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桜色ミステリー  作者: ゴスロリちゃん
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第1話 こんな出会い

登場人物 読み方


飯島悠斗→いいしま ゆうと

西暦2020年



「速報です。つい先程、警視庁による真田権蔵氏の強制家宅調査が行われました。捜査の結果、約5000万円に及ぶ出所不明金の授受の痕跡が見つかり、警視庁は不正金の線を疑い現在調査中です」


ニュースキャスターが淡々と取り上げる内容は、とある政治家の不祥事についてだった。今となっては、一年に幾度とある政治家または大企業代表の不祥事。

そんなニュースを見て、モーニングコーヒーを嗜む彼女は小さく鼻を鳴らした。


『また、悪を公の元に暴いてしまった。ふふふふ…』


不敵な笑い方は、まるで悪役宛らだ。


「あー捕まったんですか。権蔵氏」


寝不足で重たい瞼を擦りながら、ぼんやりとテレビに目を向ける。


『喜べ!悠斗!私の…いや、私たちの手柄だぞ!これで報酬も…ぐふふ』


相変わらず、お金にガメツイ人だ。

しかしながら、俺は自分の中のとある懸念点が拭えず、素直に喜べない。


「報酬あるんですか?」


『そらあるだろ。なんだって大物政治家の悪事暴露だぞ。こんな大きな事件の立役者なんだから……』


と、そこで口を窄める彼女。


『う……』


渋い顔付きになった。


「今回の件、誰からの依頼でも無いし、所長はあくまで一方的に局に頼まれてない情報提供をしただけ。…それで、お金貰えるんですかね」


『貰えるわけ…ないな。ジャーナリストとして、政治家の不祥事暴露は、なによりも美味しい…と言いたいところだが、金一銭にもならんのはなあ…』


回転椅子に座り、小さく唸りながらくるくると回る所長。

我が事務所の経済状況は悪化の一途を辿るばかりだった。


『なぁ、悠斗』


「はい?なんでしょうか」


回転をやめ、その端麗な顔がこちらに向けられる。


『おまえは、こんな見窄らしいところに働きに来たこと、後悔してないのか?』


「どうしたんですか、いきなり」


『いやな。数日一緒に居て分かったと思うが、我が事務所は知名度も無ければ、大した仕事も舞い込んでこない。こんな場所じゃジャーナリストの色葉を学ぼうにも、そう都合よくは行かないだろ?…だから』


「後悔なんかしてないです」


俺は、キッパリそう言った。

所長は目を丸くした。


「そもそも、俺にはここしかありませんでしたから。文句を言える立場では無いですし、それに…所長のもとで働くの楽しいですから」


『…悠斗。…そう言ってもらえると救われるよ。すまんな、大した贅沢もさせてあげられなくて』


「贅沢なんてそんな」


『私としては、可愛い愛弟子にジャーナリストという職業に夢を見せねばいけないのだが。果たして出来ているだろうか』


「格好良いですよ。所長は。…本当に憧れます」


『せ、世辞はいい。そう褒めても、何も出せないぞ…』


「お世辞じゃないですって。素直に本心です」


『………ご、ごほん』


顔を赤く染め、咳払いをする。概ね、照れ隠しでもしているのだろうか。

こんな可愛く格好良い所長との出会いは、数日前に遡る。



(ここか。サリー事務所というのは)


携帯で確認した通り、案外都心に位置していた。様々な企業が集う有田市波留街の中央区。そこに立ち並ぶ雑居ビルの端に、このサリー事務所があった。


「ふー」


上手くいくだろうか。

それなりの緊張を抱きつつ、俺は事務所のドアを叩いた。


『はい、どうぞー』


事前情報通り、女性の方みたいだ。

ドアノブを捻り、内外の仕切を踏み越える。


「初めまして。ここがサリー事務所で間違いないですかね…?」


『いかにも、ここがサリー事務所です。何か依頼でしょうか?御仁』


御仁。随分と変わった言葉を使う。

そんなことより。


(美人…)


