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ホワイト

 外出から帰ってくると、職場はいつも以上のおしゃべり以上の音量で騒がしかった。

「どうかしたんですか?」

 間宮が早速、興味津々な顔をして、騒がしい中へと飛び込んでいく。

 

「さっき見つけたんだけど、ホワイトの動画みて」

 玉川が興奮気味にそういうと自分のスマホを、間宮へと見せる。

「あぁ、あの暴露動画時々流してる胡散臭い奴? 嘘が多くて、よく炎上してるやつだろ? それがどうしたの?」

 玉川もよくガセネタを拾ってくる。どうせ大したネタじゃないだろ。俺は、とりあえず報告書を作るためにパソコンへと向かう。

「よくテレビとかに出てた、話題のベンチャー企業S社の若社長が子供達に違法薬物を売りさばいていたって」

 タイピングしようとしていた手が自然と止まっていた。

 大きく目を見開いて、口から叫び声が飛び出しそうなのを必死に飲み込む。磁石で引き寄せられるようにすべての意識は全部そちらへ持っていかれていた。

 そのネタ。その人物。正に先日俺が盗み入ったターゲットだ。玉川が動画の音量を上げると俺の方までその音声が届いてくる。


『今回は、S社の実態についてです。表向きの美しい顔とは裏腹に、裏の顔は悪魔だということが、明らかになりました。それが、子供たちを薬漬けにしている実物と、薬を買いにきている青少年のリストです』

 無意識に俺はパソコンを放り出し、弾けるように玉川たちの方へと走っていた。玉川のスマホを食いつくように見つめる。そこの写っていたものに愕然として、声も出なかった。正に俺が盗んだものと全く同じものだ。

 その後にホワイトが続けていった、S社の裏情報も、俺が血眼になって調べ上げてやっと掴んだものだ。一般人が知れる代物ではない。固まってしまっている俺へ、月島瑞穂が濃い香水を振りまき、ニヤニヤしながら近づいてきていた。

「へぇ。いつも鈍くさい八神君が、珍しいわねぇ? そんなにホワイトのことが気になるの?」

 瑞穂が突っかかってくる。人との関わりはなるべく薄く。記憶に残るような言動はせず、のらりくらりとその場の風を読みその隙間を縫い逃れる。それが表の顔の俺のスタイルなはすなのに。しまったと思いながら、言い訳を探す。

「そいつの動画ちらっと見たことあるけど、今まで酷いものばっかりだったから、ちょっと気になっただけだよ」

 あははと、苦笑いだけおいて、席に戻りまたパソコンへ向かい、興味ない顔を作り出す。

 一方で、心臓はバクバク煩いほど早打ちしていた。それを落ち着かせるように、キーボードを打つ。動揺を表すように全く文章として成り立っていなかった。

 間宮と玉川、さらに瑞穂が加わって話題が膨らんでいく。

「ネットでは『ホワイトはヒーロー』だって言い始めてるようね。それで、警察も動くって話らしいわ。すごいわよねぇ」

 ヒーローだと? ふざけるな。こんな偶然あるはずがない。俺が盗みに入ったのは二日前。その翌日に動画がアップされるなんて、偶然を通り越して不自然だ。俺の獲物を横取りしたに決まっている。ならば、どうやって? 盗みに入ったとき誰かに見られていたのか? だが、万が一見られていたとしても、ターゲットの裏の顔の真実まで気付けるはずもない。何より、あの証拠の品々はどう説明がつく?

 答えの出ない自問自答を繰り返していると、瑞穂が急に話題を振ってきて仕方なく思考を止めた。


「八神くんも気になるんでしょ? 輪に入れてあげるわよ?」

 そういって猫のような釣り目をこちらに上から向けてきた。無駄によく通る不快な声に勝手にと顔が曇りそうなるが、何とか無表情を取り繕いながら仕方なくその方向を見やって笑顔で答えた。

「僕は、仕事があるので」

 場の空気が悪くならないようにへらっと、柔らかく拒絶して見せる。低姿勢でいる自分の背中に無駄に長い足を乗せピンヒールをぐりぐり押し付けていた。

「せっかく優しく仲間に入れてあげようとしているのに。八神君のまっすぐに受け取れない性格、損するわよ」

 瑞穂は偉そうに、誇らしげにピンク色の唇が弧を描く。

 三年も嫌々ながらも同じ空間で働いているのだから、彼女の性格に対するそれなりの耐性と受け流し方は学習してきたが、やはり頭にくる。なにも持たず、必死に手を伸ばさなければ生きることさえも困難だった自分。瑞穂との落差がどうしようもなくストレスだった。

 裏の顔を持つ人間にとっては、本音の感情を切り捨てなければならない。感情はリスク以外何物でもない。それが、できなければただの未熟者。頭では十分すぎるほどわかっている。

 なのに、どうしても瑞穂の前では感情が覆いかぶさってくる。

 他の職員の前ではどんな不快な言葉をかけられたとしても冷静さが先立って、感情を抑えながら、柔らかく対応できるのに瑞穂の前ではどうしてもそれができなかった。


「瑞穂さんほど、僕は今暇じゃないからさ」

 いかにも冗談っぽく笑ってみせると、わかりやすくカチンときた顔をしていた。

 瑞穂の濃い化粧が施された顔の中央に、深い深い溝が出来上がる。誰も足跡を付けたことがない新雪に派手に足跡を作ってやったような爽快感があった。元々の釣り目で目力がある瑞穂の双眸が更に、鋭く跳ね上がっていた。

 不穏な空気が二人の間に漂い始めたのを瞬時に察知した間宮以上の無農薬・純粋培養であり、ずっと沈黙を守っていた総務課長である田中が手元の資料からこちらに顔を向けいた。幸の薄そうな平たい顔いっぱいに空気を浄化しようと息を大きく吸っていた。

「いやぁ、瑞穂君。今日も素敵なスーツだね。さすが市長秘書だ。お洒落だなぁ」

 吐き出したのは、感情が伴わない下手なお世辞。

 

 五十年間も澄み渡った空気に太陽をいっぱいに浴びてきた無農薬純粋培養者は、根っからの正直者にしか育たない。嘘をつくことなんてできないのに、口先だけの言葉を吐こうとするから、おかしくなるのだ。助け船を出したつもりなのだろうが、明後日の方向へ流されて座礁している。

 瑞穂の顔がみるみるうちに険しくなって、赤鬼のような形相だ。確かに怒りに火を点けたのは俺かもしれない。だが、火に油を注いだのは課長だ。なのに、何故か怒りの矛先はすべて俺へと向けられていた。

 早く帰りたいときにかぎってこうだ。勘弁してくれよ。

 嘆きたくなったところに、タイミングよく総務課のドアが開いていた。

 内心ラッキーと思ったが、現れた相手の顔を見て幻滅する。

 長いものに巻かれに巻かれ、身動きできなくなっている村雨市長である霧島だった。


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