【転職希望】召喚されたらサイコ勇者の従者になった
Q1.大嵐の日、貴方は車でバス停の前を通りかかった。そこには、死にかけの老人、自分好みの異性、友人の三人がいた。
車は2人乗りで1人しか乗せる事はできない。あなたは誰を助ける?
A1.誰も助けない。車内が濡れるのになぜ1人乗せなければいけないのか理解に苦しむ。
Q2.貴方は夜道で人を殺害した。その様子をタクシー運転手に見られてしまった。
貴方はそのタクシー運転手も殺害した。何故?
A2.殺人の罪を着せるため。運転手を殺した後で、タクシーを電柱にぶつけ飛び出し事故を巡るトラブルによる突発的な犯行に偽装した。
有名なサイコパス診断の問題だが、この回答をしたのは犯罪者ではなく我らが勇者様だ。
ふざけているわけではなく、普通に即答された。
正直アウトだと思う。
*
俺の名前は五十嵐翔太。気楽な大学2年生。
就活に切羽詰まる時期でもないし、実家住みなのでバイトや家事で時間が足りないなんてこともない。
暇な時間にゲームやアニメを楽しむ程度にはオタク。
勿論、異世界召喚についても一通りの知識はあるし、もしも自分が異世界へ行ったらなんて軽く想像して楽しむこともある。
だから友達に借りたラノベを読んでいる時、突如光に包まれたのも割とワクワクした気持ちで受け入れた。
*
白い空間で神様と対峙することもなく、俺は直接お城の召喚の間に飛ばされた。
予想通りのナーロッパ様式。
足元には巨大な魔法陣が描かれ、俺以外に4人の同郷と思わしき被召喚者がいる。
非日常に胸躍らせる俺に対し、王様と思しき人物が召喚に至る敬意を説明した。
よくある「異世界から勇者一行を召喚して魔王を倒す」パターンだった。
王様が退席した後は、宰相が場を仕切った。
「ステータスオープンと唱えてください。皆様の神から授かりし役目が表示されるはずです」
声に出すのは少し恥ずかしいが、ドキドキしながら唱えた俺は一行目に書かれた文言を見て一気に萎えた。
【勇者の従者】
何これ。わざわざ召喚する必要ある?
神様もそれくらい現地調達で済ませてくれよ!
もっとこう! 5人しかいないんだから、勇者じゃなくても色々カッコイイのあるだろ!?
*
「アタシ【聖女】だってー。マジウケる」
紅一点のJKがダルそうに申告した。メイクバッチリで、座っても下着が見えないギリギリのラインのスカート丈。ストレートの長い髪をカラフルな爪で弄っている。
分かりやすいギャルだ。
「拙者【賢者】でした」
俺とは違って本物のオタクっぽい男がボソボソ呟いた。
身長はこの中で一番高いのに、猫背で先ほどから手元しか見ていない。俺と同年代に見える。
JKよりも色白でジャージ姿だが、まさか引きこもりじゃないだろうな。
「俺は【大魔法使い】です」
会社員らしきスーツの男性が控えめに手を上げた。召喚者の中では一番年上だろう。
「【勇者】だ」
好みの差はあるだろうが、10人中10人がイケメン判定しそうな男性が、嫌そうに吐き捨てた。白衣を着ているので、医療職なのだろう。
「……【勇者の従者】だった」
「何ソレ!? ちょーウケるんですけど!!」
「プッ」
JKとオタクに笑われた。屈辱だ。
*
「次に皆様の名前を教えていただきたい。我が国の国賓として登録させていただきます」
「匿名」
「え?」
「匿名希望だ」
真っ先に【勇者】の男性が名乗ったが、それは名前じゃないだろ。
「りょ。拙者はジョン・スミスで」
「おけまる。アタシ、ジェーン・ドウ!」
若者2人が素早く適応。おいおいおいおい。
JKよ。ジェーン・ドウは身元不明遺体にも使われるんだが理解してるのか?
