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ヨセアツメ英雄《ヒーロー》  作者: 雨宮 瑞樹


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晒される顔

 太陽だけ見れば、まるで冬などとっくに通り越したのではないかと思えるほどの輝きを放っている。だが、風はやはり肌を突き刺してくるほど冷たい。そのギャップに違和感を感じながら、俺が新庄住職の家の前につくと、昨日の騒がしい子供たち出迎えとは打って変わって、厳しい顔つきの心情住職が門前で仁王立ちしていた。

「来たか」

 仁王像そのものだと思いながら、丁重に頭を下げる。

「ご指名いただいたので、本日は一人で参りました。間宮は、とても会いたがっていましたが」

「あの坊主は、相変わらず単細胞だな。だが、少し安心したよ。毒されている連中ばかり相手にしていると、染まってしまうものだからな」

 まるで俺がその毒を放っているとでも言いた気に、細い目を俺の中心にめがけて突いてくる。まぁ、その直感はあっているがなと思いながら、それをやんわりと笑顔で交わそうとしたが、新庄住職には通用しないらしい。この町にやってきたとき、ある程度の詮索は受けてきた。その度に、人好きしそうな笑顔を放って物腰柔らかく答えれば、思い通りの方向へ流れていったくれたのだが。そういった嗅覚は、この人は誰よりも強いらしい。ただの偏屈じじいというだけではなさそうだ。

「間宮には、いつも助けられています。子供ころは、どんな感じだったんですか?」

 笑顔を絶やさず、間宮の方へ話を逸らす方向へ持っていく。だが。

「お前は、何者だ」

 

 新庄らしい直球を投げ込んできた。面倒だなと思いながら、頭を掻きながら困った笑顔を見せていく。取り繕うのは慣れている。

「何者といわれましても……大それた過去もなく、普通ですが」

「お前の生い立ちを聞いている」

 そこまで戻るか。だが、嘘で塗り固めることも簡単だ。聞かれたのは初めてではない。いつも通り、自分で作り上げた過去をそのまま述べればいい。

「両親は、僕が小さい頃に亡くなったので、親戚に引き取られて育ちました。伯父と叔母は、とても気にかけてくれたのですが、僕はずっと申し訳なく思っていたし、いい機会だと思い高校入学と同時に家を出ました。高校を卒業した後は」

「建設会社に就職したがうまくいかず、ここへ越してきた」

 俺が続けようとした作り話を、新庄住職が代わりに語りだした。この話は、ここに越してきたばかりの時、アパートの部屋にやってきた取り締まり役住人へ話して聞かせたことだ。新庄住職へは当然報告は言っているだろうし、驚くことではないが目を丸くして見せる。

「よく知ってますね。さすが、この土地の長です。敵わないなぁ」

 あははと、苦笑いしながら、どこから何が飛んできていいように身構える。新庄住職は、更に双眸を鋭くさせていた。


「本当のお前は、児童養護施設出身。何故嘘をつく」

 身構えていた場所とはかけ離れた場所へ思い切り、毒を塗り込んだ矢を射ってきた。

 どうして、知っている。どこからそれが漏れた。胸の奥をざわざわと撫でられたように、不快さが渦巻く。まさか、こんな田舎でここまで剥がされるとは想像さえもしていなかった。長閑な景色と純粋培養者達に、惑わされすぎていたなと反省しながら、剥がれかけている仮面を修繕する方法を探る。

 

「……恥ずかしながら、その通りです」

 過去を知っているのならば、これ以上嘘を上塗りしても悪い方向へ行くだけだ。これ以上傷を広げないために、多少の真実を織り交ぜるしかない。裏の顔さえ知られなければそれでいい。

「僕は、小さいころ母に連れられて児童養護施設へと入りました。理由は、わかりません。僕はとても小さかったので、覚えていないだけなのかもしれませんが。その話をみんなに正直に話しをしてしまうと、同情されるんです。可哀そうだったね、大変だったね、と。そういう目で見られるのは、どうも苦手なので、聞かれたときは親せきの家に引き取られたという話をするようになりました。嘘をついて、申し訳ありません」

 深く頭を下げた上から、重い沈黙がのしかかってくる。次は何が飛び出してくるのか。どうしても身が固くなっていた。いつもの自分とは違う初めての感覚だ。銃口を向けられた時よりも、もっと気分が悪い。

 焦りのような、追い詰められたような、じわじわと浮かび上がってくる嫌な予感が、研ぎ澄まされていく。

 この予感が、当たらなければいいと切に願うが、期待は必ず裏切られるものだ。

 

「『八神かすみ』は、お前の妹だな」

 下げていた頭をつかまれて引き上げられたように、勢いよく顔を上げる。俺は今どんな顔をしているのだろうか。取り繕う仮面が手からするりと落ちる。冷たい風が、吹き荒れた。前髪が乱れて、剥き出しになる。冷たさで、古傷が鈍くずきずき痛み始める。俺は、その痛みに耐えながら目を見開くことしかできない。

 新庄住職は、俺の本当の顔を見定めるようにじっと見つめていた。

 

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