色鮮やかな金髪に目を惹かれる。よく若者がする髪染めのそれとは、艶違って見える。

澄んだ青い瞳、整った顔立ち。

あまりに流暢な言葉遣いのせいで直ぐには気づかなかったが、この人、外国人だ。

おそらく髪色からして欧米人だろうか。


「いえ、依頼ではなく…」


『はて。それでは、何か困り事でしょうか。何せ、我がサリー事務所。相談事も受け付けておりますから、何でも話してみてください』


「はい。相談というより、お願いなんですが」


俺は、早速本題へと話を移した。

腰を折り曲げ、初対面の女性相手に頭を下げる。


「弟子にしてください!」


まさか、赤の他人がいきなり訪ねてきて、弟子にしてくれとお願いしてくれるとは予想も出来ないだろう。

だからか。

クールな面を装っていた彼女の顔が崩れて。


『ふぇ…?』


こんな幼子のような声を漏らすとは、思いもしなかった。



『何度も言っているだろう。私は弟子は取らん!』


「そこをお願いします…!」


『う…引かない奴だな…。私の弟子になりたいだなんて…意味が分からん…』


『そ、そもそもだな。いきなりそんなこと言われても困るのだ。この事務所は、私個人のワークスペース兼住処だし、弟子も何も…私が教えてあげれることなど、瑣末なものだ』


「………でも、俺」


『その、飯島…悠斗とか言ったか?』


「はい」


『ジャーナリストを目指しているのは分かった。目指す上で、実践と経験を積み重ねる事が何よりも己のスキルアップに直結することも確かに頷ける。…しかしながら、何故ここに来たのかが理解できん』


彼女は、自嘲するように続けた。


『ここでなくとも、もっと名高いジャーナリストの事務所はあるし、その手の専門性を享受出来る場所は探せば幾らでもある。波留にだって、私より知名度の高い所が幾つかあるはずだ』


彼女は、メリットデメリットの話以前に、何故俺が自分に弟子入りを願って来たのかが理解できないようだった。


『それに、その歳なら大学で…』


「無理なんです!」


『無理…?』


「俺、実は…」


言い掛けた時、背後からコンコンコンとノック音が聞こえてきて、つい言葉を啄む。


『む、客か?おまえ…うーむ。ちょっとそこに掛けてろ』


「あ、はい」


言われた通りにソファに腰を置く俺を見てから、彼女は訪問相手へ呼びかけた。


『はい。どうぞー』


「……」


ドアが開く。

招かれたのは、高級感溢れるスーツを身に纏った中年の男性だった。

清潔でいかにも紳士仕事人といった印象を受ける身嗜みをしている。


「サリー事務所というのは、ここであっているでしょうか」


『えぇ。いかにも。御仁、何か依頼事でしょうか』


「はい」


『どうぞお掛けください。今、茶を出しますので』


そこそこ横に広い皮のソファに俺とこの男性が横並びで座る形となった。


「どうも」


と軽く礼をされて、俺は咄嗟に手を振った。


「いえ、俺はここのものでは無くて」


「え?」


『あー、その男は…いわゆる見習いでしてね。これから私の助手として働いて貰らおうとたった今話し込んでいたところなのです。ですから、「まだ」ここのものではないわけです』


「あぁ、なるほど。そうでしたか」


「え…?」


『………』


話を合わせろとでも言いたげな彼女の視線が俺を貫く。

思わず押し黙ってしまう。


『にして、御用件は』


「はい。それなんですが…」


男性が丁寧な口調で話を始める。


「私、先日仕事周りで南通りを歩いていたんです。その際いくつか取引先を渡りましてね。それで…会社の大事な取引書をどうやら何処かに置き忘れてしまったみたいなのです」


『ふむ…。既にその取引先には連絡を?』


「はい。入れましたが、どこもそんな忘れ物は無いと云うばかり。ですが、どうも私には信じられません。その取引書には社内の内部機密も書かれていまして、……もしかしたら」