「えっと! 名無しの権兵衛! です!」
リーマンまでこのビッグウェーブに乗ってしまった。
「貴方は?」
心なし宰相の視線が冷たい。俺が従者だからか、そうなのか。
「山田太郎……です」
俺は屈した。チームの和を大事にする日本人だもの。この流れで1人だけ本名を名乗る度胸はない。
かくして全員偽名の警戒心マックスパーティーが結成されたのである。
*
「異世界召喚とは申しますけどね、要は誘拐ですよ。馬鹿正直に本名名乗っちゃうような情弱は、名前で奴隷契約でも結ばされて利用されてポイですわ」
早口ノンブレスで【賢者】が述べた。
「勝手に呼び出して働けとかあり得ないしー。名前呼ばれたくなーい」
【聖女】も一応思うところはあったようだ。
「情報を極力与えたくない」
【勇者】の回答はシンプルだった。
どうやら異世界召喚でテンション上がっていたのは俺だけのようだ。
同胞だと思っていたオタクに真っ先に裏切られてしまった。
「とりあえず自己紹介しませんか? ……名前以外で」
【勇者】は一瞬顔を顰めたが、了承した。
「勇者様は白衣ですが、お医者さんですか?」
「そうだ」
「何科ですか? 専門は?」
「法医学」
「「「「……」」」」
アカン。勇者と真逆な感じだ。いやしかし医学部に入るということは、人の命について強い信念があるに違いない。
「す、すごい専門的な仕事ですね。何故その道を選んだんですか?」
「人間の治療に興味がないから」
アウト。
完全に勇者適正ゼロじゃん。
*
勇者の回答で、自己紹介の空気ではなくなってしまった。
「あのさー。これっていつ帰れんの? アタシ受験生なんだけどー」
「魔王倒すまで帰れないんじゃないですかね」
【大魔法使い】が丁寧に答えた。
「脳味噌お花畑か。そもそも帰還方法があるか疑ってかかるべきでは? もし帰還できても、召喚された時間軸に戻る保証はないですぞ」
「ウッソ最悪! テスト終わった瞬間、勉強したとこ全部忘れるんだよ! そんなん戻っても浪人確定じゃん!!」
「時間軸がズレていた場合、拙者たちは行方不明者扱いで、履歴書に数年の空白ができますからな。日本の社会はレールから外れた者に厳しいですから、全員人生の敗北者ルート確定。オワタ」
「冗談じゃない」
【賢者】の説明に、【大魔法使い】が唸る。
ムカつくが、言われてみれば彼の言う通りだ。浮かれていたが、結構洒落にならない状況かもしれない。
*
「【勇者の従者】とか、俺本当はずれクジだよな」
場の雰囲気が陰に傾いたので、思わず愚痴ってしまった。
「拙者の【賢者】ですが、基礎能力が<鑑定><翻訳>でした。これ作品によってはデフォで全員持ってるやつでしょ。ハズレスキル扱いで追放されて、成り上がるパターンでしょ」
「あ。それ知ってる。本当は精度が段違いでって奴だろ」
「追放→成り上がりが許されるのは、つよつよコミュ力の陽キャだけですから! 拙者のような陰の者には無理ゲーですから!」
「いや、そんだけ話せるならいけるだろ。そもそも追放する気ないし」
「そもそもヲタの拙者に【賢者】とか皮肉すぎ。確かにメジャーからマイナーまで嗜んでおりますが、そんな『お前こういうの詳しいんだろ』みたいなの嬉しくないですからっ。その点、魔法使いは良いですなぁ~」
「……俺にとっては【大魔法使い】の方が皮肉なんだけど」
【賢者】のチラチラした視線から逃れるように、【大魔法使い】は身じろぐと溜息を吐いた。
少し迷った後、彼は再び口を開いた。
「俺、36歳なんだけど。彼女いない歴=年齢」
あっ、察し。
「アタシそれ知ってるー! 心の声聞こえんの? マジで?」
止めなさい!
「名無しの」
自己紹介以降黙っていた【勇者】が口を開いた。
「娼館行ってこい。この国ならあるだろ」
「勇者様止めてさしあげて!」
【大魔法使い】のライフはもうゼロだ。
こうして召喚初日は、チェリまーー【大魔法使い】のカミングアウトで、思いのほか盛り上がった。
少し思うところはあるが、何だかんだこのメンバーでやっていけそうだ。
*
このメンバーでやっていけそうだと思った翌日、俺は早速後悔した。
召喚2日目から、早速俺たちの勇者一行としての修行が始まった。
俺の能力は、一通りのアウトドアスキルと荷物を異空間に収納できる能力だった。魔法などのワクワク感はないが、案外良いかもしれない。
俺は収納能力の確認のため、色々な物を出し入れしたり、この世界の地理や、魔王討伐の旅に必要な実務的な知識を叩き込まれることになった。
【聖女】は教会で洗礼を受けた後、そのまま療養所で治癒魔法の訓練。
【賢者】は魔王に関する文献で未だ解読できていない古文書があるとかで、資料室に缶詰。
【大魔法使い】、【勇者】は戦闘訓練。
問題があったのはその戦闘訓練だ。
*
俺たちは平和な国で生まれ育った。
農場など特殊な環境でない限り、故意に生き物を殺すことはない。
【大魔法使い】と【勇者】の2人は、国が事前に用意したモンスターと戦うことを強いられた。
小さなモンスターから、徐々にサイズを上げていく。
【大魔法使い】はどうしても割り切れず、結局支援魔法や遠距離攻撃のみを行った。
【勇者】は躊躇なく可愛い愛玩動物に似たモンスターから、凶悪そうな大型モンスターまでバッサリやったらしい。
何が問題だったかというと、その大型モンスター討伐後の【勇者】の発言だ。
彼は「次は人間か?」と聞いて場を凍り付かせたらしい。
英雄の育成どころか、小動物から徐々に殺す動物のサイズを大きくして、最終的に猟奇殺人至る犯罪者育成になってるぅぅ!
