来ている。


所長の服装が想像以上に女性らしい事に目が付く。肩空き白ニットに黒いスカート、黒タイツの組み合わせはとても金髪とマッチする。


一言で言って、美しい。


(って浮かれてる場合じゃないな…。調査に専念しないと)


『話だと、訳ありが多いんだったな』


「ええ」


店内を廻歩しながら見渡す。客は多いし、売られている動物の数も多い。

しかし。


「静かですね」


『うむ、そうだな…』


普通、こういう場は獣特有の鳴き声で五月蝿いものだが。


『ほら、仔猫さん』


所長が格子状のケージに入れられた仔猫にゆっくりと指先を伸ばした。


『…………』


隙間から触れようとした所長の指に、ひどく怯えるように仔猫はケージの奥へと逃げ込んだ。

暗闇の奥から、警戒心に目線を走らせ、じっと睨み付けられる。


『あ…』


「……怯えてますね」


『私、猫に嫌われるたちなのか』


寂しそうに呟く。


「どうでしょうか。ペットショップに並べられる動物は、基本人間慣れしいるはずですが…」


俺が指を差し出しても、同じ反応だった。他の猫や犬においても個体差はあれど似たように葦らわれた。


(まるで可愛げがない…って客には思われるだろうな、これじゃ)


『気のせいだろうか、皆体つきが細いな』


「んー…」


偶に田舎の道端で見るような、ボサボサで細々としている手入れがされていない野生動物。

それをそのままケージに入れていると言われても疑えない。


「三郷さんの話通りですね。概ね」


『あぁ。…シャッターチャンスだ』


所長は、懐からレトロなカメラを取り出し、遠目から猫の様子が写るようにしてシャッターを押した。

後々事務所に持ち帰って、健康状態を監査する用だ。

カシャ、カシャ、カシャ…。

続け様に写真を撮り続けていると、通路の奥から業務員らしき若い女性が現れた。


「すみません、お客様」


『はい?なんでしょう』


「店内での撮影は禁止となっていますので、どうかご遠慮ください」


『…禁止?それは何故でしょうか。是非理由をお聞かせ貰いたい』


「え、…と。それは…」


女性店員は口をもごらせた。

大方、上から止めるよう指示されたのだ。本人は大した理由も知らないのだろう。


「すみません、とにかくおやめください」


『あぁ、分かった。そこまでいうなら従おう。…お勤めご苦労様。それでは私はこれで』


(あれ、やけに聞き分けがいいな)


と思ったら。


「お客様、カメラに残っている写真のデータ削除をお願いします」


『ち、バレたか』


聞こえないぐらい小さく舌打ちする。


(なるほど。そういうことか)


『あー、すみません。ははっ、後でやっておきますよ』


「申し訳ございませんが、今、ここで。お願いします」


『む…』


所長の爽やかスマイルも通じずときた。ここは俺がなんとかするしかあるまい。


「あの、理由もなくやめろと言われましても納得できません。禁止しているってことは、何かしらの理由があるはずですよね?我々としても、それについて納得できる説明を頂けたら、直ぐにでもデータ削除するんですけど」


「…………少々お待ちください。今、説明できるものをお呼びいたします」


そう言い残し、女性店員をバックヤードへと入っていった。


『ナイス機転。…と言いたいところだが、面倒なことになりそうだな』


「面倒ではありますけど、もしかしたらここの代表が出てくるかもしれません。元凶の顔を拝むだけでも価値がありますよ。…たぶん」


『…そうだな』



「お待たせしました、お客さん」


『………』


出てきたのは、巨漢だった。

黒く焼けた肌に、タイヤのような二の腕。禿げた…ではなくスキンヘッドの頭。

俺と所長は言葉をつむった。


「いやぁ、すみませんねぇ。こいつ、物分かり良く話せねえもんで」


笑顔で、先の女店員の肩を軽く叩く巨漢。女店員の顔は蒼白と化していた。


『あ、あぁ…それはいいんだが』


「それで?理由でしたっけ」


『ああ』


「お客さん、カメラを動物に向けちゃフラッシュに驚いちゃうでしょ?単純な理由なのよ。うちとしても売りもんに傷がついちゃ嫌なんでね」


『だがしかし、私のカメラはフラッシュは焚かないものだ。光も音も出ない』


「…は、聞き分けの悪いこった。ダメと言ったらダメなんですよ。いいから、早いところその写真消してもらえません?」


『…嫌だと言ったら』


「あんまりぐちぐち言ってると、いい加減サツ呼びますよ?捕まってもいいってんならそれでも構いませんがねぇ」


『いや、この程度で捕まるわけ』


不意に見せた巨漢の不適な笑み。

嫌な予感がした。

何故だか説明できないが、言い知れぬ悪感が身を包む。


「所長」


『うん?なんだ』


「素直に従いましょう。…お願いです」


彼女には彼女なりの目的があって、このような聞き分けの悪い客を演じていることは承知の上だ。しかしその上で、俺はこれ以上長引かせるべきでは無いと判断した。


『…ああ。分かった』


いつになく間に詰めた表情をしていたせいか、問答もせず所長は俺の言葉に乗ってくれた。


『すみません、分かりました。消します。…流石に警察は勘弁願いたいので』


「ははっ、分かって頂けたようで何よりです」



『刺激を与えれば本性を出すかと思ったのだがな…』


所長は胸ポケットに忍ばせていたボイスレコーダーを取り出し、ため息をついた。


確かに、店主が声を荒げた様子を録音出来れば、それだけでも十分な判断材料になり得る。

所長はその為に、あんな煽り演技をしていたらしい。


「危ない真似はやめてくださいよ。ヒョロガリならともかく、あの巨漢…。下手したら暴力でこっちを黙らせてくる可能性もあったのに」


『…………』


目を丸くされた。


「あれ俺、何かおかしいこと言いました…?」


『いや、なんだ。お前に心配されるとは思わなくてな』


「え?」


『悠斗は真面目だ。だが、真面目すぎるが故に、なんだか時々感情を抑えているように見ええてしまう。私としては、お前の一喜一憂している姿や我儘を言う姿を見てみたいものだが…。いや、すまん。余計だったな』


「…………」


「………」


(そんなことを言う人もいるんだな…)


いつぶりだろう。

人の温もりを目にしたのは。


人の優しさが俺に向けられたのは。


「…考えてみます」


『……ああ』



「お疲れ様でした。お先に失礼します」


『ああ。お疲れ様。明日もよろしくな』


「…はい」


彼女の純粋な言葉を受けると、罪悪感に胸が苦しくなる。そうして、逃げるように事務所を出た。


「…………はぁ」


向いてないんだろうな。

俺にこの仕事は。


「とっとと済ませるか」


宵闇に包まれ、月光を避けるようにして俺は踵を返した。

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