『盗まれた、ですか』


男の人が言う前に、彼女は言葉を先んじた。


「…はい。その通りだと、私は踏んでいます」


『なるほど。要件は分かりました。つまり、我がサリー事務所にその取引書を探し出してほしい…それが今回の依頼ですね』


「はい。お願いできますでしょうか」


男性の方は、深く頭を下げた。切羽詰まった表情だ。余程無くした事が上に漏れるとまずい取引書なのだろうかと邪推する。


『もちろん。サリー事務所にお任せください。必ずや、御仁の大切な書類を見つけ出して見せましょう。…差し当たっては、書類が一目見ただけで御仁のものだと分かる判断材料となる内容と、取引先の会社を御教え頂きたい』


「は、はい」



男性が事務所を出た直ぐ後。


『…ふふ』


何故か、体を震わすほど喜ぶ彼女に疑問を抱きつつ、俺はふと思った事を口にする。


「探し物捜索なんかも請け負っているんですね」


『ん?あぁ…そうだな。おまえの疑問はもっともだ。確かに私はジャーナリストで…この事務所も当初はジャーナリストとしての仕事の為に用意されたものだった』


彼女は少し物の寂な顔をした。


『だが…先も言ったが、波留には既にジャーナリストとして名を連ねている凄腕が何人もいた。そんな中で新人が生活するだけの金銭を稼ぐとなると、本来の仕事に限っては到底足りなくてな』


「だから…こうして、色々な依頼を受けていると」


『あぁ。まるで何でも屋だろう?大正の時代にあったような世間には出せない汚れ仕事をする訳ではないが、表の看板にある通り、探し物、相談事、人助け、人探し…など、本来の仕事以外の依頼も幅広く請け負っている』


彼女は申し訳なさそうに声のトーンを落としていた。ジャーナリストを目指していると言う人の手前、明るくはない現実を話すのは流石に引けたのかもしれない。


『どうだ?これで分かっただろう?私は、おまえの憧れるようなジャーナリストを成せていない。本気でかの夢を目指すのであれば、もっと別の所に行った方がいいはずだ』


彼女は決して邪魔虫を追い払うつもりで言っているのではない。あくまで、俺の事を心配して助言しているのだ…と伝わってくる。

…でも。


(引くわけには行かないからな…)


「それでも。お願いします!面倒を掛けるのは承知です。でも俺は、ここじゃないとダメなんです!」


『…。どうやら、訳ありといった様子か。一応、聞こうか』


「…はい。俺は——-





一頻り、話終える。

俺の話を聞いた彼女は、顎に手を乗せ、どこか遠くを見つめていた。

何か、思うところがあったのかもしれない。人によっては刺さる話をしたつもりだ。


『そうだ、悠斗』


「あ、はい」


ハッとしたように顔を上げる彼女。いきなり下の名を呼ばれ、ドキリととした。


『おまえ、この後時間あるか?』


「夜までは、大丈夫ですけど…」


『うむ。…私にも私の生活がある。とは言え、おまえに同情しないわけでもない。一先ず、体験とでも行こうか』


「たい、けん?」


『あぁ。先引き受けた書類捜索の依頼があるだろう?それを私とおまえとでやってみよう』


「え」


『無論、今日中に見つかるとは限らないが…。それでも何もしないよりはマシだ。…これで、おまえの仕事ぶりを見ることにする。私が気に入れば、弟子入りは認めてやろう』


「ほんと、ですか??」


『私は、見栄は張っても嘘は付かない女だからな。ただし、気に入らなければ、今日の話は忘れるものとするからな』


「…ありがとうございます!」


俺は深々と頭を下げた。

それを見て、彼女はハンガーに掛かっていたコートを取って着る。


『よし。早速向かおうか』


「え、あ、今から?」


『当たり前だ。それとも何か?ここで夜まで私と駄弁り散らかすつもりか?』


「いえ、直ぐに準備します」


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