教育担当者が慌ててフォローしようとしたが、高位魔族は人型をしていると知らされていた【勇者】は「死刑予定の犯罪者を連れて来い」と言ったらしい。
そしてマジでヤったらしい。
マジかよ。
神様どう見てもチョイスミスだろ!
確かに【勇者】はイケメンだし、医学部入るくらい頭が良いし、運動もできるよ!
でもモラルとかそう言ったところで、勇者適正ゼロじゃん!
*
ヤバイやつを召喚してしまったかもしれない。
召喚2日目にして、城の偉い人たちに【勇者】の危険性が広まった。
英雄色を好む。
【勇者】と言えど若い男。
彼を懐柔するため、厳しい選抜を潜り抜けた選りすぐりの女性たちが彼にあてがわれた。
最初は大規模なお見合いパーティーが開催される予定だったが、他でもない【勇者】が時間の無駄だと拒否をした。
代替案として大量の釣り書きを持ってこられたので、【勇者の従者】である俺が渋々整理して彼に差し出した。
最終的に【勇者】が選んだのは3人。
俺は釣り書きを持って、宰相のところへ行った。
異世界に来てまで何やってるんだと思わなくもないが、俺は神に命じられた正真正銘のパシリである。虚しい。
*
「ひと目見たときから素敵なお方だと思っておりましたの。誠心誠意お支えいたします」
少し幼い感じの美少女。
「私を選んでいただき光栄です。必ずや勇者様を満足させて見せますわ」
セクシーお姉様。
「勇者様のような素敵な男性と結ばれるのが夢でしたの。我が家は全面的に勇者様を支援いたしますわ」
正統派美女。
選ばれた3人の女性は、教皇の姪、富豪の娘、公爵家の令嬢。
要は宗教、金、権力だ。
「……よろしく頼む。全員に自己紹介をしてくれ」
【勇者】が彼女たちに自己紹介させたのは、俺たちに気を遣ったわけではなく、肩書きだけで選んだので顔と名前が一致しなかったからだ。
俺は釣り書きの分類させられたから、彼がどんな基準で彼女たちを選んだのか詳しいんだ。
*
正真正銘のお嬢様な彼女たちだが、意外にも魔王討伐の旅に同行することになった。
ずっと一緒に旅をするわけではなく、立ち寄る予定の都市に先に入って待っている感じだ。
要所要所で一時合流して、支援をしてくれるらしい。
最早サイコパスであることが明るみになった【勇者】だが、意外にも性欲は薄いようだ。
今のところ誰にも手を出していない。
興味半分で誰が好みか聞いたが、彼は性行為=妊娠もしくは性病のリスクとしか捉えていなかった。「今妊娠されると支援に差し障りがある」と断言していた。
やはり人でなしだ。
しかし、そんな事は彼女たちには分かりっこない。
3人の女性たちは、あの手この手で【勇者】を誘惑しようとした。
時に足を引っ張り合い、時に実家の力を使い、時に情報戦を繰り広げ……一向に靡かない【勇者】に、彼女たちの苛立ちの矛先は俺に向けられた。
「従者がまとわりついているから上手くいかない」「従者が邪魔をしている」「従者の気が効かない」etc
俺にとっては良い迷惑。実害を被りそうなので、原因であり上司でもある【勇者】に相談した。
「利用価値があるならまだしも、邪魔になるなら排除するか」
「ええと……そこまでは」
「本当はもう少し生かしておこうと思ったんだがな」
え? 殺す前提?
「……当初の予定はどんなものだったんですか?」
聞きたくないけど、ここで聞かなければ後悔しそうだ。
「【賢者】が言ったように、拉致した人間に危険な仕事をさせる連中だ。いつ裏切るとも限らない。権力者の娘は人質として価値がある」
「……」
「生かして人質にするも良し。いざという時は、殺して遺体をばら撒けば、追手は回収せざるを得ないので時間稼ぎできる」
アウトーーーーーーーー!! 何その本当は怖いクビレース!?
「は、ははは」
ヤベェ。逃げたい。でも逃げられない。
【勇者の従者】は【勇者】と特別なパスがある。
【勇者の従者】は、常に【勇者】に現在地を捕捉されている上に、離れていても【勇者】から脳に直接通信を送ることができるのだ。
その逆は、【勇者】が許可しない限り無理。
とても一方的なコミュニケーションだ。
普通の仕事なら、上司がヤベェ奴だったら転職することができるが、俺はそれができない。
「彼女たちのことは俺がなんとかするので、勇者様は動かないで欲しい」と誠心誠意お願いした。
*
俺の胃をキリキリ締め上げる城での生活は何とか終了し、いよいよ旅立つことになった。
少なくとも、勇者ハーレムの面々と物理的に距離を置けるのはありがたい。
これは彼女たちの為でもある。
*
城を出発した数日後、俺たちは魔族の襲撃を受けた。
勇者一行については国が大々的に発表したため知れ渡っている。
即ち、魔族にもその存在が知られてしまったということだ。
暗殺者になりたいわけではないが、何してくれてるんだという感じだ。
背後から味方に刺された感が半端ない。
一般市民の好意なんてどうでも良いから!
現地で支援してくれる権力者にだけ知らせる位で良いんだよ!
ダメだ。思考が【勇者】に影響されている。
初日の異世界召喚に目を輝かせていた頃の俺は、もう何処にもいない。
*
勇者一行を襲撃したのは女性の人型魔族だ。
早速高位魔族のお出ましだ。
耳が尖っていて、瞳孔が縦に長い以外は人間と殆ど変わらない容姿。
手合わせなら兎も角、殺せと言われたら凄く抵抗がある。
俺と【賢者】は戦闘中は邪魔にならないように、自分の身を守るのが最大の仕事。
一応【賢者】は戦闘中に解析を行い、アドバイスをする。
【大魔法使い】は泣きそうな顔をして、何とか彼女を傷付けずに生捕りしようと四苦八苦している。
【聖女】は前衛にバフを付与し続けている。
これが俺たちの初陣な訳だが、初戦の戸惑いなんて我らの【勇者】とは無縁だった。
彼は彼女の足を掴むと思い切り地面に叩きつけ、そのまま足を逆方向に曲げて骨を折った。
痛みに怯んだ彼女の利き腕を掴むと、そちらも折った。
「ッーー! どんな拷問だろうと、辱めだろうと絶対に私は屈しないッ!」
脂汗をかきながら、青い顔をして魔族が吐き捨てた。
生々しい暴力に、見ている此方の顔も強ばる。
「何言ってるんだ? これは正当防衛だろ?」
何言ってるんだは俺の台詞だ。過剰防衛だし、拷問だろう。
「拷問というのは目をナイフで削ったり……。辱めというなら服を剥いで城壁に磔にしたり、手足を潰して凶悪犯の檻に投げ込んだりする事だろ?」
【勇者】の目には嗜虐も愉悦も何もない。
何の感情もなく、淡々と彼にとっての基準を述べているだけだ。
怖すぎるだろ。
そんな過激な発想、平和な日本じゃ絶対育まれないからな。
拷問の例をあげた後の「……」に何が続くはずだったのか恐ろしくて聞けない。
彼のサイコっぷりを目の当たりにして、女魔族の心は折れた。
【勇者】は彼女の首を足で押さえつけて尋問モードだ。
「返答に澱みがあれば踏み潰す」と容赦なく宣言した。
「ちょっとドン引きなんですけどー」
俺たちが固唾を飲んでいる中、【聖女】の呑気な声が響く。
「確かにこの子から攻撃してきたけど、男が何人も寄ってたかってヒドすぎない? アタシ降りるわ」
「はい退いて」と、【聖女】は【勇者】の足元から魔族を引っ張り出した。
「この子、アタシのダチね。友達に手ェ出したら、マジで聖女辞めるから」
「情けなど無用だ! 誰が人間なんかと!」
「いーよ別に。フリでいいから、今だけアタシの友達になっときな。そうじゃないとオッサン達マジでアンタ殺すよ」
「くっ、殺せ!」
お前が言うのかよ。
「ちょー震えてんじゃん。無理すんなって」
涙目になった魔族の頭を、【聖女】が撫でた。
「ほら、治療してやるから泣くなし」
「泣いてなどッ」
「あーもう。ボロボロじゃん」
「ーーッ」
俺は百合に興味はなかったはずだが、何か美しいものが生まれそうだ。
魔王よ、見ているか。
俺たちの旅は始まっちゃったぞ。
何とか平和路線で和解案出してくれないと、こんな戦いがまだまだ続いちゃうぞ。
以前アルファポリスで公開した、箸休め短編です。